第9話 急転

 まずルーレット台に人が群がっている。しかし、そこには目に付く人間はいない。


 もう一方のカード台の方でも片方でビッグゲームが行われているのか、ずいぶんと人が集まっている。見ればコインがうずたかく積まれていた。あれを一回の勝負でやりとりするとなると、確かに野次馬のしがいもあるだろう。


 その人混みの一番後ろ側、この席から見ると一番遠くに茶色の髪の青年がいた。


 身なりはこざっぱりとしていて、一見貴族の従者に見える。それを証明するかのように青年はチラチラと二階席に視線を送っているのだが……


(なんで同じ方向を見ない?)


 普通、仕えるべき相手は一組だけのはずだ。


 何気なく湧いた疑問のままに、その青年を見続けていると自然、視線がぶつかることになる。その一瞬、ドッペは違和感を覚えた。


「いましたか?」


 タイミング良く、リコウトが声を掛けてくる。ドッペは思わず頷き、それから慌ててリコウトの方へと顔を向けた。リコウトは相変わらず微笑んでいる。


「誰です?」


 あの男のことを言うべきかどうか、一瞬ドッペは躊躇する。


 しかし、よくよく考えれば自分はあの男に何の義理もない。これから先あいつがどんな目に遭おうが自分の知ったことではないことに気付いた。


 そもそも、無茶を言い出したのはこの笑顔男が先なのだ。

 適当に答えて、外れだと知ればこの茶番劇も幕を下ろすだろう。


 ……そうなると、この男が言う自分の才能とやらも絵空事となってしまう。それが少しばかり残念ではあるが。


「……あの、カード台の取り巻き。一番向こう側の男だ」


 ドッペがそう言うとリコウトは視線だけを動かして、その辺りを確認する。


「すいません。特徴を詳しく」


 ドッペは請われるままに、目を付けた青年の服装などをリコウトに教えた。

 やがてリコウトの視線がドッペと同じ目標を捉える。


「彼……ですか」

「何だ? 文句あるのか?」


「彼に目を付けた理由は?」

「勘だよ、勘。そういうもんなんだろ、お前の言う俺の才能ってのは」


「その通りですが、もしあるのなら、伺っておいた方が便利かと思いまして」

「まぁ、そうだな……見たところ貴族の従者っぽいよな、あいつ」


 もう一度視線を流しながら、ドッペは答える。


「そうですね」

「その割には、この二階席のあちこちを見上げるし、何よりもあの目だな」

「目?」

「あれは飼い犬の目じゃねぇよ」


 リコウトはそんなドッペをジッと見つめ、わざとらしくニコッと笑うとドッペを置き去りにして、席を立った。


「お、おい……」


 そのまま取り残される形となったドッペは、運ばれてきたクロッブを口に含んで何ということもなくカジノを見下ろしていた。


 そして、変化は突然に訪れる。


 先ほどの青年に、黒服が音もなく近付いてゆくとその耳元で一言。

 カクン、と膝から崩れ落ちる青年。眠りの呪文を至近距離で使ったらしい。


 黒服はそのまま青年の身体を支えると、カジノの従業員用らしい扉に引っ込んでいった。


 それを上から見ていたドッペはあまりの展開に、開いた口がふさがらない。

 このまま飛び降りて、あの扉の向こうで何が行われているのか確認したくなる。


 そうすることは簡単だ。しかし、行った先で黒服を斬り殺した後に何と言うのか?


「いや、すまん。自信がないって言っただろう」


 そんな格好の悪いこと出来るはずがない。となると、黙って見続けるしかないのか。


 それも何か間違っている気がするが……


 結局のところ、ドッペはクロッブを手酌であおり続ける。

 それでも落ち着かなくなって、椅子の上でもじもじと腰を動かしていると、


 ドカン!


