第4話 会議は踊る
「この英雄の詳細な説明は必要ないと思います」
事務官は報告をそう締めくくった。
出席者達はほとんど茫然自失といった態で、不自然なぐらいの静けさが辺りを支配していた。ろうそくの火さえも動きを止め、ただチリチリという音だけが、時の流れを表しているかの様だった。
そんな中、リコウトが口を開く。
「そうですね。彼は余りにも有名ですから。出身はクックハン。五年前にクックハンの教会で啓示を受けて勇者として魔族退治に乗り出す。それまでは母一人子一人で生活。その母親も二年前に死去。原因は自殺」
「自殺――?」
事務官が驚いた声をあげた。
「おや、ご存じない。というか、そちらの報告書には記載されていなかったんですね。ええ、彼の母親は自殺しているんですよ。動機まではわかりませんが」
どこか愉快そうにリコウトは話を続ける。
「しかし今、注目すべきは母親の自殺の動機ではなく、英雄自身の動機ではないでしょうか?」
「どういうことかね?」
出席者の一人から声が上がった。
「もはや、我々が一致団結したとしても彼らを抑えられるとはとても思えません。兵士の数、十万が百万でも無理でしょう」
リコウトは絶望的な見解を口にする。そして、それに反論できない出席者達。
「唯一望めそうな方法といえば、彼らと同じような能力者をもう一組育てることですが――」
その言葉に、顔を上げる出席者達。
「――魔神の消滅と共に、魔族達は消え去ってしまいました。これでは、彼らの様に濃い戦闘経験を積むことは不可能でしょう。現実問題としてこの方法は不可能、あるいは無意味な物だと断じてしまってもよい」
リコウトはこともなげに言い切るが、出席者にしてみれば完全にとどめを刺されたも同然だ。
リコウトは薄く笑みを浮かべて、さらに言葉をつなげた。
「そこで重要になってくるのが、先ほども言いましたが何故彼らがこんな事をしでかしたのかという――つまり動機にあると、私は思うのですよ。果たして英雄は何を求めているのか? これは何も英雄に限ったことではない。あの勇者の一行は何を求めて、あんな事をしでかしたのか? それがわかれば切り崩しようもあると思われますが」
そのリコウトの言葉で、出席者達の顔色が変わる。
「そ、そうか。彼らとて何らかの欲があって、こんな事をしでかしたのには間違いがないのだからな」
「考えてみれば、彼らの働きには各国とも報いるべきであったのに……大方、エーハンスは報酬を渋ったのだろう。我らはその轍を踏むことは避けねばならん」
さらに次々と声が上がり始める。なぜならそこは彼らの舞台だったから。
「そうですそうです。今必要なのは、お歴々がもっとも得意とする、政治力による事態の収拾です。さもあればこそ、こういった会議を開く意味もあるというものでしょう。ショウの狙いもそこにあるのではないのですか?」
リコウトの言葉に、ショウを代表する形になった事務官が小さく頷いた。
「シャング、そしてフーリッツの動機は未だ調査中ですが、ラウハとドッペの動機はほぼ判明しています」
事務官が静かに告げた。
「ほう、何かね?」
出席者の一人から声が上がる。
「ラウハの方は実に単純です。彼女の動機は金目の物。現金そのものには余り興味はないようですが、華美な装身具などに強い興味を抱いているようです。やはり、女性――と言ったところでしょうか。エーハンスの王城にあった宝物の一切合切を呪文の力でどこかに移送したのは間違いありません」
「ど、どこにだ?」
目の色を変えて質問する一人に、全員から軽蔑の眼差しが送られた。
事務官もまた冷笑を浮かべて、
「それがわかったところで意味はないでしょう。ドッペの方は簡単ですが、ある意味さらに難しい物です。彼が欲しているのは名誉です」
「名誉?」
「はい。彼自身は最高の剣士、あるいは戦士としての評価を確立していますが、その名はやはりシャングには遠く及ばない。ドッペにはそれが不満なのです」
「それは……難しいな」
