第10話 長官就任

 等間隔で“灯明”の明かりで照らされている長い廊下。ドッペとしてはリコウトに付いて行くしかない。そうして、しばらく進むと扉が現れた。


 その扉を見て、ドッペは思わず足を止める。


 ドッペは、左右に続くこの壁に扉が現れるものだと予想していたが、正解は行き止まりに用意された、両開きの大扉。


 まるで子供が思い描くままに作られた、典型的な“秘密の部屋”だ。


 半ば唖然としてドッペがその扉を見ていると、リコウトは肩越しに振り返り、ニヤリと笑った。そしてそのまま、身体を預けるようにして両方の扉を押し開ける。


 その先には夢の続き。


 高い天井。その天井から吊された水晶製のシャンデリアには魔法の明かりが煌々と照らされている。向かい側の壁には高らかに掲げられた何かの旗。その前に演説用だろうか、一段高くなった壇上と原稿用の台。


 そして真四角な部屋の中央には、真円のテーブル。


 ――いわゆる円卓だ。


 誰が首長なのかわからなくなるという、古い伝統のある様式ではあったが、旗を背にした席が一つ空いたままであるので、いい具合に台無しである。


 残った席に腰掛けているのは、いずれも上等な服を身につけてはいるがいかめしい顔をした男達だ。全員で六人。ドッペの感覚で言うと“堅気ではない”ということになる。


「ちょ、長官閣下、と、到着されました!」


 出し抜けに、右から大声が響く。


 見れば、まだ少年とも思える程の若い兵士が、儀仗を持ったままガチガチに緊張した面持ちを見せていた。


「いけません。気が早すぎますよ。ドッペ殿はまだ引き受けて下さったわけではないんですから……その前に、私が話をしてないんですけど」


 リコウトがそういった瞬間に、部屋の中に殺気が満ちあふれる。ドッペは反射的に背の剣に手を掛けて、鯉口まで切ってしまう。


 部屋の中、円卓に腰掛けていた“堅気ではない”連中の腰が全員浮いている。が、その標的はドッペではなくリコウトだった。


「ま、ま、皆さん落ち着いて」


 両手で制止しながら、それでも笑みを浮かべたままのリコウト。


「全部話をしていないというだけです――ドッペ殿、こちらが各国のくそったれの組織の責任者の皆さんです」


 そう言ってリコウトは自分がある程度は説明をしているという証明をしつつ、各国代表の紹介に移っていった。リコウトの紹介に合わせて一人一人頭を下げてゆくが、ドッペにはとうてい覚えきれるものではない。


