第85話 面接

 みちる先輩と別れた後、自宅に帰る駅で降りず一駅先まで乗る。


 絶滅危惧種のガラケーのメールを見る。妹からの返信はそっけなく『美沙っち、帰ったっすよ』と書いてある。何度も読むが、それ以上の情報は入っていない。


 美沙ちゃんが泣いて帰ったのか、妹がなだめてくれたのかも書いていない。


 ただ、俺がまた美沙ちゃんを傷つけてしまったことだけは確かだ。


 気が重くても、美沙ちゃんになるべく早く謝っておかなくてはいけない。


 だから通いなれた駅で降りて、通いなれた市瀬家への道を歩く。近くの公園で、ガラケーを取り出す。


 美沙ちゃんの番号を電話帳から呼び出し、電話する。そういえば、うちの両親はお互いの家の電話番号を丸暗記していたと話していたが、俺は美沙ちゃんの番号を覚えていない。電話帳データがすっとんだら終わりだ。


 呼び出し音だけが電話機の向こうでくりかえして、諦めかけたころに美沙ちゃんの声が聞こえる。


『はい。なんですか?』


「んと……いいわけしたくてさ」


『……』


電話から無言が返ってくる。


「わりと近くまで来てみたんだ。角を曲がったところの公園」


『……じゃあ、わたしも行きますね』


「うん」


そう言って、電話を切る。


 ほどなくして、美沙ちゃんが公園にやってくる。テーマパークで会ったときと同じ服を着て、帽子だけ脱いでいる。淡いパステルカラーの明るい服装だ。だけど、表情は錆び色をしている。


 俺の胃をさいなむ表情に、なんて話し始めようかと少し困る。


「言い訳してもいいかな」


「言い訳したいんですか?」


ほぼオウム返しに感情を押し殺した声が返ってくる。


「したい」


「なんでです?私、お兄さんに振られたんですよ。別に、お兄さんが誰とデートしてもお兄さんの自由じゃないですか」


「でも、美沙ちゃん。辛そうな顔してたから」


「じゃあ……お姉ちゃんにも謝りますか?真菜にも?三島先輩にも?」


「いや、そこまでは……」


「なんでですか?きっとお姉ちゃんだって、真菜だって、三島先輩だって、お兄さんが女の人とデートしたら辛いですよ」


三島と真奈美さんは、ひょっとしたらと思う。妹が入るのはよくわからん。


「私だけ、特別なんですか?」


思案してだまっていると、美沙ちゃんがたたみかける。


「私だけに言い訳するんですか?なんでですか?私に言い訳して、お兄さんにいいことがあるんですか?私が、お兄さんに幻滅しなかったらいいことがあるとでも思っているんですか?私のこともキープしておきたいんですか?」


だんだんと饒舌になる美沙ちゃんの言葉が、俺を切り刻む。


「キープってわけじゃない。そ、それこそ美沙ちゃんの自由だよ。俺のことなんて……」


息が詰まる。そして、自覚する。やっぱり俺は美沙ちゃんが好きだ。美沙ちゃんを抱きしめてしまいたい。美沙ちゃんに、ここで土下座して、やっぱり俺と付き合ってください、一生大切にさせてくださいと懇願してしまいたい。だけどここで言わなくちゃいけないことは反対のことだと思う。


「……気にしないで、もっと…」


そこまで言ったところで息が詰まる。今度は物理だ。美沙ちゃんの小さな拳が俺のみぞおちに叩き込まれて、息が詰まる。


 ぐえっ。


 続けて鋭いフックが俺の顔面を捉える。


 クリーンヒットを喰らって、公園の地べたを舐める。


 起き上がる前に、上半身に重さを感じて動きを封じられる。美沙ちゃんにマウントポジションを取られた。ミニスカート美沙ちゃんのマウントポジション。俺の業界ではご褒美だが、そういう空気ではない。


