第4話 提出される様々な問題
「それでは両軍とも全滅ですか?」
「そのようです。生き残りの数から言えばエーハンスの方がまだましですね」
「それはそれは」
2人の話は先日のアリデオ平原で行われた戦闘についてらしい。
戦闘の結果については、すでにシミター半島に伝わってきている。名目上とはいえツジョカ領だということもあるが、各国要人が集うこの半島は情報戦の要地でもあるのだ。
ただ、今エリアンがもたらした情報はそれよりも詳しいものであるらしい。
両軍がほぼ全滅であるという話はリリィも初めて聞いた。
「ちょっかいを掛けないように、言ったはずなんですけどね」
「そのように伝えましたね」
主従二人して、うなずき合っている。
「あの、ツジョカとザマに接触してたんですか?」
「はい。少しばかり用がありまして、エリアンにお願いしていました。そのついでにまだ危険だから、シャング達には手を出すな、と」
「そのように伝えましたね」
同じ台詞を無表情に繰り返すエリアン。
「それが逆に刺激になったんじゃないですか?」
主従は同時にリリィに視線を向けて、そして同時に瞬きする。
そして、リリィに背を向けるとひそひそ話を始めた。
「それ、やめてくださいよ」
この二人は何かというと、こうやってリリィの前で怪しげな行動を取る。
「しかしですね、リリィ殿はけっこう胸があるなどという話は、こっそり話すしかないわけで」
ガタン!
リコウトの言葉に、リリィの腰掛けていた椅子が仰向けに倒れる。
「何の話をしてるんです!」
「冗談です。久しぶりに怒ってくれて嬉しいですよ」
にっこりと笑うリコウトを見て、リリィは矛先を変えた。
「エリアン殿も、何とか言って下さい!」
「リリィ様」
真面目な顔をして、リリィを見つめるエリアン。そして、ゆっくりと首を振る。
「あきらめました」
その言葉聞いて、リリィの身体から力が抜ける。
「……なんだか切なくなってきました」
「先ほどは、リコウト様のお相手としてリリィ様はどうなのか、という話でした。やはり本人の前ではしづらい会話です」
「それでしたら、私には見えないところでお話ししていただきたいものですわ…………それで?」
「はい。なんでしょうか?」
逆に聞き返されて、リリィは硬直する。
お相手として、どうだったのだ?
という話をしてくれないと、この会話は終わらない、とリリィは考えているのだがエリアンの方はそうでもないようだ。
このズレが今、二人に睨み合いをもたらしている。
「これはどうでしょう。笑うしかないような気がしますが」
睨み合いを続ける二人の耳にリコウトの声が響く。
同時にリコウトへと目を向けるリリィとエリアン。リコウトはその視線の先で、分厚い書類をめくっていた。
エリアンの鞄から勝手に引っ張り出したらしい。
テーブルの上には、柄に宝石のはまった短剣が増えていた。どうやら鞄の中に一緒に入っていたものらしい。
それ自体は特におかしな物でもなかったので、リリィの興味は自然と書類の方へと向かった。
「エリアン殿。あの書類は何ですか?」
「報告書です。内容はフーリッツについて」
「フーリッツ……ああ、確か独自に調査ということでしたわね。各国でもリコウト様の意見を採り入れて、人を動かしているようですけど」
「ええ。私も随分助けられました」
「一方的に助けて貰っただけなんじゃないですか?」
つまりエリアンは各国の調査結果の上前だけをはねてきたのではないかと、リリィは疑っているのだ。
エリアンは肩をすくめることで、リリィの言葉を肯定した。そして、こう続ける。
「私はフーリッツと話をしている分、有利でしたから」
「話? ああ、そうでしたね。ラウハの代わりに……」
――そうだ。
前の計画の時に、ラウハをあの金鉱に呼び寄せる時の人質として残りの三人とエリアンは半日ほど一緒にいたのだ。
ただ単に、人質として送り込まれたわけではなかったということか。
リリィは思わずリコウトを見つめ直す。
この男の頭の中には、どこまでの絵図面ができあがっているのだろうか?
リコウトは分厚い報告書を中程まで読み進んでいる。笑みは相変わらず消えていないが報告書に没頭しているようだ。新しい絵図面がリコウトの中で出来上がっていっているのかも知れない。
「エリアン殿」
そんな、リコウトに話しかけるわけにもいかず、リリィは再びエリアンに話しかける。
「ドッペ殿用の計画は大体伺いました。フーリッツにはこれから計画を立てるにしても、情報は集まってきています。では肝心のシャングは?」
「シャング……ですか?」
エリアンの声に変化が起こる。表情と同じように感情が欠落していたその声に、色が付いていた。憎しみという名の紅い色が。
そんな感情の色を、リリィは度々目にしていた。
それは、リコウトがシャングの名を口にする時に見せる色。
「必要ありません」
再び無表情な声に戻って、エリアンは告げる。
「すでに、調査済みということですか?」
エリアンは、視線をいったん上に向けると、ゆっくりとリリィへと視線を戻す。
その視線の意味するところは威嚇。
しかし、リリィは引かなかった。
「私に内緒というのは、卑怯な上に筋が通らないと思います」
菫色の瞳を燃え上がらせて、リリィはエリアンをにらみ返す。
「……リコウト様からお話がない限り、私は話しません」
その瞳から逃げるように視線をそらしながら、エリアンは返事をする。
「それは……」
「ただ、貴女には考えることが出来るはずです。私は……いえ、リコウト様も期待しています。貴女に」
早口で囁くように告げられたエリアンの言葉は、そっとリリィの心に忍び込む。
バタム。
その音に、顔を上げる二人。見るとリコウトが報告書の束をテーブルの上に投げ出したところだった。
「素晴らしい出来です、エリアン。本当にご苦労さまでした」
リリィとエリアンの会話は聞こえていたはずなのだが、そんな素振りも見せずに、にこやかに笑ってみせる。
「これでフーリッツ攻略に光が見えてきました。あとでリリィ殿も目を通しておいて下さい」
「は、はい」
「で、お酒を飲みに行きましょうか」
「え、えーと、朝からですか?」
戸惑うリリィを置き去りにして、リコウトはエリアンを呼び寄せると耳元でなにやら指示を出した。それに、いちいちうなずくエリアン。
そして、一礼すると部屋を出て行った。
「リコウト様、どういうことですか?」
「いや。いくら私でもすぐに仕事を頼んだりしませんよ。今は部屋に戻って休むように……」
「そうではなくて、お酒の件です」
「そうですね。空きっ腹にアルコールは良くない。朝食の残りをいただきましょうか」
リリィは潔く諦めた。悪巧みをしているリコウトには、何を言っても無駄であることをすでに彼女は理解していた。
大人しくリコウトの向かい側に腰掛けると、食事を続ける。
「リリィ殿」
「なんですか?」
目を閉じたまま、出来るだけ冷たく聞こえるようにリリィは応じる。
「一つ問題を差し上げましょう」
「問題?」
リリィが目を開く。その先には自嘲気味に笑うリコウト。
「もうおわかりかとは思いますが、私は実に敵が多い」
「確かに」
すぐさま肯定するリリィ。それはここ数ヶ月の経験でイヤと言うほど理解できた。
「それなのに、このホテルには安心して宿泊している。何故だと思いますか?」
「それがお酒を飲みに行けばわかるんですか?」
リコウトは、正解だと言わんばかりににっこりと笑った。
「というわけで、制限時間は朝食を食べ終えるまで。頑張って下さい」
リリィは頬をふくらませ、フォークをサラダに突き刺した。
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