糸を引く人物
あたしと加奈子があずさ銀行の個室に入って、ほぼ五分後に新見課長がやってきた。
「大変恐縮ですが、今回の件に関するお礼と、撤収時期の調整をさせてください」
あたしは立ち上がって、にっこり笑って聞いた。
「なんで? まだ何にも解決していないでしょ?」
「被疑者を特定すれば、当行としては問題解決が図られたと考えます」
新見課長は怪訝そうに言う。
「田辺は嵌められたのよ」
「え?」
文字通り、新見課長は飛び上がった。あたしはその反応に満足して言葉を続ける。
「このリストを見て。これは本番移行のツールだけど、ここのところ。プログラム名が変でしょ? それに、インラインであのプログラムが記載されてるわ」
新見課長は食い入るように、あたしが鞄から出したリストを見つめて、そして言い放った。
「このプログラムと、ツールの変更履歴を調べる必要がありますね」
「C4でも、ツールの変更履歴を調べてるわ」
「それと、このDDで指定されたライブラリーも調べましょう」
そして新見課長は深々と頭を下げた。
「これで、田辺がアクセス履歴に出れば、すべて問題が解決しますね。どうもありがとうございました」
あたしはその言葉に、腰に手を当てて宣言した。
「だから、田辺は嵌められたって言ってるでしょ!」
「ですが、このツールの件は、どうやって本番移行したのかを示すものではあっても、田辺が関与していないことを示すものではありませんよ?」
新見課長は冷静に言ってきた。
確かにその通りだ。
あたしが、嵌められたと思うのは、何か物的証拠があってのことじゃない。
むしろ、このツールのアクセス履歴に田辺が出てきたら、言い逃れしようもない証拠となるはず。
でも、あたしには確信があった。
「ここで、いくつか調べてもらっていい? 新見課長もある程度は分かるんでしょ?」
あたしの提案に、新見課長は珍しく躊躇するように言った。
「もちろん分かりますが――。実は大石部長から、一色特捜官の部屋で調査するのは避けるように指示されているんです。恐らく、情報管理上の理由でしょう」
情報管理?
警察の捜査に情報管理なんてあり得ない。そんなことをしたら、証拠隠滅行為と思われるだけだ。
「別に良いでしょ? あたし、警察官だよ? なんだったら、後であたしが無理にお願いしたって言ってあげるから。最初に、この変なライブラリーを調べてっ」
あたしが強引にお願いすると、不承不承といった感じで新見課長が返してくる。
「――分かりました」
新見課長はPCの操作を始める。
新見課長が変なライブラリーと思われるものを開いた。
そこには、一つだけしかプログラムがなかった。明らかに例の問題のプログラムソースだ。
新見課長が注意深くそれを開くと、一〇行ほどの英文が現れた。新見課長が小さく言う。
「COBOLですね。しかも、田辺の口座情報を設定する部分だけのようです。つまり――」
新見課長の説明の途中で、携帯が鳴った。あたしは新見課長の言葉を制止すると、電話に出た。
『一色特捜官ですか? 田辺ですけど、やばいこと思い出しました。俺、上司の指示で、このライブラリーを更新したことがあるんですっ。これ調べ続けたら、俺が怪しまれちゃいますよ』
「え?」
あたしは、思わず声を漏らした。そして当然の質問をする。
「その上司って誰?」
『大石部長です。課長を通さない指示って珍しいんで覚えてたんですけど……』
田辺の言葉で、うっすらと真相が見えてきた。
あたしは田辺に宣言する。
「分かったわ。あんたは調査を続けて頂戴。あんたが無実なら、絶対助けてあげる」
『な、何で、そんなに俺を守ってくれるんですか?』
電話先の田辺が震える声で問う。
だからあたしははっきりと宣言した。
「あたしは、コンピュータ特捜官よ。コンピュータを使った不正は許さない」
「誰ですか?」
あたしが電話を切ると、新見課長は怪訝そうな目であたしを見ていた。
「別に誰でもいいでしょ? それより、説明を続けてください」
新見課長は簡単に言葉を纏めた。
「プログラム移行の際に、ここで指定したプログラムに限って、行の一部を置き換える処理をするんでしょう」
それは予想していた。むしろそれしかありえない。
でも、本当にそれですべてが解決しているんだろうか。
もしそうなら、あたしを襲わせたのは誰?
