第20話 崩壊
深紅。
少女の
わずかに大気がゆれ、怪鳥がリトをめがけて襲いかかった。
「いけない!」
少年が地を蹴り、電光のごとく駆ける。少女が異形をたやすく消し去るのは想像がついた。しかし、街への被害を考えているとは到底思えない。今の彼女の目には、ヒウノはおろか、大勢の人などうつってはいなかったのだから。
少年はリトに組みつき、怪鳥へ向けられた腕を上方へ逸らす。直後、目を焼かんばかりのまばゆい閃光が天を走った。難を逃れた鳥が、ふたり──正確には少女と距離をとる。
大きく響きわたる倒壊の音。
「あぁ、時計塔が──」
ヒウノの声は轟音にかき消された。
彼女の放った光を受け、観光街のランドマークが白い砂と無数の瓦礫となって崩れてゆく。美しい音色を奏でるはずの鐘が地面に落ち、耳障りな歪んだ音を立てた。人々の悲鳴。大量の粉塵とともに、時を告げる者が街から失われた。
「……まだ、終わっていない」
人命こそ無事のようだったが、街に害が及ぶのを食い止められなかった。ヒウノは苦しげにむごたらしいありさまを見やる。
異様同士の争いはおさまる気配がなかった。壊れゆく巨大な建造物など気にもかけず、襲い来る異形と冷たく迎える少女。再びふるわれる破壊の力を防ごうと、少年は正面からリトの体を強く抱きしめた。普段とは異なる、白銀色をした彼女の髪。時の流れがゆるやかに感じられる中、ヒウノは「きれいだ」とつぶやいた。
リトのしなやかな手から、光があふれる。
「──!」
そのとき、少年の背後から突風が吹き抜けた。怪鳥と自然公園を覆う塵、そしてもうひとつの異様──少女の力のすべてを打ち払う風。
大気の流れがおさまると、災いに見舞われたとは思えないほど、あたりはいっとき、しんと静けさを取り戻すのだった。
*
風がやみヒウノは目を開く。腕の中にいるリトは意識を失い、髪はもとの栗毛色に戻っていた。振り返った彼は、いつの間に陽が落ちたのかと自身の時間知覚を疑う。目の前に夜の色が広がったからである。
少年はやや遅れて、視界を覆ったそれが布地であると気づいた。星の瞬きのない夜空。ふわりと舞った濃紺色のロングスカートが“夜”の正体であった。ついで目にうつる真っ白な髪。ヒウノはさきほど出会った老婆が現れたのかと身構える。
「──無事か」
抑揚のない、けれど耳に心地のよい透き通る声。見上げると、立ち姿の美しい長身の女性がいた。見目麗しく、どこか憂いを帯びた表情を浮かべる彼女の眼差しが少年を捉える。輝きのない闇色の瞳に吸い込まれそうになりながら、ヒウノはようやく声を絞り出した。
「あなたは……」
彼をまっすぐに見据えたまま、女性は短く答える。
「名はユユエ」
少年は、いつぞや海辺の町の宿で目にした名前を思い出す。リトの姉と
「あなたはリトのお姉さんなんですか?」
ユユエは肯定も否定もせず、心なしか目を細め少年の腕の中にいる少女を見た。
「リト、と告げたのか」
深く静かに息を吐き、言葉を継ぐ。
「
言葉の真意はわからなかった。されどヒウノは力強く頷く。夕陽の輝く海でリトと交わした誓いを、片時も忘れたことはない。
「はい。信じてもらえる僕になると、約束しました」
「──西の果て、メナ族の集落セラフェイオンで待つ」
彼女はそう言うと、ふたりに背を向け歩き始める。少年はハッと気がつき、少女の弟であるレレンの所在を聞き出すため、ユユエを呼び止めようとした。しかし、なだれ込んできた警官隊と、多数の銃剣の刃に
隊を率いていたのはシィの父親であった。彼が合図を送ると、三人の体格のよい男性が進み出て、ヒウノの腕から強引にリトを奪い取る。突きつけられる
少女は地面にうつ伏せに組み敷かれた。ひとりは彼女の腕を交差させ、肩の関節がはずれそうなほど後ろ手にきつく縛り上げる。もうひとりは荒っぽく猿ぐつわを噛ませた。意識のないリトに抵抗のしようなどなかったが、そうでなくても彼らの淀みのない動きには目を見張る。最後のひとりはブーツを脱がせると、短剣を抜き少女の無防備な足の腱に刃をあてた。それが引かれれば、彼女は立ち上がることすらかなわなくなるだろう。
怒りに震え、向けられたきっさきにも怯まず
「そこまでしなくたっていいでしょう! 女の子なんですよ!」
声の主はシィであった。罪を犯した者をかばい、見習いでありながら立場をわきまえない発言。父である隊長から顔の側面をぶたれ、それでもなお少女は強く抗議の視線を向ける。衆人環視──特に女性の目が刺さったのか、リトは流血を逃れ、隊員の肩に担がれ運ばれていった。
シィは赤くなった頬をさすりもせず、
「ヒウノ・レンさん。あなたにお話があります。同行を願います」
少女の瞳が、痛々しいほどにものを訴えかけている。彼女の立場をこれ以上悪くするわけにはいかないと、ヒウノは従うよりほかになかった。
第20話 終
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