第4話 接触開始
それから数日後のクレモア――
エーハンスとは違い、とりあえず人が生活できる部分は残されたその街に、勇者達一行は逗留していた。
以前からよく使っていた宿屋「剣と灯火」亭にきっちりと正規の料金を払って――あるいはそれ以上のチップをばらまきながら四人はずっとそこにいた。
暴れることも、無理な要求をすることもなかった。
その表面だけを捉えれば、これ以上は望めそうもない上客なのであるが、すでに街の人々は知っている。
今は大人しくとも、彼ら四人が一瞬にして自分たちを殺し尽くせる、爆薬にも似た存在だということを。しかも何がきっかけで爆発するのか、それすらもわからないのだ。
おびえながら距離を取り、四人が街から出て行くのを待つしかない。
そんな風に緊迫しながらも、一種の安定状態だったクレモアに、来訪者が現れた。
性別でいえば男性。薄い青色の軍服姿。ただ華美な装飾はないので、下級将校もっと言ってしまえば、一見小姓に見える。腕に抱えた大きめの革鞄がさらにそんな印象を深めていた。
切りそろえられた、ごく平均的な茶色の髪。黒い瞳。人の印象に残らない、それが特徴であるというように、表情からは何の感情も窺えない。
ただベルトに無造作に差し込まれた短剣だけが、男の雰囲気には合わず目に止まる。
男は道行く人に「剣と灯火」亭の場所を聞くと、妙に直線的な動きでその目的地を目指していた。
時刻はちょうど正午。空は青く澄み渡っている。
男は、スウィングドアを開いて「剣と灯火」亭に上半身だけを乗り入れる形で、店内の様子を確認する。
店の中には一組しか客がいなかった。男性三人に女性が一人。
考えるまでもなく勇者達一行だ。大きなテーブルの上に、限界に挑戦するかのように料理を並べ、それぞれの流儀で胃の中に流し込んでいる。
「ラウハ殿?」
男のその声に反応して、パスタを吸い込んでいる途中のラウハが入り口へと目を向ける。
「はに?」
「もう少し後の方がよろしいですか?」
気を遣った男の言葉に、ラウハは口にくわえたままのパスタをずるずると飲み込んで、こう聞き返した。
「あなた何? どこの誰?」
「私は主からの使いでここに参りました。トルハランのエリアンと申します」
「主?」
「私の主はトルハランのリコウト」
「誰?」
と、今度はフーリッツに尋ねるラウハ。
「最近現れた、トルハラン王の弟ということになっているね。クレモアの資料に間違いがなければ」
四人がここに留まっていたのにはそういうわけがある。現在、この大陸はどういった状況なのか。そういったことを調べるために逗留している。すべてが瓦解したエーハンスに比べれば、このクレモアの方がずっとやりやすいことに間違いはない。
「で、何の用なんだよ?」
「とりあえず、ラウハ殿へのお礼の準備が出来たので、ご足労ながらお越し願えないかと」
ドッペの問いかけに、エリアンは平静に答えた。
「お礼? この国の王様みたいな事を言い出すの?」
実際に破壊された王宮を前にすれば、そんな何気ない言葉も立派な恫喝だ。
しかし、エリアンは無表情のままこう答えた。
「実は、あなた方のご活躍にはキチンと報いる事が人としての筋道だろうというのが、我が主の主張でして」
エリアンは、そこで一度言葉を切った。
「クレモア王にはいまいち理解できなかったようですが」
その言葉に四人は顔を見合わせる。どうも、今まで現れた使者達とは雰囲気が違う。
クレモア王の使者ように高圧的なのは論外だとしても、それ以外の使者は媚びへつらい、時には自分たちの主までこき下ろして身の安全を図ろうとする。
それに比べると、この特徴のない男の言葉は実に自然なものだった。
「私へのお礼って言ったわね。何なの?」
好奇心を抑えきれない表情のままでラウハがそう尋ねると、エリアンはこう答えた。
「金鉱です」
「金鉱?」
思わずオウム返しに尋ねるラウハ。
「はい。今さら既製品の装飾品をお礼としてお贈りしても芸がありません。それならばいっそ大元からお譲りして、自由にお作りいただいた方がいいのではないかと、我が主が申しますもので」
「はぁ」