 と、それは派手な音を立てて部屋の扉が開かれた。


 びっくりして飛び上がり、二階席から転げ落ちそうになるドッペ。そしてその手を握りしめて、ドッペを引き上げその身体に抱きつくリコウト。


 言うまでもなく、もの凄い勢いで扉を開けたのはリコウトの仕業だ。


「素晴らしい!! さすがはドッペ殿! 私が見込んだ――いや、それ以上の才能ですよ!」


 鎧の上からなのでそれほど苦しくはないが、うっとうしいことには変わりはない。しかも耳元で歓声を上げ続けるので、ドッペはとうとう我慢しきれなくなって、リコウトを蹴りはがした。


「いやぁ、はっはっは」


 それでも笑い続けるリコウト。


「な、なんだ? つまり、あの男がいかさま師だったって言うのか!?」

「これは異な事を。そう指摘したのは、貴方じゃないですか」


 それはそうなのだが。


「ああやってですね、他の台を見物している風に見せかけて、隣の台に細工をするというのが手口だったようです。詳しいところはこれから吐かせますが、二三、尋問したところで、そこまでは吐かせました」


 二三の尋問だけで、そこまで聞き出しているリコウトにも舌を巻くが、それよりも……


「いや、そんなことはどうでもいいんです。凄いのは貴方ですよドッペ殿!」


 ドッペの自尊心に寄り添うように、リコウトが賞賛の声をあげる。

 

 ――気持ちが良かった。

 

 剣の腕を誉められるより、よほど気持ちが良かった。


 ここに自分の才能に気付いて、それを証明してくれた男がいる。


 思わず目頭が熱くなる。


「やはりドッペ殿。貴方のその才能を埋もれさせるのは世界の損失といういうものです」


 一変して真面目な声で話しかけてくる、リコウト。


「お、おう、とは言ってもよ」

「無断で申し訳ないとは思っていたんですが、実はもう準備してあるんです」

「準備? おい、いったい何の話だ?」


 そんな戸惑うドッペの手を取って、リコウトは二階席を出る。そのあまりの勢いに、とっとっと、とタタラを踏んで、ドッペはやっとの事でリコウトについて行く。


「説明をしろ! 説明だ!」

「これから秘密の通路を通って、この酒場の裏の――もっとも向こうに言わせるとこの酒場が裏になるんですが――ホテル『猫』に行きます」

「『猫』? あの『猫』か」


 シミター半島のみならず、大陸中にその名が轟く超高級ホテル『猫』。


 その常連客を並べると、大陸統一政府が出来上がるのではないかと思われるほどの伝統と格式。実際に各国間の外交問題がこのホテルで協議されることも少なくない。


「今そのホテルに、色んな国の代表者が集まってきています」

「何で!?」

「この大陸全土にまたがる警察組織の設立を私が要請してましてね。その協議のためです」


 言いながら、何かしらの部屋の扉を開ける。個室らしいが、あまり使われた形跡がない。


 リコウトはその部屋の暖炉の中に身をかがめて入り込む。

 手を掴まれたままなので、ドッペもやむなく続いた。


確かに秘密の通路らしい体裁は整えてあるようだ。暖炉の奥には、木の板で囲まれた狭い道が続いている。

 闇に目が慣れるまで、しばらくの間無言で進む二人。


「……警察って何だ?」

「ああ、ショウでは馴染みのない言葉かもしれませんね。つまり私のような悪党を取り締まる組織です。それぞれの国で、適当に名前が付いているみたいですね」

「ああ、ああ、ああいうくそったれな連中か」


 思い当たったのか、闇の中で頷くドッペ。が、それはすぐに固まる。


「なんで、そんな会議に俺を引っ張っていく?」

「貴方の才能を埋もれさせないためですよ――着きました」


 ギィと音を立てて、リコウトが何かを動かすと、二人は赤絨毯が敷かれた廊下のど真ん中に出現した。あまりの状況の変化にドッペが振り返ると、そこは何の変哲もない白い漆喰の壁があるだけ。


「こちらです」


 その廊下を左へと進むリコウト。ドッペの手はもう握っていない


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