第一章 外れし者たち
第1話 ラウハ
朝日が昇る――
陽の光は、空にたなびく暗雲の存在を強調する。ちぎれちぎれに空に浮かぶ雲は、引き裂かれたボロ布の様だった。
そして大地は空を映したかの様に、乾き荒れ果てている。
ここはアリクル城から少し離れた、北風吹きすさぶ荒野。
ごつごつとした大きな岩が、あちらこちらに転がっている。そして一際大きい岩は、一際高い丘の上に。
その岩の上にたたずむ四つの人影。
そして丘の下には、十重二十重に人影を取り囲む十万の大軍。
間一髪、アリクル城を脱出したエーハンス王がかき集めた国中の兵隊だ。
これだけの大軍になったのは、長年に渡って魔族に脅かされていたからである。防衛のための軍隊が未だ各地に多く残っているのだ。
そして、こうやってかき集めることが出来たのは、皮肉なことにシャング達が魔族を駆逐したからだ。魔族達がいなくなったので、兵力の空白地帯を作ることが出来る。
四人の人間に対して、十万の大軍。
割り算は必要ない。要するに四人は絶体絶命。
前後左右、東西南北、見渡す限り敵である。
「いつもの手はず通り、まずは私の出番で良いのね?」
虹色の光沢を放つ、純白のローブを風にたなびかせながら四人の中、唯一の女性が口を開いた。
長い金髪がローブと同じように風の中で踊っている。
そばかすが残るその容貌には、幼さが強く残っていた。額に輝く黄金のティアラとはひどく釣り合わない。
それだけに無邪気に笑うその表情には、何かひどく――そう、何か危ういものが感じられた。
女性は身長に不釣り合いな巨大な杖を掲げると一振りする。杖にはめられた、巨大な宝珠がキラキラと輝きを増した。
「堕星!」
女性が一声発すると、空に穴が空く。星々が落ちてくる。
かつては魔族、それも大物魔族を倒してきた星屑の鉄槌が、人の軍隊の上に降り注ぐ。
兵士達は声をあげる間もなかった。
落下した星々の爆風に人馬ごと吹き上げられ、まがりなりにも統制を保っていた隊列が千々に乱れる。
「熱嵐!」
振り向きざま、続けて魔法を放つ。
多くの雑魚魔族を一掃してきた高熱の嵐。
その雑魚魔族にすら苦戦していた人間の軍隊である。対抗する手段はなかった。
為す術もなく、次々と倒れ焼けこげてゆく。
「集爆!」
さらに肩越しに振り向いて、杖を振るう。
魔力が隊列の中央に集中してゆき、限界に達し、爆発する。
協力で広範囲に及ぶ爆風は兵士達を地面に叩きつけた。
三つの魔法が炸裂するまで、瞬きする時間もない。
そしてそのわずかの時間の間に、十万の大軍はほぼ壊滅した。
後左右、東西北の部隊はすでに軍隊としては機能しないだろう。
残るは四人の前に布陣する、エーハンスの主力部隊。
女性は杖をそちらに向けると、
「…………」
無言のまま。
しかし、杖の先からは連続して火の玉がほとばしる。
だが、それはいかにも力不足の火の玉だった。そこかしこで兵士達を打ちのめすものの、隊列を崩すまでには至らない。
「――この時点で彼女の魔力が底をついた、というわけではありません」
報告書を読み上げていた事務官らしき人物が、感情のこもらない声でそう付け足した。
ここはショウという国の城。
その城のさらに奥まったところにある薄暗い室内で、その声は実に陰気に聞こえる。
無理もない。
この報告とはすなわち、エーハンス軍が完膚無きまでに敗北したという報告であったからだ。
各国はこの事態を受けて、慌てて会議を開いた。
古き国ショウで行われる会議に送り込まれたのは、各国の首脳部を構成する貴族達。
大中小と一通り揃った国の代表者――多くは爵位を持つ、領地持ちの貴族達で、むろん国政にも参加している一線級の名の通った者達ばかりだ。
共の者も入れて、総勢で五十人程。その全員が一つの室内に収まっている。
室内には各国の貴族達を迎えるに相応しい、格式の高い調度が揃っていた。特に中央に置かれたテーブルは使い込まれて、鈍く輝いている。古い歴史を誇るショウならではの逸品だった。
そのテーブルの上には、同じく歴史を感じさせる銀の燭台。
薄暗い室内の中でローソクの灯が赤く揺れていた。
この部屋は日中だというのに、カーテンを閉め切り外部から遮断されている。
一応、極秘会議の体裁を整えているのだ。さらに出席者の呼吸がやたらに浅いので、異様な雰囲気が漂っていた。
そして今は、事態を未だ良く把握していない面々にもわかる様に、魔族に代わる新たな災厄についての説明が行われている。
「その、杖の先から出た火の玉については……」
部屋の中の誰かから声が上がった。
「彼女が持つ“光戦の杖”の力によるものです。この杖はこういった火の玉を無限に放つ事が出来ます。もちろん放つ魔力を増幅する力もありますが」
「無限……!」
「ちなみに身につけているローブ“虹の大聖衣”は魔力を自然に回復してゆきます。額にあるティアラは“賢者の冠”」
「それもまた何か……」
「魔法を使う際の魔力の補助、つまり魔力の使用量を半分にします」
絶望的なうめき声が室内に充満する。
その装備の特性報告は、彼女の魔力が尽きることがないと言っているも同じだったからである。
「質問があります」
その時、部屋の隅から声が上がった。
全員の視線が集中する先にいるのは、地味な男だった。
黒いビロードの立派な服を着ているが、男の容姿はその服装に完全に負けている。
茶色の髪、眠そうな緑色の瞳、口元には薄笑い。
従者の一人もいないので、そこまでの爵位を持つ物ではないのか、あるいは小国の代表であるかのどちらかだろう。
「その女性の名は何というのでしょう?」
「ラウハという……名前ですね」
「生い立ちは? 両親は健在ですか? 兄弟は? 親しい人は?」
その男から矢継ぎ早に質問が飛ぶ。
その質問に事務官が答える前に、他の会議参加者から声が上がる。
「すまぬが貴公の御名をお聞かせ願えまいか」
「これは失礼。私はリコウトと申します。トルハランのリコウト」
「おお貴公が……」
ざわざわと声が上がる。
トルハランは南方の小国だったが、ここ近年国力を増してきていた。
その国力増強の要とも言える存在が、この王弟リコウトだということは近隣諸国に知れ渡っている。
そういった話題の人物が、この会議に姿を現したということは、トルハラン王がこの事態を重く見ているということを表していた。
「高名なリコウト殿下にお目にかかれるとは実に光栄です。しかし、先ほどの質問にあまり意味があるとは思えませんが」
どこかの国の代表が、馬鹿にした様な笑いを浮かべながら、リコウトに話しかける。それはものを尋ねる、というよりはたしなめるといった口調だった。
しかしリコウトは、意に介さぬ様子で逆に尋ね返す。
「どうしてです?」
「我々は、彼らに対抗する手段を検討するためにここにいる。貴公が聞いた様な事柄は些末なことではないか。議事の進行を遅らせる様な事は――」
「相手が魔族ではどうしようもないですが、今度の相手は人間であるということをお忘れなく」
リコウトは薄ら笑いを浮かべる。
「彼女の出身はシャングと同じ、クックハンです。スラム育ち。みなしごですので家族はいません。ここ数年の間で親しい人物は、あの一行の三人で全てです」
タイミングよく事務官から説明が行われた。リコウトは深くうなずき、こう告げた。
「報告を続けてください」
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