第8話 最後の扉は開かれる

 ターロという男は、自分の境遇に不満を抱きながらも何の行動も起こさず、それでいてプライドだけは高いのか、ほぼ初対面と言ってもいい相手に、その王族の血筋だという唯一の取り柄を過大に評価して妙になれなれしい口をきいてくる。


 そして問題が起こると、他人へと文句を言うことで自分の責任を回避しようとする。

 明らかに“チンピラ”、それも“ど”が付くほどに極まっている。


 そういう連中を相手にするのは、確かにリコウトにとっては“本業”だろう。

 こういう手合いにはハッタリの効いた格好で、少し押し出しを強くしてやれば……


「す、すいません!」


 ターロは慌ててリコウトから手を離した。思うがままだ。


 もっとも今回は完全にこちらにだまされた格好になるので、リリィはだんだん気の毒に思えてきた。しかし、未来のリリィの夫はそんなに甘い男ではない。


「こちらの言ったことは全部出来てるんでしょうね」

「は、はい。何人かこちらのシンパを作りました。その人達はいまこの街にはいません。名目は――」

「王位継承権が一桁の者は?」

「い、いますいます。五位の――」


「いいでしょう。この街はほとんど瓦礫と化して政府機能も壊滅するでしょうから、その人を中心に立てて、ショウを再建するんです。私が後ろ盾になります」


 言いながら、リコウトは後ろのリリィに手を伸ばす。リリィはその手にキラキラと輝く首飾りを渡した。


「ローシャッハです」


 それを無造作にターロへと渡すリコウト。


「私が協力しているという証拠は、これだけで十分なはずです。これで事が上手く運べなかったら、あなたはただの無能だ。切り捨てますよ」


 ゴクリ、とターロがつばを飲み込む音がやけに響いた。


「うまくいけば、望み通りショウでのあなたの地位は盤石なものになるでしょう。それぐらいの理屈はわかりますね?」


 コクコクと何度も頷くターロ。


「それに対するこちらからの要求は、今後私が行うことについて、ショウは全て肯定するという態度を取ってもらうことです。もちろんあなたが肯定するというのではダメですよ。ショウという国が私を肯定する、そういう形を整えてもらいます。できますね」


 リリィが進言したショウを後ろ盾にするとい事案を、リコウトはこの謀略によって成し遂げた。相も変わらずシャング達を利用してのことだ。


 見事と言わざるを得ないが、リコウト自身はそんな自分の手際に嫌悪を抱いているかもしれない。リリィはその胸中をそっと思いやった。


「言っておきますが――」


 リコウトの声のトーンがまた変わった。


「私を裏切ろうなどと考えないでくださいよ。ローシャッハを勝手に処分するのもダメです。忠告として私を敵に回したらどうなるか教えてあげます」


 リコウトはターロに顔を近づける。


「あなたの身の回りに起こること、全部私の手配だと考えて間違いない。あなたがお嫁さんを貰う、子供を作る、金を儲ける、全部私の差配です。だから良いことが起きても安心しないように。全部私の指示でなされたことなら、それを取り上げるのも私の胸一つです」


 何という脅し文句だ、とリリィは苦笑を浮かべる。


 これほど見事に謀略を成功させた相手から、そんなことを言われたら、裏切るなんてとても無理だ。


 もちろんターロも泣きそうな表情で熱心に頷きながら、絶対に裏切ったりしません、ずっと協力します、と何度もリコウトに訴え続けている。

 

 ドドドォォォン……


 窓の外から、鈍い音が響いてきた。


「向こうもそろそろケリですね」


 リコウトは一人呟いた。









 フーリッツは完全に追いつめられていた。


 身に付けている物で、無事な物はもうパーリーしかない。虹の大聖衣も破れ、かぶっていた先人の遺産は戦いの最中に失ってしまった。


 そのために魔力はほとんど底を突いており、今度致命的なダメージを負うと、それを満足に治癒させる事も出来ないだろう。

 今は、瓦礫の中に身を潜めているが正直これ以上打つ手が思いつかない。


 一発逆転の“死落”を唱える魔力すら、もう残ってはいなかった。


(シャングに戦力を集中し過ぎた……!)


 魔族との戦いは突然で、しかも敵がどういった能力の持ち主か一見ではわからない事がほとんどだ。そのためにいかなる状況に置いても生き残り、さらには魔法など諸条件に左右されない絶対的な攻撃力を持つ戦士の存在は不可欠になる。


 その役目をになっていたのがリーダーであるシャングで、そのために彼は仲間内の中でも飛び抜けた装備を身に付けているのだが、敵対するとなるとその処置は全部裏目に出る。


(逃げの一手だ。とにかく休むことが出来れば……)


 爆音が上がる逆の方向に目を向けたフーリッツは、そこに人影を発見する。

 飾り気のない服装。それに負けず劣らずの無表情。


「た、確かエリアンとか……言いましたね」


 そこにいたのはリコウトの使者と名乗ったあの男だ。


「フーリッツ殿。知っておられるでしょうが、私は移動呪文が使えます」


 エリアンはごく無造作にそう言った。


 その台詞を聞いて、フーリッツは理解した。この戦いの最初から最後までがリコウトによって画策された物だと。


 今ここでエリアンの助けを断れば、シャングに殺されるしかない。


 かといって、助けを求めればどこに連れて行かれるかわかったものではない。移動先の選択権はエリアンにしかないのだ。


 例えば牢屋の中に移動して、その後エリアンだけが再び呪文を唱えれば、フーリッツは簡単にとらわれの身の上だ。


「く……」

「あまり時間の余裕はありませんよ。もっとも私が死んでもリコウト様が何とかしてくれるでしょうが、あなたにはそういった人はいないでしょうね」


 あくまで無表情に、無慈悲な言葉を並べるエリアン。


「“生き残る”という条件で考えるなら、選択の余地はないように思いますが。私が言うのも何ですが、生き残りさえすればあなたなら可能性は残されているでしょう」


 確かに敵から言われる言葉ではないが、今この場でシャングに殺される未来よりは、幾分かは希望がもてそうな気がした。


「……わかりました」


 フーリッツは血と煤で汚れた右手をエリアンへと差し出す。

 エリアンは一つ頷くと、その右手を取って呪文を唱えた。








 ――こうして最後の扉は開かれた。


 そしてリコウトとシャングは最後の対決を迎えることとなるだろう。

 世界中が固唾を呑んで、その瞬間を待ち続け、やがて冬を迎えることとなった。


 シャング達が帰還してからもうすぐ一年という歳月がたとうとしていた。

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