第6話 思い出話

「やぁ、改めて久しぶり。元気なのは――まぁ色々聞いてるよ」


 ラウハを小屋へと迎え入れながら、スーリは明るく声を掛けた。小屋といっても相当な大きさで、ちょっとしたホールぐらいはある。天井も高く、ハシゴで登る中二階には、ベッドが幾つも並んでいた。


 そして小屋の隅は、台所になっているようだ。スーリはその台所へと向かっている。


「う、うん」


 そのスーリの背中に向けて、歯切れ悪く答えるラウハ。スーリはそんなラウハに振り向くことなく、続けて声を掛ける。


「ま、とりあえず脱いで脱いで。このローブも洗濯しないとね」

「あ、それはいいの。汚れることはないローブだから」

「そうなの? 便利なもの持ってるのね」


 言いながら、スーリはガタガタと大きな木桶を引っ張り出して、ホールの中央に転がしてくる。慌ててそれをよけるラウハ。スーリはさらに忙しく動き回り、その桶に竈の上に掛けられた鍋からお湯を注いでゆく。しかし、その量はまだまだ足りない。


「いやぁ、さっきも言ったけど冷めちゃってね。ちょっと待っててくれる」

「その鍋の水を沸かせばいいのね」


 竈に掛けられたもう一つの鍋を指さしながら、ラウハは短く呪文を唱える。すると、生み出された小さな火の玉が鍋の中に飛び込み、ジュワっと音を立てた。スーリが恐る恐る鍋の中を覗き込むと、水はお湯に変わりグラグラと沸き立っていた。


「ラウハ~。沸かしすぎだよ。あんた昔っから加減を知らなかったからねぇ。まぁ、水で埋めればいいけど」

「ご、ごめんなさい」

「いいのよいいのよ。変わってなくて安心したわ」


 スーリがそう言うと、ラウハどこかホッとしたような表情を浮かべ、続いて“虹の大聖衣”を脱ぎ捨てた。


「はいはい、じゃあそこに座って。頭からお湯かけるわよ。ちゃんとぬるくしておくから」


 スーリに言われるままに従うラウハ。そのラウハに頭から、お湯を掛けるスーリ。


「キャ!」


 湯気がもうもうと立ち上る。その湯煙の中ラウハは勢いよく立ち上がった。

 白い肌が朱に染まっている。そして叫ぶ。


「熱い! 熱いってばスーリ姐さん!!」

「ありゃ、ごめん」

「もう! 大雑把なところ変わってないわね、スーリ姐さん! 前も盗んできたハム無茶苦茶な厚さに切って喧嘩になりかけたの覚えてないの?」

「古い話を……」


 スーリは苦笑を浮かべる、その表情を見てラウハも自然な笑みを浮かべた。


 そして二人は声を立てて笑い合う。


 あのクックハンのスラム街、明日のこともわからず、それでも二人で顔を見合わせて笑い合っていたあの日のように。








 ラウハとスーリはいつも一緒だった。二人共両親の顔は知らない。多分、父親は酔って店に来た客で、母親は娼婦なのだろう。


 そういうことについては二人ともあまり考えなかった。生きていく上で、そんなことはまったく優先度の低い事柄だった。


 問題は今、鳴り続けるお腹をどうするか。

 雨が降りそうな今夜は、屋根のあるところで眠れるかどうか。


 クックハンの王都の路地裏で、それでも空を見て生きていた。

 スーリはすばっしこいので、食べ物を調達してきた。ラウハは、見よう見まねで覚えた、馬鹿の一つ覚えの火の玉の呪文をぶっ放した。


 スーリは後先考えずに物を盗んでくるので、五回に一回は大騒ぎになった。

 ラウハは手加減を知らなかったので、スーリが起こした大騒ぎを大惨事に発展させた。


 けれど二人は、そうやって生きていくしかなかった。

 他に方法は知らなかった。


 そんな生活が終わりを告げたのは突然。いや、必然だったかも知れない。ラウハの火の玉があまりにも街を破壊しすぎたのだ。

 二人はちりぢりになって逃げるしかなかった。


 そして二人の生活は終わりを告げる――











「んで、あんたは勇者様一行か」


 そう言うスーリの声は実に嬉しそうだ。


 今は湯浴みも終わり、今度はテーブルを引っ張り出してきて、二人差し向かいで茶を飲んでいた。ブリキのマグカップからは暖かそうな香りが立ち上る。

 ラウハもまた幸せそうに目を細めながら、無邪気に聞き返した。


「スーリ姐さんは、どうしてたの?」


「ああ、あの後リコウトさんに会ってね。色々仕事回してもらって、今はここの鉱山。鉱夫達の世話やってる。まぁほとんどの人は仕事が終わると家に帰っちゃうから、それほど仕事があるわけじゃないんだけどね。若い人とか――ってあたしもまだまだ若いか」


「家に帰る? ずっと掘ってるんじゃないの?」

「あたしもここに来るまではそういうイメージだったんだけどね。最近は違うみたいよ。リコウトさんだけのやり方かもしれないけど」

「ふーん」


「そうだ、ラウハ知ってる?」

「何を?」

「金がどうやって採れるかよ。あんなに苦労するとは、あたし知らなかったわ」

「苦労……?」


 ラウハは首を傾げる。そういった説明はリコウトは全くしなかった。


「青いのが混ざった岩をね、粉々に砕くの。ああ、そういった施設はこの小屋から少し離れたところにあるんだけど。鉱山の出口に作りゃあ便利なのにね」


 ラウハに構わず、スーリは話し続ける。しかも一向に要領を得ない。昔のままだ。

 思わず顔がほころんでしまう。


「で、それを溶かしてその中に溶けた鉛を流し込む」

「鉛?」

「金とくっつきやすいんだって。で、それからそれから……」


 スーリの口が止まる。どうやらその先の方法を忘れてしまったようだ。けれどラウハにとって、そんなことはどうでもよかった。


「もういいのよ、スーリ姐さん。ここの鉱山私が貰うんだから、これからはもっと楽させてあげるわ」

「楽?」


 不思議そうな表情を浮かべるスーリ。


「そうよ。これからはイヤリングも腕輪も色々作れるわ。あのね、今は付けてないけどローシャッハっていう有名らしい首飾りも手に入れたのよ。今度見せてあげる」

「あ、あ、そうなの」

「他にもいっぱいあるの。姐さんにもあげるね。二人の持ち物にしよう」


 無邪気に言ってくるラウハに、スーリは複雑な表情を浮かべた。


「……スーリ姐さん?」

「あー、ラウハ。あたしそれいらないや」

「え?」


 そのスーリの申し出は、ラウハにとって完全に予想外のことだった。

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