何の目的で?
ここで、調査を終らせることでメリットを得る人は?
調査を終らせようとしている人は誰?
あたしは、沢山の疑問の中から、鍵となる質問を見つけ出した。
「新見課長。今回の援助に関して、これで打ち切った方がいいと思いますか?」
あたしの突然の質問に、新見課長は驚いたようだった。
だけど、しばらく考えた後、新見課長は首を横に振った。
「いいえ――」
「では、さっき何で問題が解決したと言ったの?」
あたしの問いに答えずらそうに説明してきた。
「大石部長に、この辺で撤収してもらうのがいいだろうと言われたからです」
「宿木専務は?」
「専務はこの件に関して進捗状況をほとんど知らないはずです。大石部長には報告していますが、役員には問題解決を図ってから報告するのが普通ですから」
――やはり大石部長がこの調査を終らせようとしている?
あたしがそのことに気付いたとき、再び電話が鳴った。
今度は部屋に置かれた行内電話だ。
『あ、一色さんですか? 園田ですけど、一つ思い出したんで連絡します。二年ほど前に、次長に頼まれてソース変更ツールを作ったことがありますけど』
その言葉に、あたしはビクッとした。
「それはどんなツールなの?」
『プログラムIDと変更部分を指定すれば、自動的にプログラムを書き換えるツールですけど』
「へ、へぇ? そのツールって誰に頼まれたの?」
あたしは素知らぬ顔を装って聞いた。
『確か大石さんです』
大石さん? さっき確か次長って言ったはずだ。
「大石さんって次長じゃなくて部長じゃないの?」
『あー、当時はまだ次長だったんですよ。その後、営業力を買われて、部長に昇進しましたけど。すごいっすよ。システム部員が大口入金をぽんぽん取るなんて、あまり聞かないですから』
電話を切ったあたしの頭の中で、状況証拠が積みあがった。
大石部長だ。
プログラムの書き換え用のツールを作らせて、本番移行をすると田辺の口座に振り込ませる部分を反映させるようにした。だけど、何もないときは、書き換えられたソースは実行ファイルではないため、改変されていない正常なプログラムが動作する。
そして、必要だと思ったタイミングで、本番環境でプログラムソースから実行プログラムを作成するツールを実行すればいい。そうすれば、今までの正常なプログラムから、改変されたプログラムが動き出すようになる。
そして、田辺にそのライブラリーをわざわざ更新させる念の入れようだ。システム部長がコンピュータに詳しくないはずがない。
だけど何で?
田辺の口座に入金させる意図は?
「犯人に仕立て上げるため、よね?」
あたしは呟いた。
警視庁の援助が決まったので、被疑者を誘導するために、すぐに本番環境でソースから実行プログラムを作成して、田辺の口座にお金が振り込まれるようにしたんだ。
田辺が犯人だと思わせるために。
だから、最近の数日しか振込みがされていないんだ。
口座から本人を特定する捜査は警察のお手の物だし、実際の怪しい振り込みがあったのであれば、捜査対象とならない理由がない。
それに気付かれそうになったから、誰かを使ってあたしを襲わせた?
そんな知り合いが銀行員にいるの?
なんだか大事な視点が抜けている気がする。
そういえば、大石部長は中途入社だって言ってた。
あずさ銀行で、何か実績を得るためにお金が必要だったのかもしれない。
だったら、大石部長は別な方法で、お金を入手しているはず。
不明金は億の単位だって言ってた。
不明な取引は全部、大石部長に渡ったのに違いない。
それを調べなきゃなんない。
それが、きっと太田を撃ったあの外国人に繋がる線だ。
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