第83話 殺人合コン

 朝、妹と駅まで行くと、バスのロータリーにバスが止まっていた。ダッシュでバスに駆け込む。二人がけの席に一人で座る謎の先輩に気がついた。顔は知っているが、名前を知らないのだから謎の先輩と呼ぶしかない。


「おはようございます」


顔見知りだし、助けてもらったこともある相手なので、挨拶しないわけにも行かない。向こうは、名前を聞いても教えてくれないほどなので、挨拶するのも躊躇われるのだが。


 謎の先輩は無言で、ちらりとこちらを見ただけで挨拶も返してこない。


 嫌われているのかな?隣に座っていいものかどうか躊躇する。かといって、他に席も空いていない。つり革につかまって立っていてもいいのだが、電車ならともかくバスは出来る限り席に座った方が安全だろう。


「こ、ここいいですか?」


「……」


無言でうなずいてくれる。まったく知らない人の横よりも居心地の悪い席に座る。バスが走り始める。


 朝だけは、国道が混んでいる。じわじわと渋滞しながらバスが這うように進んで行く。


「……彼女?」


つぶやくように隣の先輩が言う。たずねられたのだろうか?


「あ、バスの窓から見ていたんですか?妹です。朝、一緒にいたのですよね」


「似てないね」


「よく言われます」


うちの妹は顔面偏差値が高い。うちの高校では、美沙ちゃんと人気を分けているという不思議現象が起きている。美沙ちゃんがノーマル枠。妹がロリコン枠担当だ。俺の学年では東雲さんがおっぱい担当だったが、今はだれがおっぱい担当なんだろう。美沙ちゃんは高校一年生の頃からDカップのままで、天使の美乳。究極のサイズのままだ。AAAカップからCカップまでのブラは大きく見せることを狙っていて、Eカップ以上は小さく見せることを狙っているということを聞いたことがある。やはりDカップが究極の美乳サイズなのだ。美沙ちゃんはすべての美少女の目指す究極にあるのだ。


「……君は…」


「はい」


そこまで言って、謎の先輩は黙る。


 信号が赤から青に変わって、バスがのろのろと加速する。ディーゼルエンジンの音を立てて、上り坂を登っていく。


 話しかけたところで、黙るとか、やっぱり謎の先輩は多少コミュ力に問題があるなと思う。


 だけど、俺は大丈夫だ。イラつきもしない。


 コミュ力のない人の相手をするのは慣れているからな。


「……彼女居るの?」


インターバル長すぎの会話が帰ってくる。スカイプチャットみたいな応答速度だ。相手がタイピングしている間、なにか表示してくれるともうすこし会話がしやすくなると思う。


「いませんが、その気になれば神が嫉妬するリア充です」


嘘じゃない。大天使ミサエルちゃんが告白してくれて、毎日ではないが、朝食を作りに来たりするのだ。朝食まで作ってもらって付き合わないとか、少なからぬ罪悪感も感じるが、そこは目をつむる。


「三島先輩の妹さん?」


ぐっ。


 まーそのー。三島由香里とはキスしたけど……。


「ちがいます」


キスしたけど、三島に今からつきあってくれなんて言える筋合いではない。それは、いくらなんでも勝手すぎると思うのだ。


「モテモテなんだね」


どうだろう。彼女がいたことはない気がするが、美沙ちゃんに好かれているだけでも、通常の美少女にモテる三倍くらいのモテパワーがありそうだ。


「そうでもないです」


だが、その質問にイエスと答えてはいけない気がした。


「教えてよ」


「なにをです?」


「モテ方を」


俺は、ノーと言ったのだ。話、聞けよ。


 だいたい美沙ちゃんにモテるに到った経緯もよく分からない。まず、寝ている部屋に妹が忍び込んできてマウントポジションを取り、無言で正拳突きを打ち下ろすところから始めるべきだろうか。それはかなり難しい。まず、妹が居ないと話が始まらない。


「難しいですね。…っていうか、モテたいんですか先輩?」


こくりと、うなずく。


 意外だ。


 モテたそうには見えない。どちらかというと、人付き合い面倒くさい。一人にしておいてくれ。ぼっちと呼ぶな、私は孤高なんだと言ってそうなタイプだと思っていた。というか、まずは後輩と知り合って、後輩が名前を名乗って名前をたずねているのに「知ってどうするの?」とか言うところから直した方がいい。彼氏を作る方法の前に、まず人とコミュニケーションをするという段階だからだ。


