第6話 フーリッツへの手紙
ターロがその使命を果たした夜、リコウトとリリィはルームサービスで頼んだ夕食を差し向かいで摂っていた。
「ランショウジョ」に投宿したその日から、ターロの特訓がこの部屋でずっと行われていたので、こんな風にゆっくり出来る夜は初めてだった。
出てきた料理はリリィの好みから言うと少し薄味なような気がするが、上品な味と言えなくもない。
リコウトの方は今まで味に文句を言っているところを見たことがないから、どう思っているかはよくわからない。
腹がふくれれば何でもいいとか、そういう主義なのかもしれない。
「リリィ殿」
「あ、はい」
デザートに心奪われていたリリィは、返事をするのが若干遅れた。
「今晩はちょっと危険かもしれません」
「はい?」
と、不用意に聞き返して、その言葉の意味する深いところにまで考えが及んで、頬を染めるリリィ。それを見たリコウトは、呆れた様子で、
「そういうのは頭の回転が速いと言うより、もう性質がすけべとしか……」
「そういうこと仰らないで下さい。危険というのはあの密書絡みですか?」
即座に立て直すリリィ。
「はい、正解です」
「あれには何と書いたんですか?」
「“あなたが十歳の時に開けた扉を知っています。そして、新しい扉はあなたの側にありますよ”」
両手を目の前で合わせて、まるで祈るようにリコウトは呟いた。
「十歳? それは、ええと……」
リリィは報告書にあった、フーリッツの過去を思い出す。
「エーハンスの修道院に入る少し前ぐらいですね。その時期、彼は一般に明かされてはいないけれど、犯罪組織に商品として扱われていた。それを救出したのが、修道院の上位組織にあたるエーハンス国教会」
「その犯罪組織と、私は少なからず縁がありましてね」
感情の抜け落ちた声で、リコウトが合いの手を挟む。
「その組織に扱われた商品が、どういう運命をたどるか知っています。ましてや国からの手入れ直前でしょう。後腐れのない様に、全部始末していっても不思議ではない」
リリィは気分が悪くなって、楽しみにしていたデザートを半分諦めた。リコウトもいつも以上に淡々と話している。これは内心かなり怒っている証拠だ。
リリィにはそれがわかるようになっていた。
「しかし、フーリッツは生きている。これをどう考えますか?」
「どうって……国教会の処置が迅速だったんでしょう?」
「そういう可能性もあるでしょう。ですが、私はこう考えてみました。犯罪組織の連中はフーリッツを殺そうとしても、殺せなかったんじゃないかと」
それは明らかに、リコウトからリリィへの挑戦状だった。どういう事態なのか推理しろと言ってきている。
殺そうとしても殺せない。
確かに、今現在のフーリッツの戦力から考えると、この言葉はピタリと当てはまる。
では彼は十歳の頃から今のような実力があった、という事になりそうだが、それならば、そもそも犯罪組織に捕まったりはしないだろう。
十歳のフーリッツは普通の少年であると考えた方が無難だ。
その十歳の少年が、殺されずに済む方法。
いや、もっと簡単に考えよう。要するに相手を動けなく……
リリィは、その考えに至った時、自分の正気を疑った。しかし、その考えが頭から離れない。そして、そのままその考えを言葉にしてみる。
「殺したんです……ね。自分の自由を奪う相手を。法力など関係なく、その尋常ならざる覚悟で」
「私もそういう考えにたどり着きました。それを可能にしたのは彼の驚くべき潜在能力によるものでしょうが、とにかく彼は犯罪組織の連中を殺した。殺しまくった」
リコウトのことだ。きっとその辺りの証言者も見つけ出しているに違いない。
「そしてやってきたのが本当の救い主である国教会の派遣兵です。彼の中で殺すことが、自由を意味し、快感を意味することとなっても不思議はありません。事実、彼の通り名は――」
――狂気の大神官。
「私はね、さらにエーハンス王もまた、この妄想とも言える考えに取り憑かれたのではないかとも思ってるんですよ」
さらにリコウトは続ける。
「そして、そういう方向性で調べると僅かばかりではありますが証拠も出てくる。証言者もいる。エーハンスの頂点にいた王が直々に調べたとなると、もっと出てきたかもしれない。そして王は英雄の一行にこの大神官がいることに不安を覚えた……」
リリィはその言葉に戦慄した。
「では、最初のエーハンス侵攻は!?」
「それを画策したと疑われた私が言うと、何とも言い訳臭いんですけどね。それにこの話はただの推測です。あの突然の暴挙の前に、王とシャング達が接触したかどうかもわかりませんし」
「でも、フーリッツが動いたのは間違いなさそうですね」
「私もそう思いました。そして、彼はどうもこの十歳の出来事を神聖視していて余人が関与してくることを好まないのではないかと」
「で、では、あの密書は危険なのでは?」
「彼に私の居場所がわかればね。でも、そんなヘマはしてないし、何より私にさんざん嫌がらせをされて、彼は自分が追いつめられていると自覚しているでしょう。と、なるとあの狂気が顔を出す」
「では新しい扉というのはシャングですね。確かに彼を討てば、フーリッツにはまだチャンスがあります。トルハランのリコウトが背後にいるのなら」
「さて狂気に犯された彼がそこまで計算できるかどうか……まぁ、それでもシャングに襲いかかるだろうことは確信してるんですが」
リコウトは皮肉げに笑う。
「でも、それじゃ……」
リリィは、この同士討ち作戦を聞いた時から気になっていたことを聞こうとした。
しかし、その時窓の外で閃光が煌めく。
その光は夜の闇を引き裂き、斜めにショウの夜空を突き抜けていった。
「ブリッツ・ペネトレイト……」
リリィは、熱に浮かされたかのように呟いた。
時は少し遡る――
アマータのほぼ中心。上流階級を中心とした顧客のニーズに応えるために、機能を超えた様式美で飾り立てられたホテル「ルプレイド」
そのホテルでシャングとフーリッツのために用意された部屋は二部屋だった。
それぞれに一部屋ということで、考えてみれば当たり前の話だが、四人で魔族と戦っていた時からずっと同じ部屋で寝泊まりしていた二人にしてみれば、少しばかり戸惑う事態でもあった。
休戦の話に乗ったとはいえ、未だ油断できる状況ではない。
「この使者君にも立場があるでしょう。とにかく部屋に入りませんか。別に離ればなれの部屋でもない」
確かに二つの部屋は隣合わせで、こちらを分断させる意図があるのなら、もっと離れさせるか階を分けるだろう。
シャングもその申し出に頷いて、自分にあてがわれた部屋に入った。
フーリッツはその姿を見送って、もう一つの部屋の扉を開ける。
ざっと中を見渡すと、ベージュ色の壁紙に華美な装飾が施された二間続きの部屋だった。奥の方の部屋が寝室なのだろう、見える範囲にはベッドはなくソファーセットが置かれている。
「フーリッツ」
罠の気配はないかと、部屋の中に意識を集中していたフーリッツの背後から声がかかる。フーリッツは意識してゆっくりと振り返った。
「シャング」
「飯はどうする?」
ごく当たり前に、食事に誘いに来ただけらしい。
「すいませんが、パスです。安全とわかれば、まず私は眠りたい」
その言葉にシャングは頷くと、一人で階段を下りていった。
シャングが視界から消える。それからしばらくしてフーリッツはやっとの事で自分の部屋に入った。そしてソファーに腰掛け、先ほどの羊皮紙を取り出す。
読む。
一つ、ため息をついた。
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