第2章 ふたりが見る世界

第17話 あなたと歩く街

 シズに手を振りながら下船げせんしたヒウノとリト。ふたりの姿は街への玄関口げんかんぐちである港湾こうわん空間にあった。周囲に目をやると多くの旅客船舶りょかくせんぱくが停泊していて、大きな人の流れを生み出している。旅の喜びを抑え切れない笑顔と声。つられて歩調が軽やかになる。


「こんなにたくさんの人が集まるなんて。お祭りがあるのかしら」


 少女は人々の行く先で待つものに胸を膨らませる。我先にと駆け出した子どもがリトにぶつかり、そのまま人の波へと消えてゆく。「元気な子ね」と笑みを絶やさない彼女の手を取り、少年は人混みを避けるようリードする。


「もうすぐ街に出るよ」


 ヒウノに導かれ、少女は活気と喧騒けんそう、そして陽光の射すまばゆい輝きの下へと足を踏み入れた。



 *



「──ねえ、ヒウノ。ここから見える建物のぜんぶに、人が住んでいるの?」


 街を見渡し、驚きを露わにするリト。よほど感銘を受けたのか、まばたきを忘れ瞳を潤ませている。他の観光客とは明らかに異なる感情の動き。少年はこれまでにも同様の反応を見せた彼女を思い出したが、話してくれるまで待つと決め、意識の外へと追いやった。


「僕たちがいるここは観光街なんだ」


 久しぶりに訪れたためか、ヒウノの気分も高揚していた。そこは中央大陸の東端にある、世界でも有数の観光地。

 バニラホワイトの石畳が敷かれた目抜き通りには、旅行を楽しむ人だけでなく、自動車や路面電車が行き交っている。赤色のレンガ屋根で統一された建物が道の両脇に並び、宿泊・服飾・食料品など多様な店が連なり活況かっきょうていしていた。

 街の中心にはランドマークとしてそびえ立つ時計塔と、足下に緑豊かな自然公園があり、太い川がぐるりと周囲を流れている。低い鐘の音が響き、巨大な跳ね橋がおりてゆくのが見えた。


「どうしてかしら。こんなに大きな街なのに、とても落ち着くわ……」


 ぬくもりのある色に包まれ、アンティークな雰囲気を漂わせる景観がこの街の持つ魅力であった。

 ほうとため息をつき、ふらりと歩を進めるリト。その手を何者かに勢いよく引かれ、突然目の前が真っ暗になる。彼女のいた場所を車が通り過ぎてゆく。顔をあげた少女は、自身がヒウノの胸に抱かれていたと知った。


「ごめん、痛かった?」

「ううん、なんともないわ。ありがとう。ごめんなさい、不注意で」

「手をつないで行こう」


 少年が微笑みながら手を差し出す。リトは彼の優しさをうれしく思い、品のよい所作でその手を取った。お互いの指と指をからませた握りかた。街ゆく年頃の女子たちが送る羨望せんぼうと憧れの眼差しを、とうのふたりが気づいていないのは言うまでもない。



 *



(わたし、どうしたのかしら……。急に気分が悪くなって……)


 街並みを楽しんでいるさなか、リトはめまいに襲われ戸惑っていた。なぜ体調を崩したのか、はっきりとした原因がわからない。


「ちょっと休もう。ここで待っていて」


 少年を心配させまいと隠そうとしたが、つないだ手から伝わったのか、すっかり見抜かれていた。

 気づくと、いつの間にか人混みからはずれた閑静かんせいな裏通りにいた。街の賑わいが遠く聞こえ、屋根の落とす影がりょうを求める体に心地よい。壁にもたれかかり視線を横へ滑らせると、ガラスを隔てた先に飾られた女性用の衣服に目がとまった。


「このお洋服は──」


 リトは自分の格好とショーウィンドウに陳列された洋服とを交互に見た。窓越しにあるボルドーと、重なって映る青。色こそ違えど、そこには彼女が身につけているものと同じスカートがディスプレイされていた。

 ひっそりとした小路こうじに建つ小さな洋裁店。おとぎ話の世界を想像させるたたずまいに惹かれ中をのぞこうとすると、背中を快活な声に叩かれた。


「あの! そのお洋服、どうしてあなたが着ているんですか?」


 リトが振り返ると、自身と背丈が同じくらいの女の子が立っていた。

 上下どちらも黒を基調とした職業制服に身を包み、よほど訓練されているのか立ち姿が凛としている。肩口で揃えられたややくせのある短い髪と、整ったフェイスライン。勝気そうな目もとに見覚えがあり、リトは小首をかしげた。


「ここは『貴女あなただけの一着』を作ってくれる、知る人ぞ知る名店です。ちょっと値は張りますが、女の子なら憧れちゃいますよね、ただひとつしかない、自分だけのお洋服。ああ、素敵──。つまり、あなたが身につけている服は、“誰か”のためのオーダーメイド品です」


 ころころとよく変わる表情と仕草しぐさ。愛らしい声は、決してリトを責めてはいなかった。そこではたと思い至る。


「──もしかして、シィちゃん?」


 名を呼ばれ驚きに目をぱちぱちさせる少女。不審がる様子はなく、瞳はすぐに出会いの喜びへと変わる。頷く彼女の顔に咲く大輪の花。リトはめぐり合わせも旅の楽しみのひとつと知るのだった。



 第17話 終

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