「…モテたい」


「そうですか。がんばってください」


がんばってくれ。先はずいぶん長いと思うけれど。人は誰にでも愛される権利がある。


「私は……合コンでモテて…」


先輩が隣でぐっと唇を噛み締める。


「はぁ」


「くそビッチどもに敗北感を味あわせたいんだよ。彼氏とかどうでもいいけど、くそビッチを嫌な気分にさせたいんだ。そのためにモテたい」


謎の先輩は、暗黒面に堕ちていた。がんばるな。あんたには人に愛される資格がない。


「いや……それは…」


「この間、助けてやった恩があるはずだよね」


恩に着せ始めた。この人。悪人じゃないが、ゆがんでいるな。


「はぁ。ありがとうございました」


「今日、お昼。モテ方をレクチャーしてほしい。いいね。恩があるはず。十二時に学食に来てね」


バスが、大学前に到着する。


 バスから降りると、謎の先輩はすたすたと講義棟のほうに歩いていってしまう。


 名前を聞き損ねた。謎の先輩は謎のまま。ミステリアスで暗黒面に堕ちているとか、悪役としてのキャラ立ちがすごい。ジジイがポラロイドカメラをぶん殴って念写できそうだ。




 工学部の理系教科の講義中は、ほぼ男子校状態だ。教室内の男子率が高すぎる。八割くらいは男子だ。女子もあまり華やかな感じはしなくて女子力低めだ。男子とほぼ変わらない服装の女子も多い。こうなってみると、高校時代のなんと輝かしかったことよ。同じ教室内の半分が制服姿の女子高生とかすげぇぞ。幸せの青い鳥は近くにいる。なんでもないことが、なにより幸せだったのだ。過ぎ去りし日々の光だ。


 男子八割の教室で半日を過ごし、昼休みになる。


 学食に……行くのか。他に、昼食を食べるところもないし、たしかに謎の先輩の言うとおり恩があるといえば、恩がある。


 気は向かないが、学食へと足を向ける。


 学食で先輩を探す。見つける。学食のど真ん中の四人がけの席に一人で座って、とんかつ定食をご飯大盛りでモリモリ食べてる。なんという女子力の低さだ。というか、俺と約束していたんじゃなかったのか?


 とりあえず、そのテーブルに向かう。


「遅くなりました」


「ん……」


キャベツを頬張りながら、最短の返事が返ってくる。だれか、この人に人とのコミュニケーションの取りかたを教えてあげてくれないかな。


「俺も、昼飯買ってきます」


「ん……」


カバンを椅子に置いて、昼飯を買いに行く。


 わりと朝食をがっつりと食べるから、昼は軽く。たぬきうどん百二十円を買って、先輩が一メガカロリーを超えるとんかつをモリモリ食べているテーブルに戻る。俺の昼飯はたぶん二百キロカロリー。


「で、どうしたらいいの?」


まず、本題に入る前に雑談などで空気を温めるとかそういうことをしたほうがいいと思うが、それはモテるテクニックじゃない気がする。


「えと…その前に、お名前教えてもらってもいいですか?」


「長崎みちる」


「先日はありがとうございました。長崎先輩。えと、俺は二宮直人って言います」


「それはいいよ。それより、どうしたらいいの?」


ブレないな。


「いや、俺も合コンとか行ったことないし……」


「…いいから、教えてよ。どうすればモテるの?」


「えー」


だから人の話聞けよ。


 でもな。必死だしな。よっぽど、なにかモテる女の子たちに一泡吹かせてみたい事情があるんだろうな……。なにか考えよう……。なにか合コンテクニックって、聞いたことなかったかな。


 ああ。そうだ。


 あいつなら、どこか女子向け雑誌で読んで知っているかも知れない。


 ガラケーをポケットから取り出して、妹にメールしてみる。妹は女子向け雑誌を読んだりすることはあまりないが、どこかで読んでいれば百パーセント覚えている。つまりあいつの場合、髪を切りに行った美容室で読んだ雑誌まで全部スキャンしたも同然なのだ。絶対になにか知ってる。知識だけは。


 向こうも昼休みだったらしく、すぐに返信がある。


《合コンで好感度を上げるには『さしすせそ』っすよ》


 シンプルな返事だ。なんだ「さしすせそ」って?