間の抜けた声を出すラウハ。それは確かに彼女の想像の枠を超えた申し出だった。ドッペなどは笑い声を漏らし始めている。
「それは具体的には、どこの鉱山なのかね」
フーリッツがエリアンに尋ねる。すると、エリアンは心得ているとでも言いたげな態度で、鞄の中から地図を取りだした。
「ここです」
そして、一点を指で示す。
フーリッツの薄い片眉が上がる。
「そこはクックハン領内ではないかね」
「そうです」
「では、君の主の申し出は空手形かね?」
「あなた方が魔族を駆逐するのに国の区別を考えましたか?」
逆に聞き返すエリアン。もちろん四人にはそんなことを考えて戦っていた記憶はない。
「この鉱山があるのはクックハン領内でもジレル伯爵領です。その伯爵家の令嬢と、我が主の婚礼が内々に決定しております」
続けて説明するエリアン。明らかに説明の順序が逆になっているが、その逆になっている部分が逆に四人には新鮮に感じられた。
「私行ってもいいと思うんだけど……どう?」
シャングへと尋ねるラウハ。シャングは重々しくうなずいた。しかし、そこにエリアンから声がかかる。
「ああ、言い忘れておりました。出来ればラウハ様お一人で起こし願えないかとの我が主からのお言葉です」
瞬間、色めき立つ四人。一人一人を誘い出しての何かの謀略――そう考えても不思議はない状況だ。
エリアンはそんな四人の雰囲気に負けることなく、さらに続ける。
「鉱脈の尽きた鉱山をお譲りしても仕方ございません。坑道に入ってご確認いただくのは当たり前としても、坑道に入れば服、あるいは身体も汚れてしまいます」
この男は、いったい何を言い出すつもりなのか。
四人は完全に虚を突かれていた。
「もちろん、そういった事態に対応する施設なりを用意するべきなのでしょうが、何しろ危急のことでして用意が調っておりません。さらに男女別に分けてと考えますと、手間も膨大です。それならば肝心のラウハ殿お一人に絞って頂いた方が効率的ではないかと」
筋が通っているように思えた。
それによくよく考えれば、ラウハを虜にすることなどとても出来そうにない。
危なくなれば移動呪文で逃げればいいし、坑道の中でも洞窟脱出呪文がある。
さらに万が一、ラウハが戻らないということとなれば、クックハン、トルハラン共に地図から消滅することとなる。それぐらいの道理がわからぬ相手とも思えなかった。
「それと主からはもう一点。私がここに留まるようにとの命を受けております。もっとも私の命とラウハ殿の命では釣り合いはとれないでしょうが」
つまり、ラウハが戻るまでの人質としてここに留まる。
エリアンはそう言ってのけた後に、続けてこう言った。
「個人的な要望を言わせて頂けるなら、是非ともこの場に留まりたいものです」
「何でだ?」
理解できないというように、ドッペが尋ねると、
「そうすれば、ラウハ殿が戻られるまでの間、お三方から異世界のお話を伺うことが出来るかと思いまして。興味があります」
それをまた、変わらない表情でエリアンは答える。
「自分の身が危ないとは思わないのかね」
「危ない? 何故?」
フーリッツの問いかけにも、エリアンの表情は変わらない。
「だから、私がここに戻ってこなかったらあなた……普通に死ねないわよ」
「え?」
初めてエリアンの表情が変わった。驚きに目が見開かれる。
ラウハとドッペは、なぜかホッとしたような表情を浮かべた。
エリアンは口元へと手を寄せてゆき、怯えたようにこう呟いた。
「……ラウハ殿はそんなに移動呪文が不得手なのですか?」
一瞬、何を言われたのか理解できない四人だったが、一番最初に立ち直ったのはやはりラウハだった。
「ちょ、ちょっと何でそんなことになるのよ! 喧嘩売ってるの?」
「しかしですね、我が主はラウハ殿に危害を加えるつもりはない、と申しましたので、後はラウハ殿がここに戻ってこられない可能性となると、これはもう移動呪文が不得手であるとしか、考えようがございません」
再び顔を見合わせる、四人。
この使者は確かに今までのとは違う。
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