第4話 適材発見
リコウトに追いついたのは「ランショウジョ」を出たところだった。
リコウトはそれに気付いて、わずかに歩調をゆるめたが振り返ることはなかった。
リリィは早足で歩いて、リコウトの横に並ぶ。
未来の夫は、身体を使う方面はからきしにダメなのでリリィにしてみれば、護衛のつもりだ。
「どこに向かってるんです?」
「遺跡です。イーン時代の廃墟がこの先にあると、先ほどホテルの人に聞きましたので」
「興味がおありなんですか?」
「う~ん」
リコウトは照れたように頭を掻いた。
「イーンがどうこうと言うより、歴史自体が好きなんですよ。広く浅くの類ですが」
「そうだったんですか」
少し驚いて、声をあげるリリィ。
「いやお恥ずかしい。私みたいな悪党には、過ぎた趣味でしょう?」
「そういえば、前にここであった会議の時にもエーハンスの歴史についてお詳しかったですね」
「ああいうのは詳しいとは言いませんよ。常識です常識」
などと言いながらも、その表情はどこか嬉しそうにも見える。リコウトとこういう時間をもてたことを、リリィもまた嬉しく思えたが、状況はそう呑気でもない。
「では気分転換に散歩、というわけではなく本当に観光なんですか?」
意地悪くそんな質問をしたりもする。
「半々と言ったところですね――先ほどの使者の話ですが」
「はい」
いきなりの話題の転換だが、リリィは出来きるだけ落ち着いて返事をした。
「基本的なアイデアは採用です。しかし、適当な候補者を捜すとなると時間がかかりそうですね」
そう言われると、リリィとしては喜んでいいのかどうか迷ってしまう。
「とにかく情報収集です。しばらくはこの国の中で貴女を引きずり回すことになりそうですね」
「ついでに観光旅行もかねますか? とにかくエリアン殿に……」
「大丈夫。もう動いてくれていますよ」
そんな話をしながら、小高い丘を登り切るとその眼下には街跡が広がっていた。崩れた城壁跡に、石で舗装された大きな道路跡。所々に住居跡も見える。
ここがイーン時代の廃墟なのだろう。さらにその向こう側にはロルドの流れ。
確かに、川と共に発展した文明であることが伺える。
「それほど大きくはないんですね。どこかの田舎町だったんですか?」
「とんでもない。ここはイーン時代の首都ですよ」
リコウトは首を振りながら答える。リリィはそれに意外そうな表情を見せた。
「え? でも、それは昔からアマータじゃないんですか?」
ショウはイーンを丸ごと乗っ取ったと言ってもいい王朝である。無論、首都も同じのはずだ。
「名前と大体の位置は変わってないってだけですよ。イーン時代のものをそのまま使っていたら、あっという間に都市機能が麻痺します。もとより国としての規模が違うんですから」
「なるほど」
「それにしても人類は、この小さな街から始まったんですねぇ。やはり来て良かった。何か感動してますよ私は」
「おかしな感想ですこと」
半ば呆れながらリリィがそう答えても、リコウトは気持ちよさそうに遺跡を眺めているだけ。
事前に聞かされていた情報だと、あの二人がショウにやってくるまでにはあと三日ほどかかるということだった。
これほど喜ぶのなら、二人で観光旅行も悪くない、とリリィが思い始めた矢先に二人の背後から声がかかる。
「そこにいるのは、リコウト殿とリリィ殿?」
その誰何の声に敵意はなく、二人はごく自然に振り返り、そこに知った顔を見出した。
「ああ、会議の時の……」
「事務官の方」
「事務官……確かにそう見えただろうね」
声を掛けてきた相手は、ハァとため息をついて、肩を落とした。
明るい陽の下で見ると、その髪の色は褐色、瞳は焦げ茶色。鼻が少しばかり大きいような造作だが、リコウトなどよりはハンサムと言えるだろう。
灰色の上着に黒いズボンという飾りっ気のない、動きやすそうな衣服を身につけている。ただ、その生地の素材自体はなかなかの高級品のようだ。
しかしあの薄暗い部屋の中で、この配色ではそこまでのことはわからなかったに違いない。
もっとも、あの会議の時と同じ衣服を身につけているのかはわからないが。
「僕の名前はターロ・リンシーズ。これでもショウ王家の人間だ」
その自己紹介に顔を見合わせるリコウトとリリィ。リンシーズというのは確かにショウ王家の姓だ。