「なに?答え、返ってきた?」


長崎先輩が食いついてくる。本当にせっかちだな。この人。


「なんだか、『さしすせそ』らしいっすよ」


「酒、塩、酢、醤油、味噌かな?」


「料理じゃないんですから」


「だよねぇ。なんだろ」


「なにか、きっと女子がやると男子がメロメロになる会話術とかの頭文字だと思いますよ」


「むぅ……」


さ…なんだろ。


「催眠術だな」


「はい?」


「『さ』は、催眠術だよ。催眠術で男をオトせってことだ」


「はぁ…」


そんなわけあるか。でも、まぁ、それで納得してくれればこっちは楽だから、あえて反論しない。


「『し』は……なんだろ?なぁ、モテ男。『し』で始まる綺麗な女の子のすることってなんだろうね?」


綺麗な女の子か…。真奈美さんの素顔が、俺の知る限り上限の綺麗さだ。真奈美さんのすることか……。


「失禁ですかね」


「マジか?……でも、なるほど…男は変態だからな…」


長崎先輩が信じ始めている。もう、知らん。


「次は『す』ですね」


「それは、簡単だよ。スク水だよ。スク水の話をしておけば、男は喜ぶもん」


自信満々だ。まぁ、間違いでもないと思う。女の子がスク水の話に乗ってきてくれたら、意外と楽しそうではある。会話が盛り上がるかもしれない。ただ、一緒にいる他の女子のみなさんはドン引きだと思うが、そもそもの目的が他の女子に嫌な思いをさせたいというダークサイドなモチベーションなのだ。長崎先輩の目的には合いそうである。


「じゃあ、『せ』は?」


「それは、スキップできないだろうか?……その、いくらなんでも…そこまで…なぁ」


長崎先輩が顔を真っ赤に染める。『せ』は、なんだと思っているんだ。俺も、長崎先輩が考えている『せ』を使えば合コンで圧倒的にモテると思うが、それを合コンで振るうのは最終兵器すぎる。


「わかりました。じゃあ『せ』は飛ばして…『そ』ですね」


「『そ』で始まる合コンテクだよね……。モテ男。教えてくれよ」


無茶振りだし、俺の名前を覚える気もない。こんなんで、合コンであった男子の名前を覚えられるのか、この人は……。


 『そ』か……。『せ』からの連想だと靴下…すなわちソックス…の話題っぽいが、そうじゃない気もする。


「そ…そ…」


「そ…そ…」


ふたりで、『そ』から始まる言葉を捜す。だんだんシリトリをやっているみたいな気分になってきた。


「ソルジャーだな」


すっとんきょうな単語を長崎先輩がひねり出す。


「はい?」


「男子は、FPSとか好きだろう。ソルジャーだ。ソルジャーの話題を出せば、男子的に盛り上がるんだよ」


「え?」


「ちがうのか?」


「ちがうと思います」


「ソルジャーは嫌いかい?」


「いや。そうじゃないですけど」


「じゃあ、ソルジャーだよ」


とんかつ定食大盛り一メガカロリーを完食した長崎先輩が胸を張る。Cカップくらいだ。


「待ってくださいよ。『そ』がソルジャーってのは唐突すぎますよ」


「む…じゃあ、『さしすせ』が間違っているのかな?」


どうしてもソルジャーを正解にしたいらしい。まぁ、いいけど。


「催眠術も違う気がしませんか」


「…そう言われて見ると…」


そう言って、また先輩が真剣に考え込む。というか、もう妹に正解を聞こう。考えている先輩を放置して携帯からメールを送る。


「……さしすせ……さしすせ……」


先輩は、眉間にしわを寄せてひどく真面目に考えている。


「わかったぞ……」


そして、静かにつぶやく。同時に携帯に返信が返ってくる。正解が届いた。だが、ここは長崎みちる先輩が、どんなおかしなことを言い出すのか聞いてみたい。正解を見る前に先輩がなにを言い出すのか聞いてみようじゃないか。


「なんですか?」


「『殺人術』『銃』『スナイパー』『戦闘力』『ソルジャー』だよ。全部つながったよ。これだ。この話題で合コンで男子を独り占めだよ」


満面のドヤ顔だ。この顔は、本気でその話題で男子が落ちると思っている顔だ。


 ……だめだ。


 どうしても、この人が誤解したままで参加する合コンに俺も行きたい。どういう浮き方をするのか見たくてたまらない。俺の中の悪魔が囁きすぎる。


 その日、俺は長崎みちる先輩に正解を教えるのをやめた。


 ちなみに正解は「さすがですね」「しらなかった~」「すごーい」「センスいいですね」「そうなんですかー」だそうだ。そっちでも別にモテないと思う。


 それにしても、合コンか……少し魅力的だ。長崎先輩がどれだけ浮くのかも見てみたいし、ほろ酔い女子大生と盛り上がるなんて、やはり男子としては憧れてしまう。




 講義が終わって、家に帰ると居間に美沙ちゃんが遊びに来ていて、妹と無謀にもクイズゲームをやっていた。そんな一度出題されたら正解を二度と忘れないやつとクイズゲームやっても勝ち目がないだろうと思った。