 続いて降ってきたのは、正拳のラッシュではなかった。ふんわりとした柔らかな感触と、ほっそりとした華奢な腕が俺の頭を抱える。


 美沙ちゃんに覆いかぶさられるようになって、一瞬、ここ公園なんだけどなと思う。


 耳元で、美沙ちゃんの涙声が言う。


「お兄さん」


「お兄さん。私、お兄さんのこと、あと一歩でレイプするところでしたよね」


そんなこともあったなー。あれで、一生おかずには困らないレベルの思い出。危ないところだったのも確かだが。あのときの妹のスーパーセーブは、年間MVPをあげてもいい。


「なのに……なんで、お兄さんは……」


俺の頭を抱える美沙ちゃんの腕に力がこもる。押し当てられる先は、美沙ちゃんの鎖骨付近。真奈美さんとは、また違う少し柑橘系の甘い香りが頭をぼんやりと蕩かしていく。


「……お兄さんは、なんで我慢できちゃうんですか……どう見ても、お兄さん。私のこと好きじゃないですか……なのに、なんで?なんで?好きって言ってくださいよ。浮気されるほうがまだいいですよ。浮気にもならないより、ぜんぜんいいです。なんで、なんで、我慢できちゃうんですか。そんなの……そんなのやだよぉ」


ああ……。俺。手遅れだなぁ。美沙ちゃんの涙声と、ひっくひっくと伝わってくる弱々しい美沙ちゃんの身体を感じながら、のんきに思う。


 手遅れだなぁと思う。


 美沙ちゃんを泣かせて、こんなに傷つけて、救いようのない悪人だ。


 しかも天罰が下って、明日雷に打たれて死んだとしても、傷つけてしまった美沙ちゃんを慰めることにもならない。これなら、まだ美沙ちゃんに憎まれる方がまだ罪が軽い。憎まれているなら、苦しめば美沙ちゃんが溜飲を下げてくれる可能性がある。


 だけど、こうなってしまったら手遅れだ。


 幸せにしてあげるつもりもないのに好かれるのは、一生うらまれるよりも手遅れだ。


「美沙ちゃん……」


手遅れだなぁと思いながら、そっと美沙ちゃんの背中を撫でる。


 背中を撫でながら、背中のさわり心地は姉妹で似ているなと思う。


 いつか、汚部屋で毛布をかぶって丸まった真奈美さんの背中を撫でたことを思い出す。


 あの時は、真奈美さんの汚部屋を掃除して。引き出しの裏から、よれよれに破かれた教科書を見つけて。真奈美さんの立ち向かわなければいけない世界に、俺の言葉なんて空虚な絵空事だと知った時の事だった。


 美沙ちゃんの苦しさにも、俺は言葉なんて見つけられない。


 今日も、同じように背中を撫でる。


「好きって、言ってくれたら……ゆるしてあげますよ」


美沙ちゃんの声が耳元でささやく。


「許して欲しくない」


「……」


こんな俺が、どの面さげて美沙ちゃんに許してもらえるのか。


「美沙ちゃん」


「うん」


「俺、どうしたら美沙ちゃんと同じくらい、苦しめるんだろうね」


「お兄さん?」


「真奈美さんのときも思ったんだ」


「お姉ちゃんのとき?」


美沙ちゃんが、少し身体を離す。普通にマウントポジションに戻る。


「なんで、真奈美さんだけが……美沙ちゃんだけが、苦しむことになるんだろうって。俺は、なにもできないだけじゃなくて、平穏と幸運に守られているんだろうって」


「お兄さん」


「美沙ちゃんは、天使なのに。神様に愛されている天使なのにな」


「お兄さん……泣いてますよ」


そう言って、美沙ちゃんが指で俺の目じりをぬぐってくれる。そして、少し眉根を寄せて目を細める。微かに微笑んで。


「今夜、ちゃんと泣いてください。私をいじめた罰です。泣いてくださいね」


美沙ちゃんが、俺の上からどいて立ち上がる。


 あ。


 パンツ見えた。


 俺も、立ち上がる。美沙ちゃんが手を引いてくれる。


 胸に、美沙ちゃんの頭がこつんと当たる。


「いいです……。泣いてくれるから。大切にしてくれるから、いいです」


美沙ちゃんの腕が俺の背中に回って、軽く抱きしめられる。


 俺の胸に耳を押し当ててくる。


 そのまま、俺の心音を聴くように二人じっとしていた。夕日の最後の光が住宅街の向こうに消えていくまで。


◆◆◆◆


 翌日。


 朝起きると、美沙ちゃんと真奈美さんが来ていた。よく考えると、へんな習慣である。他人の家のお嬢さん二人が、週に二度も三度もうちの台所で朝食を作っている。


 一度、二人のお母さんである由利子さんに聞いてみたら「高校のときは、直人くん、毎朝うちに来てたじゃない」と返された。なるほど。変なのはお互い様か。真奈美さんの付き添いで高校二年間、ほぼ毎朝、一駅戻って、市瀬家に行って、また学校に行くと言う変なルートで通っていたといえば、通っていたな。それでも、高校までは四十分くらいだったのだから辛くもなかったが……。