 呆然としているままに、例の一つ空いた席に誘導されて座らされる。

 そして、その目の前には見覚えのある首飾り。


「これは……!」


 それはローシャッハだった。あの時、ラウハが首に掛けていた、あの至宝を見間違えるはずもない。


「彼女はすでにこの組織に協力をいただいております。その証にとこのローシャッハを預かって参りました」


 背後から、ささやくようにリコウト。目を剥いて振り返るドッペの鼻先にさらに羊皮紙がつり下げられる。


「これは、この会議に出席できなかった国々からの委任状」


 リコウトはそれをローシャッハの横に置いて、円卓に座る全員を見渡した。


「これで、実も形も整いました。会議を始めましょう」


 そう言うリコウトは、ドッペが座る椅子の斜め後ろに立ったままでいた。まるで、ドッペの副官のようだ。


「か、会議ってよ……」


 完全に置いてけぼりのドッペが戸惑うが、すでに打ち合わせは済んでいるのか左隣の男がいきなり挨拶を始めた。


 その挨拶はまず内容のない儀礼的なものだった。


「ドッペ殿。すでに薄々はお気づきでしょうが、この会議がうまくいけば、この組織の長には貴方が迎え入れられる手はずになってます」


 その隙に、再び耳元で囁くリコウト。


「ええ、もちろん貴方の承諾は得ていないことはわかっております。しかし貴方の才能を一番生かせるのは、こういう仕事なんです――それになにより」


「トルハランのリコウト殿の提案にもありましたが、まずシャング達をいかにすべきか。これがこの組織当面の課題となり、試金石になると思われます」


 シャングの名前が出た途端に、ドッペの意識は会議の方へと向けられた。


「しかし実のところ、彼らは触れなければ爆発しないのではないかな? クレモアの愚かさは除くとしても、ツジョカとザマのやりようは明らかに色気の出し過ぎだろう」


 一番いかめしい顔をした男が応じる。ドッペは仮に「亀の甲羅」と名付けた。リコウトの紹介など、頭の片隅にも残っていなかったから仕方ない。


「だとしても、彼らを放置しているのは正しいとは思えません」


 いかめしい顔ながら、まだ若そうな男が理想論をぶちまける。ドッペは、この男は俺もその“彼ら”に属していることをわかっているのだろうか、と疑問に思う。


 この男は「青年の主張」にしておいた。


「ドッペ殿。その辺りはいかがなんですか? 今までの行動に何か明確な動機があったのですか?」

「お、おお、俺か?」


 突然話を振られて、戸惑うドッペ。振ってきた相手は顔つきに似合わない、なにやら甲高い声だった。とりあえず「裏声」にしておいて、ドッペは返事をする。


「そ、そうだなぁ。この前のは明らかに喧嘩を売られたからだし、その前のは生意気言いやがったからで……」

「ちょっと、よろしいですか」


 そのドッペの背後からリコウトが口を出す。


「危険だから回避しようと言うのでは、そもそもあなた方の職業の沽券に関わるでしょう。我々が考えるべきは“何が出来るか”ではなくて“何をすべきか”です。この会議の議題はもう一つ上、シャング達をいかにして捕らえるか、そのためにどのように連携できるかですよ」


 手厳しい言葉。ドッペ以外の六人の顔が引き締まる。


 なるほど、結局のところはこの男か。


 ドッペは背後にいるリコウトの気配を感じて、心の中で納得する。


 そのリコウトの言葉が効いたのか、シャング回避論はなりを潜め、どのようにしてシャングを捕らえるかということに議題が集中してゆく。


 「青年の主張」が身の程をわきまえない、言うなればツジョカとザマと変わらぬ力任せの捕獲案を出すと「亀の甲羅」がそれをたしなめる。


 そうするとこの両者は険悪になるのだが、「裏声」がうまく話題を変えて他の三者との間も取り持ってゆく。


 そんなこんなで会議中に声が途切れるということはなかったが、それで会議が進展していたかというと、それはまた別問題である。


 この頃になると、リコウトに振り回されっぱなしだったドッペの精神も随分落ち着きを取り戻しつつあった。


 そのために、会議がどこで引っ掛かっているのかも理解でき、そしてひねくれた彼なりにこの会議の向かうところが見えた。


(要は俺にシャングを斬ってもらいたいんだ、こいつらは)


 そしてそれを口に出して依頼する度胸もないから、自分をこんなところに連れ込んで、目の前で議論するふりをして、ただ待っているだけだ。


(俺がこの会議にイライラして、シャングを斬ると言い出すのを待っている)


 そんな手に乗ってたまるか。


 確かにシャングを斬りたい気持ちはあるが、それをこんな連中に言われてやるのはもっとイヤだ。絶対に言うことを聞いてたまるか。


 結局こいつらも貴族共と変わらない。

 笑いながら他人を死地へと送り込む。


 ――面倒臭くなった。


 もう全員斬って、ここともおさらばだ。


「……もういいぞ。そんな芝居は」


 ドッペは初めて声を出した。そして部屋は静まりかえる。


「長官、芝居とはどういうことですか?」


 「青年の主張」が恐る恐る声を掛けてきた。ドッペは露骨に眉をひそめる。


 まだ“長官”だのなんだのと芝居を続けるつもりかと、そう叫んでやろうかとも思ったが、それも面倒臭くなった。

 結論だけ言って、もう終わりだ。


「要はシャングを俺に斬らせようって魂胆だろうが。あいにくだが、そんな芝居に引っ掛かるほど馬鹿じゃねぇんだ。凝ったことしやがって」


 言い切った。恐らく誰かが怒り出すだろう。怒ったところを斬り捨てて、後の連中を斬るかどうかは、もうその場の勢いに任せよう。


 この部屋は“海神のいびき”を振り回すのに何ら差し障りない広さがあるのは、もう確認してある。


 何をしてこようが、自分の身の安全に間違いはない。


 ショウという古い国の路地裏で、生きながらえてきたこの生粋の戦士は、粗雑な外見に似合わずそこまでを半ば本能で計算していた。


 やがてその計算通りに「亀の甲羅」が席を立った。顔が紅潮している。

 こいつが怒り出すことも、やはりドッペの予想通りであった。


 チャ……とドッペの背中で鯉口が鳴る。

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