 案の定、すぐに投げ出した。


「そういえば、お兄さん」


「うん」


俺の横に座りなおして、美沙ちゃんがキラキラとした瞳を向けてくる。かわいい。


「合コンテクニック聞かれたんですか?」


「ああ。先輩にね。ところで、美沙ちゃんは男性をオトす『さしすせそ』ってなんだか知ってる?」


女子力五十三万の大天使ミサエルちゃんの『さしすせそ』を聞いてみたい。


「『さしすせそ』…ですか?うーん」


美沙ちゃんが、少し丸みを帯びた顎に人差し指を当ててちょっと眉根を寄せる。垂れ眉とあいまって究極の可愛さだ。おそるべき女子力だ。さしすせそ術を使う前の準備段階で、ほとんどの男子がオチる。


「そうですね。『先に行ってるね』『しかたないな』『スイカあったかな?』『セミが鳴いてるよ』『それじゃあね』ですね!」


どうやら美沙ちゃんの場合、女子力が高すぎてなにをやっても男子から告白されるからテクニックとかみみっちぃことが関係なくなっているみたいだ。なんというか、腕力だけでフライパンを曲げる人に硬いペットボトルの蓋を開けるコツを聞いたみたいな状態だ。


「ところでお兄さん」


「うん」


「私とデートはしないのに、合コンは行くんですか?……たちつてとですよ」


大学生だぞ。いいじゃないか合コンくらい、と思うが一応確認しよう。


「『たちつてと』ってなに?」


美沙ちゃんが、すらりと長い五本の指を立てて、指折り数える。


「『叩く』『千切る』『ツメを剥がす』『鉄拳制裁』『トーチャー』です」


「トーチャーってなに?」


受験生だった俺も知らない単語だ。


「拷問です」


「合コンなんて行かないよ!行くわけないじゃん!」


合コンを知らない大学生活が確定した。天使のそばに居るには、失わなければいけないものもあるのだ。




 翌週、大学前のバス停でバスを降りると長崎みちる先輩が仁王立ちで待っていた。長袖のTシャツにジーンズのオーバーオールといういつもの女子力低目の格好だ。先週も同じ服を着ていた気がする。


「モテ男」


「名前、おぼえてください。二宮です。二宮直人です」


「わかった。二宮くん」


「責任取れ」


「はい?」


身に覚えがひとかけらもない。


「先週末、合コンに行ったんだよ」


「その話長くなります?」


「……なる」


「じゃあ、移動しません?迷惑だし」


バス停はすなわち道路わきの歩道だ。仁王立ちでカバンを持っている長崎先輩と俺は通行の邪魔になっている。


 二人でならんで、大学のキャンパス内に入る。購買前の自販機で缶コーヒーを買う。俺はルーツアロマブラック。長崎先輩はマックスコーヒーだ。とりあえず、一階のホールにおいてあるベンチに並んで座る。


「先週末、合コンに行ったんだよ」


長崎先輩がマックスコーヒーをシャカシャカ振りながら話し始める。


「モテ男二宮に教わった必殺の会話術さしすせそをひっさげて、合コンに行ったんだよ。くそビッチどもに敗北と屈辱を味わわせに行ったんだよ」


合コンに行く目的が完全にゆがんでいる。


「自殺寸前までの屈辱を与えに行ったんだよ」


「だめだったんですね」


口調とギリギリと奥歯を噛み締める顎の動きですでに結果が分かる。相手にするのが面倒くさい。


「ダメじゃないっ!」


半泣きの涙目で、ばっと長崎先輩が俺のほうを振り向く。


「途中まではいい感じだったんだ!すげぇよ!二宮!さしすせそすげえよ!男子、食いつきまくりだよ!すっげー男子盛り上がったんだよ!」


そのときの様子が目に浮かぶようだ。


 そうとも。たしかに男子は『殺人術』『銃』『スナイパー』『戦闘力』『ソルジャー』の話題に盛り上がったことだろう。男子の間だけで。


「でも、最後の最後、なぜか私だけ二次会に誘われなかったんだよ!最高に盛り上げたの私なのに!おかしくないか!たしかに女子の方が一人多かったんだけど!なんであぶれるのが私なんだよ!」