「お兄さん。おはようございます」


美沙ちゃんがにっこりと笑う。天使の微笑み。


「お、おはよ」


真奈美さんが前髪の隙間から、魔眼ジーの状態で微笑む。真奈美さん読み取りスキルの高い俺だからこそ分かる微笑だ。


 目玉部分のつぶれた美沙ちゃん作の目玉焼きをいただく。


 妹と母には、真奈美さん作の焦げ目一つついていない、白身はしっかりと火が通り、黄身の部分を崩すとふんわりと湯気の上がる絶妙の火加減の目玉焼きが、かりっと焼かれたベーコンと一緒に提供される。


 どっちも絶品である。


「なおと…くん」


真奈美さんが、おずおずと切り出す。真奈美さんの方から話題を振ってくると言うのは、非常にレアだ。


「なに?」


食事の手を止めて、ちゃんと聞かねばと居住まいを正す。


「わ、わたし……」


声が震えている。


「無理しなくていいんじゃない?」


意外かもしれないが、真奈美さんは基本的にがんばり屋さんだ。


 ただ、一周遅れくらいのハンディを背負ったところからスタートしているので、すごくがんばって部屋から出て、超がんばって高校に行き、ウルトラがんばって教室に入り、激烈にがんばって修学旅行に行き、超絶がんばって卒業したのだ。結果は並みだが、がんばり度は世界トップクラスだ。


 真奈美さん基準でがんばらせておくと、がんばりすぎる。人間、がんばりすぎと言うのは実に危険で、死ぬ人も多いと聞く。なので、とりあえずがんばらせない方向の言葉を返す。真奈美さんががんばり世界レベルだとしたら、俺はがんばらない世界レベルだ。がんばらなさのトップランナーと言っていい。一番苦手なことは「がんばる」で、二番目が「努力」だ。


「……そ、そっかな……でも」


まだがんばるか。


「がんばらないくらいで、まぁ、適当にがいいよ」


がんばらない代表とがんばる代表の高レベル対決だ。素人にはわからないかもしれないが。


「にーくん。話くらい聞いてやるっす」


妹がわかっていない。この対決はがんばるvsがんばらないの戦いであり、なにをがんばるかは本質じゃない。


 真奈美さんは、超絶がんばって高校を卒業した。ちょっとがんばりを休んでいいのだ。


「そうよ。直人、真奈美ちゃん、こんなにがんばって話してくれてるんじゃない」


母さん。違うんだ。真奈美さんのそのガンバリがガンバリすぎであり、俺は反ガンバリの見地からガンバリ削減のために説得をしているのだ。


「お兄さん。そんなめんどくさそうにしなくてもいいじゃないですか」


美沙ちゃんにまで、がんばらないを否定されてしまった。


 そんなに、がんばらないのはダメだろうか。


「うーん。じゃあ、がんばらない程度に……なぁに?」


「なおとくん……わ、わたし……は、はたら…きに…出たくて……」


真奈美さんが仕事か……。


 俺もまだ大学生の学生だ。バイトくらいはしたことがあるけど、社会に出て就職はしたことがない。


「うん。そうなんだ。でも、俺も働いたことないよ」


「……うん…その……。め、面接とか……」


「うん」


面接か。真奈美さんが……。


 …………。


 少し想像してみたが、がんばりすぎだ。がんばり震度六強だと思う。


「……そ、その…面接とか、こわいから。れ、れんしゅう」


「練習?」


「あー。そういうことっすね」


妹が分かったような声をあげる。


「真奈美っち、いきなり本番の面接は怖いっすから、にーくんに練習したいっすね」


妹の言葉に真奈美さんが、こくこくとうなずく。


 真奈美さんが、またがんばってしまう。


「うん……まぁ、練習くらいならつきあうけど。俺も短期のバイトやったくらいだから、面接とかよくわかんないよ」


真奈美さんのお父さんとかに頼んだほうがリアルじゃないだろうか。


「そ、それでも……な、なおとくんから……」


なるほど。


 真奈美さんにとって、一番怖くないあたりからじわじわ慣らしていく作戦だ。


 熱帯魚なんかを飼うとき、いきなり水槽の水を全部替えると死んでしまうらしい。水槽の水は少しずつ水に慣らしながら交換しなくてはいけないのだ。それと同じだな。


 うむうむ。


 よく分かった。


 朝食を再開して、明日から真奈美さんと面接の練習をすることを約束する。


◆◆◆◆


 朝食の後片付けをする真奈美さんを残して、美沙ちゃん、妹と三人で家を出る。一時間目から講義がある日は、時間が合う。今日は、真奈美さん作のお弁当も受け取った。面接演習相手の前払いである。楽しみである。


