沙織の決意と違和感
「一色特捜官。経営の了解をとりました。少なくとも、今後一ヶ月間は調査の継続は出来ます。ぜひ、これからも一緒に仕事をさせてください」
新見課長の言葉にあたしは頷いた。
「うん。あたしの方からも御願いするわ」
新見課長は間違いなく優秀だ。捜査に関して協力的だし、とてもありがたかった。
「私は、真のプロフェッショナルを見た気がします。私は、一色特捜官が見ている世界を知りたいのです」
新見課長の絶賛に、あたしはなんだか収まりが悪かった。
だって、真治が指摘しなかったら、思いつきもしなかった方法だったから。
だけど、新見課長はあたしを見て賞賛の言葉を止めなかった。
「私は、たぶんとても狭いシステム開発の世界で生きているんでしょう。一色特捜官は、お若いのに、もっと広い世界を見ている。それは率直に言ってうらやましい」
その言葉を聞いて、あたしは理解した。
それは、あたしが真治に感じた気持ちと同じだ。
だけど、あたし達特捜官に追いつく知識なんてない。満足することなんてない。
真治に追いつくなんてあり得ない。その時、たぶん真治はさらにその先にいる。
だから、あたしは真治のパートナーになるために、真治と違うことをしなきゃいけない。あたししかできないことをするんだ。
それが出来なきゃ、いつまでも蜃気楼のような真治の後ろ姿をあたしは追い続けるしかない。
――だから、あたしは先に進もう。もっともっと先に。
あたしは自分に満足することなんてない。
――だって、あたしは未熟なんだから。
翌日の木曜日、C4にいるときのこと。
あたしは、新見課長から不正検知ソフトのメーカーの回答を受け取ったことを知らされた。
その回答はメールであたし宛に回送されていた。
英文だったけど、新見課長らしく、日本語の翻訳文と、その翻訳者のサインが添付されていた。そして、その回答はこんな感じだった。
『このケースは、不当なトランザクションが多数確認された警告で、警告レベルは五段階のうち中から低程度の二です。この警告が出された理由は、次の条件を満たしているためです。
<多くの資金元が特定できない小額のトランザクションが存在し、一定期間継続している>
当初からこの警告が出続けている場合は、プログラムの機能上の問題である可能性があります。その場合は、この警告は無視してください。あるタイミングから発生した場合は、プログラムの悪意による改変を想定した調査を行うことをお勧めします。
今回の警告は、それほど強い警告ではありません。より不正の可能性が高いケースは、送金先が特定の金融機関に集中している場合、及び預金金利に関する付け替えが含まれている場合です。その両者が含まれている場合の警告レベルは最大の五となります』
あたしは、その回答の意味を考えながら、太田と共にあずさ銀行で割り当てられた区画に向かった。
太田巡査長には、不明な取引が発生した日付けの開始日を確認するために、データがどの時点からベンフォードの法則から外れたか、調べてもらった。
あたしはメーカーの回答文を再度読み返した。
――プログラムの悪意による改変?
「プログラムをわざと変えているってこと? 何のために?」
そんなの決まってる。自分の口座にお金を振り込ませるためだ。
「送金先が特定の銀行に集まったら怪しいって言うのはわかるけど、預金金利の付け替えってなんだろ? 不明なデータを調べてもらったら、出てきたのは貸付利息ばっかりだったよね?」
――金利を付け替えるって言うのは?
預金の金利を付け替える? 何から何に替えるんだろうか。
――それが悪意なら、誰かの利子を自分のところに替えるって言うこと?
それが付け替えということだろうか。
「でも、何で預金そのものじゃなくて、利子を付け替えるんだろ?」
利子よりその元となる預金金額の方が明らかに大きいから、もし不正に使うならそっちの方が良さそうな気がする。
そこで、利子についてちょっと考えてみた。
――利子が付くときってどういうときだろう?
しばらく考えて、あたしはなんとなく理解した。
利子の計算は、少額なら年に一回。高額なら月一回計算するはずだ。
その計算プログラムは自動的に起動されるに違いない。
「そっか。利子を付けるプログラムは毎月動くからね。預金そのものを自動的に動かすプログラムなんてないから、利子を狙うんだ」
ただ、それはとても小さい額に過ぎない。もしやるなら沢山の人を相手に実行するしかないだろう。
「きっと一つ一つの利子は少なくとも、全体を纏めれば大きな金額になるんだ」
少しだけ理解した気がする。ただ、まだ疑問が残っている。
だけど、利子を沢山もらう人だっているよね。そんな人が突然利子が付かなくなったらばれちゃう気がする。
――普通の人だったら、預金の利子なんて十円とか百円くらいしか付かないからわかんないだろうけど……。
あたしは、隣の真治の部屋に入って、大量の明細と格闘している太田に聞いてみた。
「あのさ、太田巡査長にちょっとだけ聞きたいんだけど? あんた、銀行の利子っていくらくらい貰ってる?」
「使ってるのは警察の共済だから、銀行口座は持ってないです」
「ホントにあんた使えないわね! まったくもうっ!」
あたしが八つ当たりっぽくぶつくさ言うと、太田は言い訳をするように説明した。
「だけど、共済の方がいいって聞きました。先輩から聞いたんですけど、銀行だと、一〇〇円単位でしか利子が付かないらしいですから。共済だと一円単位で利子が付くんですよ」
初耳だ。
だけど、あたしは太田の説明が頭に引っかかった。
だから自室に戻って、計算してみた。
――一〇〇〇〇円だったら変わんないだろうけど、一〇〇一〇円だったら?
金利が例えば一〇%だったら、共済なら一〇一円。銀行なら一〇〇円になる。たしかに、ちょっぴりだけど共済が得かもしれない。
だけど、何かが引っかかる。金利がもっと端数だったときって、どうするんだろう。
計算で一円以下になるような利子の取扱って、決まっているんだろうか?
あたしは電話を取って新見課長に聞くことにした。それが一番手っ取り早い。
新見課長はすぐに電話に出た。
「新見課長。ちょっと聞きたいんですけど、利子の計算プログラムで、一円未満の端数が生じたらどういう取扱にするんですか?」
『ああ、それは、四捨五入するんですよ。コンマ以下が五以上なら一円に切り上げて、四以下なら〇に切り捨てるんです。でも、なぜですか?』
「ううん。ちょっと気になったから――」
もし四捨五入するなら、それぞれの顧客に支払う利子を全部足したものと、全体の預金金額に金利をかけた利子とで違う数字になるはずだ。
「あのね、そんなことをしたら、全体の預金にかかる利子の額と、それぞれの口座の利子を足したもので食い違いませんか?」
あたしの問いに、新見課長は電話口で含み笑いをしたようだ。
『もちろん違います。ですが、それに何の問題があるんでしょうか?』
その瞬間、あたしは自分が何に違和感を覚えていたのか理解した
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