おかしくない。合コンの二次会まで、その空気を引きずったら男子だって色っぽい空気にならなくて困る。


「くっそ!ふざけんな、あのクソビッチ!男子はなにを考えてんだ!クソビッチども、ずーっと『さすがだよね』『しらなかった~』『すごいね~』『センスいいよね』『そうなんだぁ』をリピートしてただけだぞ!」


半泣きだった長崎先輩の瞳にうっすらと涙が滲んでいる。まだ気がつかないのか。そっちが正しい『さしすせそ』なんだ。


「こちらとら、さしすせそのためにSAS完全殺人マニュアル、月刊GUN、鳴海章のスナイパーシリーズ、ドラゴンボール全巻、月刊アームズを熟読して重要な箇所に蛍光ペンでマークまでして合コンに臨んでだな!銃の撃ち方も知らない両生生物のクソをかき集めた値打ちしかない男子に、正しいキャッスリングの方法まで教えてやったんだぞ!ところで、二宮はキャッスリングは知ってるか?拳銃のターゲティングは手前の二つのマーカーの間に先端のマーカーをきっちり入れるんだ!それをキャッスリングって言うんだ。正確にできるだけゆっくり短い時間でキャッスリングするんだ。ゆっくりは正確、正確は早いだ!」


 いつの間にやらカバンの中からグロック17のモデルガンを出して、実演までしてみせる長崎先輩。だめだ……。こんなのが来たら、合コンにならない。きっとトイレに立った女子と男子の間で長崎先輩以外で早く二次会に行こうという話になっていたことだろう。


「ま、まぁ、もうすぎたことですし、早く次のチャンスを待ったほうが……」


悔しさでエキサイトしている長崎先輩をクールダウンさせようと、なだめることにする。これだけしゃべらせれば、多少気持ちも落ち着いただろう。


「……ってない…」


慰め始めたとたんに、長崎先輩のテンションが落ちる。がっくりと肩と視線を下に落とす。さっきまでのハイテンションとの落差がすごい。これが躁鬱というやつだろうか。さっきまでは、ホールに響くレベルの声に周りの視線が心配だったのに、今はまともに聞き取れない。


「なんですか?」


「終わってない……あの、くそビッチども……今度、みんなで遊びに行くけどみちるも来るぅ~などと誘いやがった……。くされチンポどもとハメ狂って、私の男なのぉ~とか見せつけるつもりなんだ。クソビッチ。死ねよ。クソビッチ……」


もうこの先輩やだ。なんで、こんな先輩とばかり知り合いになっちゃったんだろう。


「いや。行かなきゃいいじゃん」


「それじゃあ負け犬だろーが!」


くわっ!


 涙目に変な眼力をこめて長崎みちる先輩が俺のシャツの襟を鷲掴みにする。史上ここまで面倒くさい先輩がいただろうか……。


「じゃあどうすんだよ!」


もう先輩だってことも忘れてタメ口である。俺の中で面倒くささが史上最高値をがんがん更新している。俺が面倒くさいと思うとか、そうとうなもんだぞ。


「だから責任取れよ!」


グロック17のモデルガンを俺の額にぐりぐり押し付けながら長崎先輩が迫る。意味がわかんない。これがアメリカなら確実に警察が飛んでくる状況だ。


「責任って……」


まず、それは俺の責任じゃないし、だいたいどうやって責任を取ればいいのだ。


「……責任とって、私の彼氏になるんだよ!」


「いやだ!」


絶対に嫌だ。こんな先輩の彼氏になるくらいなら、三島の姉ちゃんとだって付き合ってやる。


「こっちだって嫌なんだよ!」


「じゃあ、意見の対立はないじゃん!」


「そうは行くか!ずっととは言わないよ!あのクソビッチどもがジョイントデートするとき、二宮も来い!私の男になって!」


「いやだよ!」


「うっさい!助けてやったろ!」


助けてもらったのは事実だが、少しばかり支払いがデカすぎだ。


「絶対嫌だ!」


「いいじゃん!たのむよ!二宮なら、ぜったいあのクソビッチどもに勝ち誇れるから、来てくれよ!なっ!なっ!」


いつの間にやら半泣きの長崎先輩がマジ泣きにクラスチェンジしていて、ぽとぽとと涙が俺の顔に降りかかってくる。泣きながら銃を突きつけているとか、状況がクレイジーすぎる。


「わかりましたよ……一回だけですよ」


「ホントか!よっしゃあっ!」


オッケーしたよ。俺、正気か?


 両手を真上に振り上げて、ホール内をぴょんぴょん飛び回る長崎先輩の後姿を見ながら、俺は俺の正気を疑った。長崎先輩の正気は疑ってない。あれは確実におかしい。疑いの余地がない。




(つづく)

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