第5話 未来のために

 リコウトは左手で右肩を押さえ、ゆっくりと街へ向かっていた。


 ちぎれた瞬間に筋肉が収縮したのか、それとも傷口自体を灼かれたのか、幸いにして出血量はさほどでもない。ただ、幾分かバランスが取りづらいのが難点だ。


 街中で、またあの光。


「馬鹿の一つ覚えか……被害はあの一回ぐらいで収めて貰わないと……リリィに怒られる」


 言わなくてもいい独り言が、口から漏れてくる。


 シャングを捕らえるための計画はすでに半ばを過ぎていた。

 あとはエリアンと部下達の仕事だ。


 ザイオンに会わなければ――きっとこの片腕がない姿は役に立つ。


 生き残ると決めてしまうと、やらなければいけない面倒なことが次から次へと頭の中に浮かんでくる。

 俺はシャングがいなくても、生きていくしかない。


 つもり始めた雪の上に、赤い血が落ちる。








 シャングはいつの間にか自分が城の中にいることに気付いた。


 エリアンは時々姿を見せるが、すぐに移動呪文で逃げてしまう。それを追って行くうちに、こんなところに引きずり込まれてしまった。


 見通しが悪い。


 これではブリッツ・ペネトレイトが使えない。


 エリアンがドッペの能力も手にしているのなら、城のどこかに潜まれていた場合、こちらが構えた一瞬に間合いを詰められて、首を落とされる。


 ドカン! ドカン! ドカン!


 城の壁が連続して爆発する。ラウハの“集爆”の呪文だろう。


 砕かれた石の粉が舞い上がり、視界を塞ぐ。ドッペの力を得たエリアンが忍び寄ってくるかもしれない。恐慌状態に陥ったシャングは滅茶苦茶に“白銀の太陽”振り回す。


 石煙は引き裂かれ、シャングの視界は回復する。


 そこに飛び込んでくる“斬風”の呪文。フーリッツの得意呪文だ。


 三首の青龍が反応して、呪文をはじき飛ばす。が、その反動でシャングの身体は弾き飛ばされた。


 それでも、シャングは体勢を崩さない。


 “白銀の太陽”を青眼に構えたまま、呪文が飛んできた方向を睨みつける。


しかし、そこに人影はいなかった。


 シャングはその方向へと進むしかない。こうやって引きずり込まれたわけだが、それに対応する方法を考えている暇はなかった。


 シュパッ!


 間一髪のところでかわしたが、今度は“光閃”の呪文だ。

 エリアンは、絶妙のタイミングで呪文を送り込んでくる。


「かわしましたか。さすがにその鎧もあれだけの高速呪文には対応できないようですね」


 エリアンが姿を現した。

 その手には、長剣が提げられている。


 ドッペの能力を身に付けているのなら頷けることだ。


「だんだん調べが付いてきましたよ。そろそろ本気で行きましょうか」


 その言葉にシャングが、迎撃姿勢を取る。


 しかし、エリアンはまたもその前で消え失せてしまった。


 ガンッ!


 シャングは“白銀の太陽”の切っ先を磨かれた床に叩きつける。






 街にたどり着いたリコウトは城を見上げた。

 もう城は外観をとどめてはいない。


 ザウンドはきっと蒼くなっているに違いない。


 この期に応じて、馬鹿貴族共を一掃したくなるが、今自由に出来る部下はいない。

 全員城に乗り込んで、どんちゃん騒ぎの真っ最中だ。


 ドカン!


 また城で爆発が起こる。


 いい加減、傷も痛み始めてきた。正常な反応とはいえ、この状況下ではいささか鬱陶しい。酒の力を借りたいところだが、賢明にも街の人間は家の中に閉じこもって出てきてくれそうにない。


 雪はますます勢いを増し、視界を白く染め、足下を不如意にする。


 いや、雪のせいではなくこれは本当に目が霞んできたのかもしれない。


 さすがに腕をちぎられた経験はないから、計算が甘かった可能性もある。


「リコウト殿?」


 声が掛けられた。覚えのない声だが、こちらの名前を知って“殿”まで付けている以上、宮廷関係者か。

 目を向けてみると、まだ若そうな貴族……貧乏貴族といったところだろう。


「その姿は? 他の方々は!?」

「失礼、卿は?」

「あ……そうですよね。私はラビア・ランドカー。男爵位だけは受け継いだので、なんとか……そんなことより、その腕!」


 言いながら、その若い男爵はリコウトの右肩に手を当てる。

 そしてラビアが何かをもごもごと呟くと、途端に痛みが引いてきた。


「治癒呪文……使えるんですか?」

「はぁ、なぜかこれだけは得意なんですよ」


 照れた笑みを浮かべる男爵の顔を見ながら、リコウトは思う。


(見たかシャング。呪文を使えるのはお前達だけじゃない。戦えるのもお前だけじゃない)


「リコウト殿は、どうしてこんなところに? シャングの方は?」

「そちらは今、部下がやってくれています。男爵こそ、どうしてこんなところに?」


 同じ文言を繰り返して、尋ねるリコウト。


「あ、はい。街の方々を誘導しようと思ったんですが、さすがに都会の方々はこんな事態にも落ち着いているんですね。田舎貴族の出る幕はなかったようです」


 ラビアが肩から手を放す。リコウトはそんな相手に笑みを見せた。


「貴方は貴族の鑑ですね。傷の方は助かりました。私はこれから陛下に会わねばなりませんので、これで失礼しますよ。ああ、被害は城だけで収まるように計算していますから、あとのことはご心配なく」


 リコウトはラビアから離れ、再び街の中を城へと向かって歩く。


「リコウト殿!」


 その背中にリビアが声を掛ける。ちぎれた肩越しに振り返るリコウト。


「この国を頼みます!」


 その言葉に目を見張るリコウト。そして手を振ろうとして、そこに自分の腕がないのに気付いて、改めて左腕を振る。


 振りながら笑った。

 ドンドンとしがらみが増えてくる。


 最大のしがらみは、左手の薬指だ。その薬指にしてからが、スレイのわがままがなければ一瞥だにしなかっただろう。


(一番先が見えていたのは、スレイなのかもしれないな……)


 リコウトはそんなこと思いながら、雪の中を進む。 

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