そしてそれを詐称することは当然死罪となる。それをこれだけあっけなく言ったところを見ると、その言葉に嘘はないのだろう。
偽名を名乗るなら、他に穏便な名前がいくらでもある。
「お二人は婚約だそうで、まずはおめでとう」
なるほど、確かに社交界の事情にも明るいようだ。
「あの会議の時とは随分口調が違いますね」
と、どこか呑気そうにリコウトが応じると、ターロは寂しげに笑った。
「仕事だからね。知ってるかい? ショウ王家の人間だと名乗ることが出来る者が、この国に何人いるか?」
突然の問いかけに、リコウトは肩をすくめリリィは首を傾げる。
「三十人ぐらいですか?」
予想より少し多めにリリィは答えてみた。
「実は二百七十八人」
「一つの国が長く続くと、王家とはいえ傍系の家系は凄いことになるんですよ。三桁ぐらいはあるとは思っていましたが」
ターロの答えに、なぜかリコウトが解説をする。横からかっさらわれたターロは不満そうな顔をしたが、リリィにしてみればどちらから種明かしをされても同じ事だ。
感心して、しきりに頷いている。
「で、傍系中の傍系であろうターロ殿は何かご用ですか」
その言葉には、言外にショウの王宮でも自分達の動きを知っているのか探ろうとする意図がある。リリィはそれに気付き、次のターロの言葉に耳を傾ける。
「これも仕事。歴史あるイーンの遺跡の管理」
「その実態は?」
「一日一回、グルリと見回るだけだよ」
リコウトの言葉に軽快に応えておきながら、その後でがっくりと肩を落とす。どうやら今の自分の状況に相当な不満があるようだ。
「で、でもあの会議の議事進行を任されていたんですから、信頼されているんでしょう?」
リリィはそう言ってターロを慰めるが、ターロはその言葉にも冷めた笑みだ。
「ショウとしては大陸の盟主っていう建前があるから頑張ったわけだけど、本音としてはあんな会議開いても大して嬉しくもないんです。かといって、各国の大貴族が集結するわけですから、めったな者をあてがうわけにもいかないでしょう? それで使い勝手のいい、私が選ばれたんです」
なるほど、とリリィが頷く横でリコウトはいまいち理解できないのか、首を傾げている。
そこでリリィは、貴族がいかに保守的であるか――平民が自分達の会議に紛れ込むことを嫌がる――を説明して、リコウトはそこでやっと理解した。
「リコウト殿は、本当に貴族の生まれではないんですね」
その様子を見て、ターロは感慨深げに呟いた。
リコウトはそれに敏感に反応して、
「ええ、貴族どころかスラムの生まれですよ私は。父親どころか母親の顔も知りません」
と、リリィにも言ってなかったようなことをさらりと口にしてのける。
リリィは驚くが、ターロの方はむしろ羨ましそうな口ぶりで、
「それが今や、トルハランの王弟。しかもあの凶暴な連中を捕まえていると言うんだから……僕の取り柄なんか、生まれが王族だというぐらいだなぁ」
「それでも仕事を任されるのですから、実績はおありなんでしょう?」
と、今度はリコウトが慰めのようなことを口にした。
「実績と言えるかどうか……とりあえず血縁だけを頼りに、仕事を求めて宮廷に出たら、雑用ばっかり押しつけられて。それをまぁ過不足なくこなしてきたから、便利な奴ぐらいには思われているのかもしれないな」
「ほほぅ。では宮廷の方々とは見知り合う機会も多いでしょう」
「機会だけはね」
「先ほど、血縁を頼りに宮廷に出向かれたとのことですが、それは簡単に証明できるものなんですか?」
「ああ、それは一応形見分けみたいな物があって、僕の場合はこれだね」
と言ってターロが懐から取り出したのは、翡翠製の小さな置物だった。こうやって身に付けているのは、それが身分証明代わりなのだろう。
「よろしい完璧です」
リコウトはいきなり宣言した。
リリィはそれで事態を察したが、ターロの方はリコウトが何を言っているのかわからない。疑問符付きの顔をリコウトへと向けるが、それに答えてやるような男ではない。
「エリアンには無駄足を踏ませることになりましたが、私達二人の幸運と、うってつけの使者を見つけたことで許してもらいましょうか」
リコウトはそう言って、実に
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