第八章 グローバルカンパニーの闇
コンピューター特捜官九条真治
坂上は、不法行為に手を染めていた。
だけど、半年前に転売屋を止めている。
その理由が何かあるはずだ。
それは、坂上が黙秘を貫いて、最期は殺された理由に関係するに決まってる。
ただ、真治のことも気になっていたし、それに真治であれば、今回の件で何かいいアドバイスをもらえるに違いない。
あたしは坂上に関する資料を再び調べるために、加奈子を伴ってC4に戻った。
ちょうど席にいた田神班長を捕まえて、真治のことを尋ねてみた。
「真治の件はどうなっているか知ってますか?」
田神班長は小声で説明する。
「キックバックはある国際企業から受け取ったんじゃないかって噂だよ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ。なにそれ? 収賄? 買収ってこと?」
「知らなかったの? 九条特捜官がずっとある企業の犯罪を追ってたこと」
「知りません。教えてもらえませんか?」
田神班長は、しばらく考えていたようだったけど、頷いてから、会議室にあたしを連れて行った。そこで口を開く。
「収納代行の世界的なネットワークが、九条特捜官が追っていた組織だ」
収納代行?
なんでそんなのを真治が追っているの?
あたしは訳が分からなくて、田神班長に尋ねた。
「収納代行って、何かの料金を取り立てる際の仕組みを提供する業者のこと? コンビニで電気代金を支払ったりするときに間に入る業者?」
聞いただけでは、どこが犯罪に繋がるのかぜんぜん分からない。
田神班長が頷くのを眺めてから、あたしは、そもそもの根源的な疑問を口に出して尋ねた。
「収納代行の世界的なネットワークって変ですよね? だってそんなの意味がないじゃない。わざわざ海外から日本の電気代金を払おうとする人なんていないでしょう?」
「資金洗浄(マネーロンダリング)のためらしい。不正な資金の出所を変えるのに、世界的な代金収納のネットワークが有効らしいんだ。いってみれば、表の会社は優良な大企業だが、その実、裏では不正のインフラを担っている会社があるらしい」
「犯罪資金を世界中にばら撒いて、その後で集約するんですか?」
田神班長が頷く。あたしは、新見課長の言葉を繰り返した。
「そのために海外向けの仕向送金で、コルレス勘定を複数経由するわけね」
あたしが呟くように言うと、田神班長がビックリしていた。
「一色特捜官って、銀行業務に詳しいんだっけ?」
「ほんの少し前に聞いたんです。同じ言葉を」
あたしはぼんやりと呟いてから続ける。
「で、その企業を追っていたはずの真治が、キックバックを受け取って捜査を妨害したってわけですか?」
田神班長は首を横に振った。
「まさか。だけど、そう考えているものもいるのが事実だ」
あたしは田神班長は、真治のことを疑っているわけではないことを知って、少しだけ安心した。
田神班長は続けて説明する。
「収賄は、利益を受け取る意志さえあれば、それだけで成立するんだ。今回は自分の口座に実際に現金が振り込まれているから、九条特捜官はかなりヤバイだろうな」
「だけど、振込人がわかんないんですよね? 間違って振り込まれたかもしれないじゃない?」
田神班長は再び首を横に振って説明した。
「いや、匿名の密告があったんだ。金額まで一致してるらしい」
あたしは衝撃を受けた。
いったい誰だろう。いや、そんなの決まってる。
真治を犯人に仕立て上げようとする存在だ。
「真治はどうなっちゃうんだろう? 田神班長はどう思います?」
「まだ監察官に事情聴取を受けただけだからなあ。まだ何にもいえないが、場合によっては、逮捕ということもありえるだろう」
特捜官が逮捕される?
