第7話 衝突

 気が付けば辺りは薄暗闇に覆われていた。どうやら、自分でも気付かないうちに眠ってしまったようだ。追いつめられているということが、イヤでも自覚できる。


「灯明」


 呪文を唱える。

 魔法の光があたりを照らし出した。手に持っていた羊皮紙にもまた光が当たる。


 ――やるか。


 そうフーリッツが決意した瞬間、ザワリと総毛が逆立った。

 考えるより先に、奥の寝室へと身体ごと転がり込む。


 そして、その一瞬に今まで自分がいた空間を膨大なエネルギーが駆け抜けてった。


「ブリッツ・ペネトレイト!」


 そのまま転がって、体勢を立て直す。


(まずい、パーリーはどこだ?)


「次の敵はお前のようだな、フーリッツ」


 かつてドアが嵌っていた入り口から、青い鎧のシャングが入り込んでくる。


「さっきのお前の目は、昔俺を追い回していた連中と同じだった。つまりお前は敵だ」

「よく喋りますね、シャング。どうやら犯罪者あがりというのは本当らしい」


 言いながら呪文詠唱。何でもいい。目くらましだ。その隙にパーリーを掴むことが出来ればいい。

 シャングはその呪文を“白銀の太陽”で切り裂く。


「お前も人のことは言えない。エーハンス王がそう言っていたな」

「話し合いの余地もなく、戦闘状態に持ち込んだ人がよく言いますね」


 この無駄なおしゃべりの時間の間に、フーリッツは呪文で弾くことで、パーリーをその手の中に収めていた。


「俺には敵が必要なんだ。それが誰でも、何であろうと構わん。魔族でも人間でもな」

「立派に狂人ですよシャング。過去に相当怖い目にあったんですね」


 そのフーリッツの言葉に、シャングは剣を一閃させることで応えた。

 その剣風をかろうじてパーリーで受け流すフーリッツ。


 そしてそのまま、窓の外へと身を躍らせた。







 

 アマータが戦禍に遭遇したのは、イーンとの政権交代の時だけだった。

 そして長い歴史の中で価値を失い忘れ去られようとしていた街でもある。


 当然、住人達は戦争に巻き込まれるということを理解していない。


 いや、理解していなかった。


 この、悪夢のような夜までは。


 凄まじい破壊の力によって、今までは意味ある形だったものが、無意味ながらくたへと変わってゆく。燃え上がる炎はあらゆるものをその紅蓮の舌で丁寧に嘗め取ってゆく。


 その地獄絵図の中に佇むのは、青い鎧の不敗の戦士と、虹色の衣に身を包んだ狂気の大神官。


 二人の戦いはアマータのほぼ中心部で始まり、そのために中央に偉そうに居を構えていた貴族や王族達の屋敷はほぼ壊滅状態。


 何しろ、二人ともそういった建物を体のいい遮蔽物ぐらいにしか考えていない。逆に言うとそれぐらいに考えないと、あっという間に決着が付く。


 シャングは時折「ブリッツ・ペネトレイト」を織り交ぜて、ほぼ一直線にフーリッツを目指すが、フーリッツの方は巧妙に逃げ回り、隙を見つけては「死落」すらも織り交ぜて、呪文の集中攻撃。


 アマータにしてみれば、これほど迷惑な戦いもないだろう。


 被害を免れた街の外周部に住んでいる者達は複雑な思いで、この降って湧いた“災害”を手をこまねいて見つ続けるしかなかった。

 いつか、この嵐も収まるに違いないという、根拠のない希望にすがりついて。









 そして、この二人もまた街の外周部にいた。


 エリアンが用意してくれた、半地下のパブのような造りだが、別に営業しているわけではないので、他に人はいない。


 もっともそれほど広くはなく、リリィが唱えた「灯明」の明かりを一つのテーブルの上に浮かべて、やっぱり差し向かいで二人は座っていた。


 リリィの方はこの国に来てから変わらない軍服姿。リコウトの方はどういうわけか、暗黒街用の革の上下に着替えている。


「また、はったりが必要になるんですか?」

「いえ、純粋に本業用に必要なんです」


 にこにこと笑みを浮かべながら、答えるリコウト。

 その時、見上げる高さにある窓から強い光が差し込んできた。


「あれは魔法の光ですね。シャングの放ったものでしょうか」

「あの、リコウト様」

「何です?」


 恐る恐る話しかけてくるリリィに、軽く応じるリコウト。


「フーリッツがシャングに勝ってしまうという事態は考えてらっしゃるんですか」

「いいえ考えてません。なぜなら、そんなことはあり得ないからです」


 きっぱりと断言するリコウトを、棒でも飲み込んだ様な顔で見つめるリリィ。


「私はね、シャングのことはあの男自身よりも知っています。だから、フーリッツごときと戦って負けるはずがない事もわかっているんです」


 そういうリコウトの表情は、シャングの事を話す時に見せる、あの肉食獣そのものの笑顔だ。


「信じられませんか? 婚約者の言うことが」

「でも……」


 万が一、負けてしまったらこの人はどうなるのだろうという危惧がリリィにはあった。復讐する対象が奪われる様な事態が起こってしまったら……


 それに、フーリッツには“死落”の呪文がある。

 ほんの一瞬の隙に、その呪文が効果を発揮すれば、それだけでフーリッツの勝利だ。


「では賭けましょうかリリィ殿。シャングがフーリッツを倒したら、私の言うことを何でも聞く」

「それは……」

 婚約した今、ほとんど意味がない賭けではないのだろうか。いや婚約のことは関係なく、ずっと前から自分は……


「リリィ、前払いでもしてくれるおつもりですか?」

「あ……」


 初めて、名前を呼び捨てにされた。嬉しさが体中を駆けめぐる。

 そして熱くほてったリリィの頬にリコウトの指が触れる。


 寄り添う二人の影。

 

 ドンドンドン!!


 突然に響くドアを叩きつけるもの凄い音。リリィは弾かれたように背筋を伸ばし、ドアの方へと目を向ける。

 この場所を知っているのはエリアンともう一人だけ。


「ターロがねじ込みに来ましたね。リリィ殿、しばらくは黙って見学していて下さいよ」


 再び“殿”付きで呼ばれたことで、気持ちを引き締めるリリィ。


 それを笑顔で見つめながら、立ち上がってドアを開けるリコウト。途端にターロが飛び込んできた。


「どういう事なんだ、これは!?」


 ターロは一言で言ってひどい有様だった。髪は乱れ、目は充血し、服にはかぎ裂きと焼け焦げの跡がそこかしこに付いている。

 そんなボロボロの姿で、リコウトに詰め寄るが、その相手は平然とこう答えた。


「二人が戦っているんですよ。計算通りです」

「どこが! こんな事になる話は聞いてないぞ!」


「当たり前です。私の計算通りなだけで、あなたの計算通りのはずがないでしょう。そもそもあなたは計算なんかしてないんだから。あなたはただ、私の策略の駒として、動き回っただけです」


 堂々と告白するリコウトの襟首につかみかかるターロ。そのまま右手を振り上げるが、ターロはそこで硬直してしまった。


「離しなさい。チンピラさん」


 それは確かにリコウトの声だったが、今までの声とは性質がまるで変わっていた。


(なるほど、暗黒街仕様だわ)


 と、リリィはリコウトの背中を見ながら、妙に納得していた。

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