 大学前でバスを降りて、講義棟に向かう。最初は変な校舎の配置に戸惑ったが、そろそろ慣れた。一時間目に遅刻しない時間に到着したのに眠そうな顔でサークル棟から家路に着く学生とすれ違うのにも慣れた。


 おまえら、勉強しろよ。がんばらない程度に。


 午前中の講義を、がんばらない程度に受ける。大学の講義はぼんやりと受けていると受験勉強のころの復習みたいで不安になる。これ、本当に頭に入っているのだろうか。試験のときになって、実は分かっていないことが露見するんじゃないだろうか。


 昼休み。


 今日は、真奈美さんの持たせてくれた弁当がある。ぜったいに美味いはずだ。食べ物が美味いのは原始的な幸せだ。三つに分かれたタッパーの一つ目には、お稲荷さん。二つ目には筑前煮とレンコンの穴につみれを詰めて、周囲を昆布で巻いたおかず。メインのおかずにハンバーグが入っている。三つ目には、白い餡子の上に四角くカットされた透明な寒天の中に、緑色と赤色の餡子で作った水草と金魚が泳いでいる。


 なにこれ?女将を呼べ。この弁当を作ったのは、だれだぁ!


 真奈美さん。すごすぎ。


 面接とか要らないと思う。高級料亭に殴りこみに行って「三日後にここに来て下さい。本物の和菓子ってやつを見せてやりますよ」ってやってやればいいと思う。大原社主も大満足なはずだ。


 そして味も絶品。真奈美さんの料理の腕ってなんなの?神?神なのか。料理神マナミンサクスなのか。


 たいへん御馳走様でした。


 両手を合わせて、深々とお辞儀して昼食を終える。


 まだ、午後の講義が始まるまで三十分以上ある。空になった弁当箱をしまって、講義棟を出る。そして、事務のあるフロアに移動し、就職資料室に向かう。ここでは、大学OBの人たちが教えてくれた、就職時に面接で聞かれた質問の情報がある。真奈美さんが、どんな仕事に就こうとしているのかも知らないし、この大学のOBが就職したところの情報がどのくらい役にたつかわからないけれど、今の俺にはここくらいしか面接に関する情報が手に入るところがない。


 ネットの検索とか、就職しようとしている人にはトラップだからな。


 あの検索結果から出てくる内容を読んで、まだ働く気力を保てる人は本当にすごい。鈍感力というやつだろうか。以前、一度だけ検索して、学生じゃなくなったら死ぬしかないんじゃないかと思って、非常に危険だった。


 働くことに関して、ネットで検索するのは危険。命の危機と言う意味で。


 ぼんやりと、聞かれた質問と、就職支援のアドバイザーがつけた解説を読む。


 なるほど。


 こんなことを聞かれるのか……。まぁ、なっとく出来る部分もあるが、単純に意地悪な気もする。大人って心が汚れているよな。


 いくつかの質問のコピーを取る。


◆◆◆◆


 その日の夜。


 場所は、市瀬家の居間。


 真奈美さんの面接の練習だ。俺は、面接官役ということで、美沙ちゃんに七五三みたいだと言われたスーツを持ち出して、ワイシャツにネクタイくらいまでは締めている。


 面接は一対一とは限らないという妹の意見に押されて、俺の前には美沙ちゃん、真奈美さん、妹の三人が並んでいる。妹の意見はもっともだが、きっとこいつは単純に面白そうだから言い出したのだ。


 いやな予感しかしない。


「じゃあ、最初の質問です」


そう言って、俺は、ソファの後ろから箱を取り出す。


「今から、三つだけ質問を許します。それで、この箱の中身を当ててください」


この質問は、意地悪だ。


 三つの質問だけで、箱の中身が当てられるわけがない。面接アドバイザーの解説によるとこれは応募者がする質問で、思考の道筋を判別するためのクイズだそうだ。


 まず、質問しなくても分かるようなことを聞くのはNGだ。たとえば、箱の大きさから、最大サイズは見るだけで分かる。次に、箱が紙で出来ているのだから、気体だったり液体だったりはしない。べらぼうに高価なものや危険なものでもない。そういうことが質問しなくても分かることだ。


