第4話 追い詰められたシャング
城の崩壊は止まらない――
崩れ落ちた城壁が、地面に激突するたびに地響きが二人が立つ野原にまで伝わってくる。
「種明かしをしましょうか。あれはラウハの力ですよ。まだ慣れていないので、暴走しているんでしょう」
リコウトの言葉遣いが変わったことに、シャングは戸惑っている。
「私の言葉遣いが不思議ですか? 全てあなたを追い込むためですよ。今の今まで自棄になっていたんですが、ここまであなたを追い込むために、色々としがらみが増えていたことを、城が崩れたことで思い出すことが出来ました」
リコウトは薄く笑う。
「私にも自由はないんですよ」
「何の話だ? ラウハはどうなったんだ!」
シャングの叫びに、リコウトは笑顔を向けた。
「あなたが知らない魔法の武器がありましてね。その効果は“相手の能力を自分のモノとする”です」
その武器によって、ラウハの能力を奪った。
そう言いたいのだろうと察して、シャングは鼻で笑った。
「おや、信じられない。そんな便利な武器があれば自分達が先に使っているとお思いですか? でも、それには理由があるんですよ。何しろそんなに便利な武器ですから、能力を発揮するには、色々と面倒な手続きが必要でしてね」
リコウトは人差し指を立てて、説明する。
「その武器にはね、宝石が嵌っているんです。まず、その宝石に能力を奪いたい相手を映し出す。そして、時間を掛けて儀式をして、それから改めて相手の心臓に正確に突き刺すんです。もちろん相手は死にますが、それで能力を奪うことが出来ます」
シャングの顔が歪む。
「こんなもの魔族相手には使えないでしょう? それがあなたが知らない理由です」
「その武器を使ったって言うのか?」
「使いました。あなたも見ているはずですよ。あの短剣です」
――そうか。
とシャングは思わず納得してしまった。
フーリッツは、この男からの使者の身分証明ぐらいにしか考えていなかったようだが、先程言ったことが本当なら、それぐらいの罠を張ってくるだろう。
五年前に、その陰湿さ執拗さは身に染みて知っている。
「ご納得頂けましたか。今、あの三人の能力は一人の男の中に集約されようとしています」
それは、シャングにとっても十分驚異的な戦力になる。
シャングの頬を冷や汗が伝う。
ドド~~~~ン……
その時、再び城が内部から突き崩された。
「エリアンにも困ったモノですね。あなたを殺したくてうずうずしているらしい」
「え、エリアン?」
「一番最初に、あなたの前に現れたでしょう? 無表情な男ですが私の長年の仲間でしてね……そう、友人と言ってもいい」
リコウトの緑の目が細められる。
「スレイのことも随分可愛がってくれましてね……ああ、もう今この場であなたを引き裂きたくてたまらない!」
リコウトが一歩前に出る。
すると、シャングはそれに押されるように後退する。人類史上最強の戦士が、たった一人の男の迫力に負けて後ずさったのだ。
「あなたは確かに強い。だから少しでも万全を期すために、私などよりは運動神経のいいエリアンに役目を譲りましたけどね……」
シャングはたまらず、構えをとる。
最大最強の必殺技「ブリッツ・ペネトレイト」。
その切っ先はまっすぐに、リコウトを捉えていた。
「私を殺したいならそうすればいい。どちらにしろこちらにはフーリッツが付いているのも同然です。どうせエリアンが生き返らせてくれます。ああ、そうだエリアン」
リコウトは平然とシャングへと近付いてゆく。
「彼はね、最後の最後まであなたを追い続けた人間です。こう言えば思い出しますか? あなたの立ち回りそうな先を真っ赤な血で染め上げたのは、全部彼の仕業ですよ」
ザン!
シャングが左足を踏み込む。
「うわあぁぁぁぁーーーーー!!」
そして吠える。剣を突き出す。光の奔流がリコウトへと突き進む。
しかし、その狙いは微妙にずれていた。必殺の技はリコウトの右側を駆け抜けてゆく。その余波でリコウトの右腕は吹き飛び、影も形もなくなったが、リコウトは生きていた。
それどころか、さらに近付いてくる。
「“必殺”じゃなかったんですか、その技は」
右腕がちぎれた肩から血を滴らせながら、それでも変わらぬ声音でリコウトが聞いてくる。そのあまりにも平然とした態度に、シャングは戦慄した。
「しっかり殺してくれないから、この有様です。一つ聞いておきたいんですが、フーリッツの治癒呪文はこういった場合、どのぐらい治してくれるんです?」
――まずい。
シャングの頭の中で警告が鳴り響く。
この男の様子では、能力を奪う短剣の話は間違いなく本当だ。
それが本当だとすると、ここで終わってしまう。
さらってきた商売品の子供に手を出してから、世界は発狂してしまったかのように自分を追いつめ続ける。
それに必死で抵抗してきた。
止まってしまえば死んでしまうことがわかっていたから。
死にたくない。
死にたくないから、どんな敵にも立ち向かった。敵と戦っているうちは生きていられる。
敵がいるから生きていられる。
――けれど、強すぎる敵はダメだ。
シャングはリコウトの脇を抜けて、城へと走り出した。
リコウトはその背中を黙って見送った。
そして残された左手の薬指に光る指輪を見て、こう呟いた。
「……死ななかった、な」
シャングは城へと向かう。
城の崩壊の様子から見て相手は、上手く力を使いこなしていない。今のうちに仕留めなければまずいことになる。
野原を駆け抜けると、石畳で舗装された大通りへと出た。
その先に、崩れた城と街を囲む城壁が見える。城壁には西門と呼ばれている大きな城門があった。
それは見慣れた風景だった。何しろここはシャングの故郷なのだ。
西門をくぐり抜け、右に曲がると――
曲がると――
シャングの足はさらに速まる。
城の崩壊で門の番兵は仕事を放棄していた。昼のことなので城門も開いている。
門をくぐり抜けて、右へと曲がる。城とは逆方向だが、シャングは行かなければいけないところを思い出した。
街の住人の何人かが自分のことに気付いたようだが、邪魔をしなければそれでいい。
向かう先には壁の漆喰が崩れた、みすぼらしい小屋が一軒。
扉を開けるのももどかしく、蹴り飛ばす。
「かあ…………さ……ん」
母親がいるはずの家だった。
しかし、いない。それどころか家の中全部が紅く染まっていた。しかもひどく生臭い。
「君の母親の血ではない」
真っ赤な部屋の中、無表情な男が立っていた。
飾り気のない軍服には見覚えがあった。しかもあの短剣を持っている。
「君の母親は数年前に自殺した。我々が君のしたことを微にいり細にいり語って聞かせて差し上げると、翌日にはこの家で首を吊って自殺した」
無表情のまま、その男――エリアンは語り続ける。
「君が年端もいかぬ少女をさらい、欲望のままに犯し抜いて、死に至らしめたと教えてやったら『世間に会わせる顔がない』と言って、君のことを信じることなく、そのまま首を吊って自殺した」
「うおおおおおおおおおおお!!」
シャングは白銀の太陽を構える。
「この真っ赤に染め上がった家が、私からの宣戦布告だ。さあ――」
無表情な男が笑った。
「五年前の続きをやろう」
「貫けーーーーーーーーーー!!!」
白い光の渦巻きが、エリアンがいた空間を貫いた。
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