第18話 出会い、始まる

「あたしの名前はシィです。そのお洋服、母か姉に会ったんですね」

「ええ。シズさんにはよくしてもらったの。わたしはリト・リリーシエ。ごめんね、こんなにいいお洋服を勝手に……」


 詫びいるリトにシィはかぶりを振ってこたえた。


「気にしないでください。あたしったら、買って満足しちゃうので。それにリトさん、すごく似合っています。きれいな人に着てもらって服も喜んでいますよ、きっと」

「ありがとう、シィちゃん。でもね、可愛らしいあなたにも着て欲しいのではないかしら」


 容姿を賛称さんしょうされきょとんとする少女に、リトは柔らかく微笑みかける。口角が徐々に上がり、らんらんと目きらめかせたシィは、彼女にすっかり好ましい印象をいだいていた。年の近い女子がふたりいて、自身を華やかに飾ってくれる衣服を放っておくわけがない。「見るだけでも」と店のドアにふれたちょうどそのとき、少年が戻ってきた。


「シィ? また仕事の合間にこのお店を見に来ていたのかい?」


 ヒウノは軽い口調で声をかけた。すると──。


「ヒューにいちゃん!」


 お気に入りに飛びつく猫のごとく、彼女は勢いよく少年に抱きついた。手に持ったふたつの紙製の容器を落とすまいとこらえるヒウノ。やれやれと、しかしそれでいてあたたかな眼差しで、自分の胸に顔をうずめる少女を見下ろした。


「ねえ、聞いて。あたしのお洋服を着た、すっごくきれいな人がいてね。リトさんって言うの。来て。ヒュー兄ちゃんもきっと好きになるから」


 興奮ぎみに少年の腕を引いて歩くシィ。


「おまたせ」

「ううん。待っている間に素敵な出会いがあったわ。ね?」

「──ひょっとして、ふたりは知り合いだったんですか?」


 ヒウノとリトを交互に見やり、シィは目を丸くする。やがて三人は晴れやかに笑い合うのだった。



 *



「美味しい……。はじめはすっぱさがあるけれど、あとに広がるこの甘みは、たぶん果物くだものね。お砂糖とは別の何か──蜜も入っているのかしら」


 少年から飲み物を受け取ったリトは、ひと口味わって感嘆の声をもらした。気分の悪さが嘘のように消えてゆく。


「わかります? 季節によって使われる果実が変わるんですよ。今は桃が食べごろで、そこにはちみつをまぜたらもう疲れなんて吹き飛んで……って、これ、ヒュー兄ちゃんのぶんじゃ……」


 こくりこくりと喉を鳴らし半分ほど飲んだところで、少女はヒウノの手がからであるのに気がつく。しゅんとする彼女に、少年は「いいよ」と短く言って歩調をゆるめた。シィと並んだリトはうつむく彼女の顔を覗き込み、「優しいお兄さんね」と笑いかける。家族も同然に慕う彼を褒められうれしくなったのか、またたく間に元気を取り戻した少女は、快活な声で少年に謝った。リトは後ろを歩くヒウノに、片目をぱちりとつむってみせる。


「それで、リトさんたちはこれからどうするんですか?」

「僕は寄りたい場所があって──そうだ、シィ。街を見回りがてら、彼女を案内してもらえるかな?」

「いいけれど、一緒じゃ駄目なの?」

「ふたりで楽しんでおいで。十五時の鐘が鳴るころ、自然公園で落ち合おう」


 片手をあげて別れを告げた少年は、混み合う通りをするりと抜けてゆく。彼が路地裏へと姿を消すまで、ふたりの少女は手を振りながら見送った。



 *



 ひとりになったヒウノは警察署を目指していた。治安維持を職業にする知人──シズとシィの父親を頼り、リトの保護を求めるためである。表通りを行ったほうが近いのだが、観光地ともなれば人の波で思うようには進めない。人影もまばらな裏道をゆくのが、結果として目的地にはやく着くのだ。


(彼女について、どう話せばいいだろう)


 道すがら伝える内容と順番を考えていると、ふと何者かの視線を感じた。足を止め、注意深く周囲を見渡す。しかし、少年を見ている者はどこにもいなかった。

 気のせいか、と再び歩み始めるヒウノを、出し抜けに吹いた風が襲う。反射的に閉じた目をゆっくり開けると、少し先に老人の背が見えた。腰が曲がり、杖をつく小柄な老婦人。緩慢かんまんに振り返った彼女は、にやりと、確かに笑った。


「──しつけのなってない小僧だね」


 しわがれた声がヒウノをあざける。直後、彼の目を避けるように老婆が宙を舞い、屋根の向こうへと消え去った。異様な光景に不審を感じた少年は、人目がないのを確認し右腕を振り上げて光紐こうちゅうを伸ばす。赤レンガの上に降り立ったヒウノの真正面に、老婆はいた。


「その力、どこで手に入れたんだい? まさか、あの娘から何か受け取ったんじゃないだろうね?」


 不気味な笑み。超常の力を使う彼女を前に、少年は直観で『あの娘』がリトを指していると確信するのだった。



 第18話 終

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