 ベストな一つ目の質問は、中身の情報が何のために欲しいのかを一つ目の質問に持ってくることらしい。なにかの判断をするためなら、その判断に必要なレベルで中身を絞り込めれば良い。中身を完全に当てる必要はない。


 また経理系の仕事に応募しているなら、箱の中身の価値が今後増えていくのか、減っていくのかを聞くというのもいい質問らしい。たとえば、パソコンみたいなすぐに価値が減っていくようなものは企業においては、購入して資産にするよりもリースすべきもので、成長の見込める株などの価値が上がるものは今すぐ購入するべきものだ。


 モノの分類を絞り込むタイプの質問は純粋な技術系に応募しているならOK。たとえば、比重を聞くとか、材質を聞くとかだ。


 また、物流部門に応募しているなら、輸出入制限がかかるものか否かを聞くなんてのもいい質問だそうだ。


 どれも、俺の予想を超えた感じの意地悪さだ。そもそも箱の中身という質問と面接官の欲しがっている情報が乖離している。


 社会っていやーね。


 さて。就活生役の三人は、どう答えるだろうか。


 まずは、美沙ちゃん。


「んー。その箱の中身なんですか?」


「反則だよ!じゃあ、真奈美さん」


三つの望みを叶えてやるというランプの魔人に、望みの数を一万にしてくれというタイプの美沙ちゃんが一番にリタイアする。


 次は真奈美さんだ。


「……えと……そ、その中身、こ……こわいもの?」


「こ、こわくはないかな」


中身は、美沙ちゃんが俺から取り上げたエロゲーだ。俺にとっては怖いものだが、真奈美さんにとっては怖くないと思う。


「……じゃあ、やわらかい?」


「やわらかくないけど、鉄みたいに堅くもないよ」


硬さを聞くのは、技術職的に加点の質問かもしれないなと思う。


「……電子レンジであっためていい?」


「だめ」


DVDなのでぶっ壊れる。ぜったいやめて。




「じゃあ、真奈美さんの質問三つ終わったから、次、真菜」


「質問一。たしかにーくん。この間、マンガ買ってたっすよね」


え?なにを言い出すんだこいつは?


 冷や汗が背中を伝う。たしかにおとといマンガを買った。タイトルは『悦楽の教室~触手に堕ちた美少女たち。恐怖の触手レイプ~』だ。すばらしい表現力のエロマンガだ。


「か……買ったぞ」


妹が穏やかな笑みを浮かべる。


「お、顔色が変わったっすね。質問二。美沙っちと真奈美っちに加えて、台所に美沙っちと真奈美っちのお母さんもいるっすよねぇ……」


「ちょっと待て!真菜!箱の中身を当てるんだぞ!」


「違うっす」


「違わないだろ!」


「落ち着くっす。ひとつ、私と友達になろうじゃあないっすか。さ、質問に答えるっす」


それは、質問の形を取っているけど質問じゃないだろ。


「い、イエス。居るなたしかに」


「グッド……。じゃあ、三つ目の質問っす」


ごくり。


 恐怖に息を呑む。このバカ、なにをするつもりだ。


「くっくっく。ここで、私のカバンに密かに忍ばせてきた、興味深いタイトルの本をカバンの中から出したらどうなるっすかねぇ?」


ドッ!


 ジョジョの書き文字付きで、冷や汗が吹き出る。やめろ。ばか。やめて、やめてくれ!


「くっくっく。にーくんは目的を見誤っているっすよ。目的は箱の中身を当てることじゃあないっす。採用が目的っす。ビジネスの交渉で相手の土俵に乗ってどうするっすか?勝負は戦う前にすでについているっす。相手の下調べもせずに交渉に望むバカがどこにいるっすか。くくくくく」


「ま、真菜?」


「…………」


なんという邪悪!なんという勝てばよかろうなのだ度!


「さぁ、三つ目の質問に答えるっす。まぁ、もう面接は終わったと思うっすけどねぇ。次ににーくんは『真菜さま。ごめんなさい。あなた様の望みどおりになんでもいたします!』と言うっす」


俺は土下座した。


「真菜さま。ごめんなさい。あなた様の望みどおりになんでもいたします!」


土下座した俺の頭を妹の足が押さえつける。


「真奈美っち。これっす。これが面接での主導権の握り方っす。こうなればもう怖くないっすよ」


妹の形をした悪魔が、俺の頭を踏みつけながらビジネスの真髄を真奈美さんに伝授する。


 もちろん、美沙ちゃんも真奈美さんもドン引きである。




 就職面接で、面接官を脅迫しちゃだめだぞ。真奈美さん。






(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る