そんな信じられない事態が迫っている。
「真治は絶対そんなことしてないですっ!」
「俺もそう思うんだが、実際に現金が動いているのは事実だ。これをきちんと説明できない限り、どうしようもないな……」
「絶対おかしいよ。自分の口座に直接送金させるなんてっ! 真治は嵌められたんだ!」
田神班長はあたしの言葉を聞いて、小さく頷いてから真剣な顔で言ってきた。
「九条特捜官の件、何とか調べてもらえないか? C4から逮捕者を出すわけにいかない」
あたしはその言葉に全面的に同意したいけど、しなければいけないこともある。
明日までに、あずさ銀行の件を何とかしなければならない。
「もちろんそうしたいんですけど、あたしすぐに坂上に関する資料を調べなゃいけない――」
「坂上? あの転売をしたヤツだよな? だったらちょうどいい。九条特捜官は、アイツが死ぬ前に何度か聴取に行ってるよ。本庁に行って、状況と一緒に聞くといい」
田神班長の言葉に、あたしは仰天する。
「え? 真治はもう聞いてるんですか? 何でだろ?」
田神班長も理由は知らないらしい。肩をすくめて、こう言った。
「本人に聞いてみてくれ」
あたしは頷いて、加奈子に車で送ってもらい、桜田門の本部に向かうことにした。
加奈子は車の中で待機してもらった。
あたしは本部の監察室に向かう。
真治は、監察室の側の会議室にいた。今は事情聴取の谷間らしい。
あたしがきたことに気付くと、真治は肩をすくめてから寂しそうに言った。
「ちょっと脇が甘かったかな?」
「真治ってば、何やってんのよ!」
あたしが声を荒げると、真治はビックリしたようにこっちを見つめた。
「なんだよ、泣くことないだろ? そんなに俺のことが心配だったのか?」
あたしは自分の目の辺りを擦って、涙なんて出てないことを確認した。
――な、何よっ。涙なんて出てないじゃない。そりゃ確かに心配したけどさっ。
「いい加減にしてよっ。こんな時に冗談は止めなさいよねっ」
真治が訳知り顔になって聞いてきた。
「坂上の件だろ? それとも、グローバル・アクセス・バンクの件か?」
「両方よ」
「強欲だな」
真治はそう言って笑った。
「じゃあ坂上の話を先にしよう。俺があいつが死ぬ前に面会して事情聴取をしていたことは知ってるな?」
あたしは頷いた。
「田神班長から聞いたよ」
「俺はグローバル・アクセス・バンクの調査をするために、坂上に話を聞きに行った。グローバル・アクセス・バンクそのものの話は後回しだ。最初に聞くが、あいつは昔、クラッカーだったことは知っているか?」
真治の言葉は予想外だった。
「え? そうなの?」
「そうさ。お前はアイツのことを知ってるはずだ。沙織が中学生のころ、お前が通報して不正アクセスで逮捕されたクラッカーがいただろ?」
あたしは、ちょっぴり考えてから思い出した。
「ひょっとして、『SlapStick』のこと?」
「アイツが『SlapStick』だ」
真治は愉快そうに続ける。
「アイツは犯歴を隠して、派遣社員としてあずさ銀行で仕事をしていた。もともと技術力もあるやつだから、契約の更改のタイミングで正社員として登用されたんだ」
真治はそう説明した。
「昔のことで、俺もアイツに会うまで忘れてたよ。何しろ、今まで警視庁で俺が検挙したクラッカーなんて、山ほどいるしな。そして、違法の世界から完全に足を洗うことが出来なかった。不正カードを使った仕入れと転売もその一つさ」
「うん。それはありそうね」
あたしは頷いて、真治に話を促した。
「だが、あいつは一人の銀行員と出会った。それがあずさ銀行に派遣社員として入り込むきっかけでもあったのさ」
「それは?」
あたしの問いに、真治は真剣な顔で説明してくる。
「銀行において、最も影響力があるのはシステム部だ。ここが悪意を持ったら、誰にも止めることなんて出来ない。内部調査すらシステム部に頼るしか方法がないんだからな。システム部の次長が、ある意図で坂上を登用したんだ」
――次長?