「しかも、彼は性格がひねくれていることでも有名ですから、生半可な方法では納得しないでしょうね」
出席者の呟きに応じる様にして、さらに事務官が説明を付け足す。
「フーリッツは……やはり、その亡国の出身で復讐と考えるのが賢明なのでは?」
そんな意見がリコウト以外の口から飛び出した。
「そうですな。しかしまずは切り崩せるところから切り崩してゆきましょう。ラウハあたりが手頃でしょう」
そして、それに対応する意見も出てくる。
「おお、我が国にはアレが喜びそうな宝石がありますぞ」
「なんの、我が国に伝わる首飾り“ローシャッハ”の輝きこそが至上のものでしょう」
互いに宝物自慢を始める代表達。しかしその自慢の奥にはラウハという最高の魔法使いを、自分の国のために意のままに操ろうという、真意が見え隠れしていた。
「ドッペの方はどうでしょう。とりあえず剣術指南役にでも誘ってみれば。もちろん、シャングの方には声を掛けずに」
「基本ですな。いや、むしろ同時に雇ってシャングをもっと下の役職に就けるという手段もありますぞ」
「なるほどなるほど。しかし、今度はシャングが納得しないでしょう」
「その時はその時。毒を以て毒を制す……という手段がとれます」
こうして思惑は様々ではあるが、やっと会議らしく意見が交わされ始める。
そして、ここまで会議を導いてきたとも言えるトルハランのリコウトは、ペッとつばを吐いて、部屋を後にした。
そこは澱み始めたあの部屋の空気とは反対に、実に良い風が吹いていた。
城の最上階近く。空へと張り出したテラスには、そこが人工に作られた場所だということを忘れてしまいそうな程に、木々が生い茂っていた。
その木々の間を抜けてくる風は実に爽やかで、緑の香りがやさしく感じられる。
その風の中を、クックハンの伯爵令嬢リリィは会議室を抜け出して、人を探していた。
探す相手はもちろん、トルハランのリコウト。
彼女もまたクックハンから派遣された、会議の出席者の一人だ。
クックハンの国政に参加しているのは彼女の父親なのであるが、すでに老齢の伯爵はショウへの参加は見送られ、その娘であるリリィが派遣されたというわけである。
各国への義理立てのために、名目上リリィが派遣された――というわけではない。
リリィもまた、クックハンでは若輩ながら名の知れた存在であった。
御年十七歳。
蜂蜜色の髪には軽くウェーブがかかっており、小さな形のよい頭部をさらに小さく見せていた。今はその額に身分証代わりのサークレットが輝いている。
それに負けないほどの輝きを放つ大きな菫色の瞳。
深窓の令嬢といった様な出で立ちではなく、どこか軍服にも似た様な男装姿であったが、婚約者候補には困らないという、絶対的な美貌に陰りは見られない。
それを支えているのは、自分は男にも負けないほどの才覚があるという自負心。
しかし、今それが揺らいでいる。
状況は理解しているつもりだった。しかし、事務官の報告にはただただ圧倒されるばかり。有効な手段は何も思いつかないまま、ただ沈黙することしかできなかった。
そんな中、冷静に会議を進めた男がいた。
何をすべきか道を示した男がいた。
リリィはいつの間にか、その男をジッと見つめていた。
だから、最後にその男――リコウトが貴族にはあるまじき振る舞いをして部屋を抜け出したのにも気付いたのだ。
そして今、彼女はリコウトを追ってこの場所に……
「いた」
その姿を見つけて、リリィは小さく呟いた。
リコウトは人工の森の奥、金属製の白いベンチに腰掛けていた。
会議室では見えなかったが、頑丈そうなブーツを履いた足を大きく開き、背もたれに完全に上半身を預ける様なだらしのない格好だ。ビロードの上着も前を大きく開き、粗末な麻のシャツが見えている。
とても見られた姿ではなかったが、その姿の方がリコウトにはしっくりと来ていた。
リリィは思わず声を掛けるのをためらってしまう。
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