第14話 残り火
海辺の町に
(いけない。いつの間にか眠ってしまったんだわ……)
ぎゅっと目をつむり、顔を振って睡気を飛ばそうとするリト。ぼやける瞳で町の入り口を見やる。すると、そこに小さな人影を認めた。短く声をあげ駆け出す少女。肩にかけられていた毛布に気づくと、慌てて掴み、
「レン君! おじさま、おばさまも、無事で本当によかった。ああ、可哀想に。こんなに冷たくなって」
少年に駆け寄ったリトは、身にまとった布を頭からかけてやった。毛布から伝わってくる彼女の温もりと、花のようなほのかな香り。ヒウノは力なく微笑むと、張り詰めていたものが切れ、少女の胸へと倒れ込んだ。少年の母親は意外そうな表情を浮かべたのち、ふたりの様子に目を細める。
「リトちゃん。悪いのだけれど、その子をお願いできる?」
リトは力強く頷くと、ヒウノを背負いゆすりあげる。少女を追ってきたシズとその母が少年の両親を支え、一行は宿を目指し歩き始めた。
*
額や首すじにうっすらと汗を浮かべた少女は、風通しのよい窓際に座り涼んでいた。彼女の膝で規則的な寝息を立てるヒウノは、まだ目を覚ましそうにない。その髪を、まるで赤ん坊をあやすような手つきで撫でながら、リトは大人たちのやりとりを遠目に見ていた。無意識に、ゆったりとした子守歌をハミングする。
(きっとすごくがんばったのよね。寝顔を見ていると、レレンとそんなに変わらないのに。本当に偉いわ)
彼女の柔らかな手がヒウノの髪を滑り下り、頬で止まる。リトは弟を寝かしつけているようで、うっとりと幸せを感じていた。そうしていると、突然くぅっと腹が鳴る。自身のものと知り苦笑する少女。ついで、少年からも同じように空腹を訴える音がしたかと思うと、瞳がゆっくりと開き、数度まばたきをした。
「リトさん──」
「ごめんね。起こしちゃったかしら」
ヒウノは夢うつつに彼女がもたらす温かさの理由を追い、頬にふれるその手に自身の手を重ねた。笑みを浮かべて覗き込むリトと目が合い、少年の意識がみるみる覚醒してゆく。勢いよく上体を起こすと、お互いの額をぶつけそうになって驚く少女をよそに、ぐるりと周囲を見渡す。その先に両親の姿を認め、彼は安堵の息をもらした。
「僕たちも話を聞きましょう」
ヒウノはリトの手を取り、おもむろに立ち上がる。そのままふたりは大人たちの輪へと加わった。
*
「あら、ヒュー君。目が覚めたのね、よかったわ。ずっとリトちゃんが介抱してくれたのよ。ありがとうは言った?」
そうシズに迎えられ、少年は礼を欠いた自分の至らなさに気づいた。リトに向き直ると、彼女は「いいのよ」と首を横に振り、顔をほころばせる。これまで姉を演じてきたシズは、ふたりの距離感を見て取り、「お役御免かしら」と呟き薄く笑った。
ヒウノは父のかたわらに立つと、テーブルに広げられた世界地図と開かれた宿帳に視線を落とす。おそらく、リトの道行きを話していたのだろうと推し量れたが、少年にはそれよりも気がかりなことがあった。
「父さん。あれは、本当にホムラ
我が子が抱いたもっともな疑問。彼は数瞬迷い、シズに目配せをした。ヒウノの家族と付き合いの長い彼女はすぐに察し、立ち上がる。
「リトちゃん、昨夜から何も口にしていないから、おなかすいたでしょう? みんなのぶんも食事を用意するから、手伝ってちょうだい」
「はい。待っていてね、レン君。わたしもおなかぺこぺこ」
ヒウノに微笑みかけ、なんの疑いもなく
「あの燃えかたは、ホムラ神のそれではありません。森に生きる命を焼き尽くそうとする火でした」
「わたしたちが住んでいるのを知っていて、誰かが火を放ったというの?」
彼女の問いにどう答えるべきか、父親は
「ぼくたちが狙われたのなら、もっと早くに起きていたでしょうね」
父の否定を受け即座に心当たりが浮かび、ヒウノははっと息を呑んだ。顔が悲痛にゆがむ。けれど、光を失わない瞳で意志を定めた。
「僕は彼女と一緒に行きます。誰かの助けがないと、きっと困るでしょうから」
「それなら、中央大陸の警察──シズちゃんのお父さんを頼るといいわ。妹のシィちゃんは、十五歳になってすぐに見習いを始めたそうよ。いい、くれぐれも危ないことはしないでね。お母さんと約束できる?」
少年は首を縦に振り、母に応える。
(それに、もしかしたら父さんと母さんを亡くしていたかもしれないんだ。そんなことをする人を、放ってはおけない)
小さく、けれども確かに、ヒウノの胸に
第14話 終
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