それはもはやあいつしかありえない。
「システム部の次長? ひょっとして当時の大石部長?」
「その通り。大石部長は、前科を知った上で、坂上をあえて採用したらしい。坂上自身がそう言っていたよ。大石部長は、自分の手駒にしようとしたんだろう」
確かに新見課長は、部長の依頼で修正する人物として坂上を認識していた。
確かに、前科がありそれを知られたくない坂上は、大石部長にとって扱いやすい道具だったに違いない。
「そうだね。新見課長もそんなことを言ってた」
あたしが頷くと、真治はさらに説明を続けた。
「だが、坂上は、大石部長が依頼したプログラム変更の意図を知った。それで逆に大石部長を脅したようだ。転売なんてバカらしくなるくらい稼げたろう。だからそれをやめたんだ」
「プログラム変更の意図って?」
「グローバル・アクセス・バンクを使った現金回収の仕組みだよ。一言で言えば、多数の顧客からの窃盗行為だ。だが証拠がない。沙織は今調べているんだよな? 俺に調べさせないための足止めが、今回の件だろうさ」
――真治だけ足止めすれば十分ってこと? ふざけてるわ。
あたしは怒りを込めてつぶやいた。
「舐められたもんね、あたしも」
「バカ言え。毛ほども舐められちゃいないよ。太田は誰を守って撃たれたんだ?」
真治は吐き捨てるように続けた。
「だが、大石の背後の組織は坂上が御せるようなものじゃなかった。身の危険を感じた坂上は、あえて刑務所にいることを望んだんだ。転売の件をタレコミしたのはあいつ自身の依頼を受けた購入者だよ。通報者の通報理由が怪しいって沙織も知ってただろ?」
うん。通報理由がおかしいってことは知ってた。
理由はわからなかったけど、これでやっと話がつながった。
「執行猶予をつけさせないために、坂上は黙秘を貫いたって言うの?」
刑事裁判で黙秘を続けるということは、よほどの不利益な事情があると判事に認識される。
その結果、たいていは刑罰が重くなるのが現実だ。坂上はそれを認識していたのだろう。
真治は頷いて、説明を続けた。
「そうさ。供述を始めたのは刑務所内にいることで安心したからだろう。それに、出所は半年後の予定だった。その間に大石が捕まれば、もう坂上が恐れる必要がなくなると思っていたんだ。だから、簡単に全部話してくれたよ。現金なやつさ」
あたしは真治の言葉に聞き返す。
「でも、坂上を殺したのって誰なの?」
「大石のあい――関係者だ」
真治はちょっとだけ口ごもってから説明を続ける。
「もともと大石は坂上を信用していなかった。坂上に接近した女がいたんだが、それが大石の肝いりだったらしい。接見時に差し入れをして殺した。坂上本人は大石の関係者だと全く気付いていなかったようだ」
「ひょっとして、坂上は接見時に真治のこととか話しちゃったんじゃない?」
真治はあたしの言葉に頷いて言った。
「結局、それが理由で殺されたんだろう。まあ、それがなくても殺された可能性はあるが、さすがに刑務所内で殺されることはなかっただろう」
坂上のことを考えて、ちょっぴり哀れだと思った。
「さすがにかわいそうね」
真治は、あたしの言葉に無感情だった。
いつもの真治と異なるその反応に、あたしはちょっとだけ当惑するしかない。
真治は頷きもせずに、説明を続けた。
「暗号化した沢山の口座に、ランダムで貸付利息の計算の誤差分を振り込ませる。そして、目くらましのために、分かりやすい口座情報と変更プログラムを用意した。ヤバイと思ったときには、そっちも動かすようにしたらしい。まあ、そっちに振り込まれるのはほんの一部だがな。ほとんどは大石が指定した口座に行くんだ」
「指定口座って、大石部長の口座?」
真治は首を横に振って説明する。
「イヤ、グローバルアクセスバンクの資金洗浄口座だ。あいつの取り分は後でキックバックされるんだろう。全体からすればほんの一握りだが、それでも大金を得られたはずだ。アイツも、グローバルアクセスバンクを使わなきゃ、一発で自分の口座だってばれるからな」
「待って。じゃあ、大石部長が真治の口座にお金が振り込んだっていうの?」
「おそらく違うだろう。大石は俺が援助に来たことを知らせただけだと思う。大石は俺の口座を知らないはずだからな。多分背後にいるんだよ。大物が」
「そいつが太田を撃ったのね?」
「そうだ。沙織を襲ったのも俺を陥れようとしたのも、大石じゃない。おそらくアイツはその手先として使われているだけだ」
「それがグローバルアクセスバンク?」
真治は小さく頷いた。
あたしは衝撃を受けながら、その説明を聞き続けるしかなかった。
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