すみません。こいつの兄です
アル
第1話 小悪魔メイク
日曜日。俺の部屋で、妹が長くなってる。
「なぁー。にーくんさー」
話し方まで間延びしすぎて沖縄の方言みたいになってる。たぶん通訳が要る。
「肉でも食いたいのか?」
「あー。なんで、ここでニクがでてくるっすかー?にーくん、つったら、にーくんでしょーよー」
妹、回転。うつぶせ。着ているTシャツには背中にでかい海老の尻尾がプリントしてある。
「その『にーくん』ってなんだ?」
「あたくしの兄であるー。にーくんのことであるー」
妹、回転。仰向け。Tシャツの表はでかい海老の頭だ。
「俺は、そんな名前じゃないぞ。まぁ、お前は真菜だから、野菜っぽいっちゃあ野菜っぽいけどな」
妹、回転。うつぶせ。そういえば、この変なTシャツ。海老原なんとかいうモデルが流行ったときに、買ってきたんだよな。エビちゃんて、これか?
「野菜の兄なら、むしろ野菜なんじゃないっすかねー。にーくん。あたまわるいー?」
頭、踏みつけ。
「あばぶぶぶぶぶぶぶ」
解放。
「にーくん、あにするっすかー。カルシウム不足っすかー」
「話が進まんから。もっとシャキシャキしゃべれ」
「野菜だけにー?」
くだらねー。踏みつけの刑。
「あばぶぶぶぶぶぶぶ」
解放。
「だんあつされたっすー」
「で、話が進まんのだが、なんの用なんだ?」
「まんがー」
「まんが?」
「このまんがー。続き買わないのー?」
さっきまで積み上げて読んでた俺の少年漫画をひらひらしながら言う。
「まだ出てないんだよ」
「えー」
これだけ話して、それだけの用かよ。効率悪いやっちゃなぁ…。肉の謎が解けてないし。
「にーくんの謎はどうなった?」
「あー。それっすかー。あのねー。そのっすねー」
「とっとと話せ」
「うー」
妹、しゃくとり虫みたいにずりずり移動。足の届かないところまで逃げるつもり。逃げるくらい、しゃきっとやれ。
「あばぶぶぶぶぶぶぶ」
解放。
「このあいだー。『にいちゃん』って呼んだらー。あまえんなーって怒られたっすー。ふまれたっすー。」
「ああ、そんなこともあったなぁ」
「んでねー。あたくしなりに考えたっすけどー。」
妹、カーペットの上でクロール。
「『兄さま』ってのは、あたしらしくないんすよねー」
まぁ、その通りだな。似合わん。
妹、平泳ぎオン・ザ・カーペット。背中にはエビの尻尾。
「『兄さん』ってのも、ちょっとちがうんすよねー」
「まさか、それで『にーくん』なのか?」
「やっとわかったっすかー?にーくん、DHA不足っすかー?ひひひ」
ふぬん。
「ぶべっ!あばぶぶぶぶぶぶぶ」
解放。
「今のは体重のってたっすー。先ほどの、発言のどの部分がいかんっすかー。にーくんは、だめっすかー」
「さっきの発言だと、むしろ『にーくん』だけがギリギリ許せる部分で、他は踏みつけに値した」
「にーくんぼーくんっすー。韻を踏んだっすー」
こいつの相手するのって、どんだけ疲れるんだ。
「ところーでー」
「しゃきっと言うことだけ言わないと両足で踏む。すなわち全体重」
妹、起き上がってあぐら。右手挙手。
「はい。真菜くん」
「『にーくんぼーくん』って、肉棒くんみたいっすね!」
少々お待ちください。
妹、『もう下品なことはいいません。』と十回書いた紙を前に正座。
「ってか、お前さー。友達と遊びとか行けばいいじゃんかよ。一応、女子高生だろ。ほら、ショッピングとか行かないのか?いっつも、変なプリントTシャツとジーンズばっか着やがって」
「ショッピングねー。いまいち、学校の友達が行くパステルカラーなお店がっすねー。あんまりっすねー。なんつーかー。ちょーっち違うんスよねー」
「生意気言うな、少年漫画とか音楽雑誌ばっか読んでないでたまには女の子の読むみたいな雑誌でも読んで、『普通に』女子高生してみろよ。メイクにも興味ないみたいだしさ」
「そーっすねー。にーく…にーさ…あー」
妹、ちらちらこっちの様子(とくに右足)を見ている。
「兄さんでいいぞ」
「ニー…さん」
「俺はまだ、高校生でちゃんと学校行ってるし、大学卒業したらちゃんと働くからな」
右足構え。
「お兄様!が、そうおっしゃるなら、ちーっとやってみるっすかーねー。メイクねー。女の子雑誌ねー。」
ちょっとシャキっとしようとしたが、だめだったみたいだな。くねくねとそのまま横に転がった。こいつ。骨は入ってないのか…。
「いや。まぁ、無理にしろとは言わないけどな。素材はいいんだから、ちっとはおしゃれするのもいいんじゃないの?」
妹は目を丸くしたと思ったら、糸目状態でニヤけ始めた。しまった。ほめるんじゃなかった。
「ん。ん。そーっすかー。素材いいーっすかー。まーねー。ちょっと本気出したら、そこらの女子高生とかメじゃねーっすからねー。あたしさー」
うぜぇ…。まぁ、兄の目から見ても素材は悪くないと思うよ。素材はね。
「まぁ、いいや。俺は出かけるからな」
もう相手をするのが面倒くさくなった。とにかく、どこかに出かけることにしよう。
ふひひっひひって笑うキモい妹の声を聞きながら外に出る。
翌日、部活を終えて家に帰ると心配顔の母親が出迎えた。
「あ。直人。ちょうどよかった。」
「あ?どうしたんだ?」
「あのね。真菜のことなんだけど…。あの子、なんか悩んでた?」
あいつ、また馬鹿なことやってんのか?母さんに心配かけて仕方の無いやつだな。刑罰加えるか。
「な、直人!あ、あのね。あまり刺激しちゃだめよ。やさしく悩みを聞いてやってね」
?
「ああ。分かった、気をつける…」
階段を昇って、二階にあがる俺を下からまだ心配顔の母さんが覗いている。あいつ、本当になにをやらかしてんだか…。
「真菜。入るぞ」
ノックして、少し待ってからドアを開ける。
「かはぁっ!!ファーッック!!」
「うわあっ!!」
驚きのあまり後ろにしりもちをついた。
「ままま、真菜?なにやってんだ?」
「シーット!兄ちゃんがメイクしろっつーから、してみたんすけどー」
「はぁ?」
メイクのつもりか?それ?顔面真っ白に塗って、目の周りはバットマンのマークみたいな隈取り。唇は紫で。髪は上空40センチタワーが三本屹立している。首を斜め三十度に傾けて、紫の舌をべろーんって出しながら、こっちに手の甲を向けて少し曲げた中指を立てている。着ているTシャツは不気味なエイリアンが光線銃を持ってる絵がリアルにプリントしてある。アイアンメイデンだな。
そりゃ母さんも心配するわ。
「どーっすか!小悪魔メイクとかメじゃねーっすよ!完全悪魔っす!アクマッ!かはぁーっ」
「アホか、てめぇはー!」
「きゃー!!」
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