第7話 終わりは人の手で

「な、何故儂が……」


 そう言い返しながら、ザウンドの目はリコウトの右肩を注視していた。


 リコウトの言う“陣頭”に出れば、尋常ならざる危険があることは明白だ。


「私にはこの国の兵を動かす権限がありません」

「ならば、マシイ侯のもとへ行け」


 マシイ侯というのは、クックハンでの軍事を何となく担当している大貴族だ。


 いい加減な政府機能しか持たないクックハンの王宮では、“何となく”という言葉はよく使われる。


「すでに訪問しましたが、不在のようで」


 リコウトは首を振りながらそう答えた。


「この非常時にか!?」

「非常時だからでは?」


 無慈悲に言い返すリコウトに、ザウンドは喉の奥でうなり声を上げた。


「陛下、どうか兵達にご指示を。あと一歩のところで逃がしたとあっては悔やんでも悔やみ切れません。それに、このような醜態を晒したとあっては各国からも嘗められてしまいます」

「し、しかしだな……」


「残念です。私に兵を動かす権限があれば、この腕の復讐も出来るのですが」


 無念そうに呟く、リコウト。

 その言葉にザウンドは勢い込んで、リコウトの残された左手を握りしめた。


「お主、そのような姿になってもまだ戦うつもりなのか?」

「当然です」

「ならばお主に、権限を貸与しようではないか」


 その言葉に、リコウトが笑みを浮かべたことをザウンドは気付かない。


「陛下。我が身への過分のご信頼には感謝の言葉もございません。このリコウト、必ずや陛下のご期待に応えてご覧に入れます」


 そこでリコウトは、頭を上げる。


「ただ、いくら私が『陛下の許しを得た』と言っても現場の兵士達が納得するかどうか……」

「また書状が必要なのか。しかしどうすれば……」


「この休憩所にも、レターセットぐらいはありましょう。ただ便箋というのはいかにもよろしくない。出来ますれば陛下のお召し物に一筆頂きたいのですが」

「な、なるほどの。今は危急の折、お主の判断が正しかろう」


 ザウンドはそう言って、袖をちぎり取り、ペンを見つけてそこにさらさらと、リコウトに兵権を貸与する旨を書き付けた。


 そして最後に自分の署名。


 その署名が後々自分の首を絞めることになろうとは――ザウンドには知るよしもなかった。









 考えることは出来る。


 いやそれだけではない。目も見える。音も聞こえる。鼻も効いた。

 何かが鎧の隙間からしみこんできているのも感じることも出来る。


 ただ、身体だけが動かない。大広間に仰向けに寝転がったまま、身動きがとれない。

 何が起きたのかわからない。


 あの短剣を握りしめた。その瞬間に鈍い痛みが短剣を握りしめた手に走った。


 そして、今の状況に陥っている。


「――最も多くの命奪った人類の武器。即ち答えは“毒”です」


 あの男――リコウトの声が聞こえる。


「そう教えてあげたのに、しっかりと引っ掛かってくれましたね」


 眼球だけはかろうじて動く。声がした方向に動かしてみると、何故かちぎれた袖を持って近付いてくる片腕になったリコウトの姿が見えた。


リコウトは軽い足取りで近付いてくると、そのままシャングの胸の上に乗った。

 シャングは身をよじろうとするが、もちろん身体は動かない。


「あなたの鎧は厄介なので漆喰で固めさせて貰っています」


 この冷たい感触は、漆喰のものか。


「だから、こんな真似も出来ます」


 言いながら、リコウトはシャングの顔を踏みつける。


「ああ、これでだいぶスッとしました」


 実に晴れ晴れとした声をあげるリコウト。


「もうお気づきでしょうか、実に便利な短剣の話は真っ赤な嘘です。あなたが遭遇した攻撃の数々は私の部下が色々な手法で行っていたものでして、見えますか?」


 その言葉を合図にシャングの周りを、明らかに堅気ではない連中が取り囲む。


「人間、頭を使えば色々出来るものです。もちろん呪文を唱えることが出来るのもあなた方の仲間だけではないんですよ。世の中の広さを思い知りましたか?」


 にっこりと笑うリコウト。


「ここまで協力してくれた部下達に報いるためにも、そろそろあなたの身柄を渡さなければなりません。ただその前に私の昔話につきあってくれますか」


 リコウトはシャングの胸の上でしゃがみ込む。


「あなたが知っているかどうかは知らないが、あなたの仲間だったフーリッツは子供の頃にある犯罪組織を壊滅させている。で、その残党が南に逃れてきて作り上げた組織が、ファーガニスというわけです。あなたがいた組織ですね」


 リコウトは思い出話でもしているように、終始笑顔のままだ。


「あの組織がなければ、あなたも余計なことをせずに済んだかもしれない。ああ、勘違いしないで下さい。別にあなたを許そうってわけじゃないんです。ただ、今この事態の事の起こりは何だったんだろうって、フーリッツの報告書を見てからずっと思っていたんですよ」


 もちろんシャングには何も答えることが出来ない。リコウトの方もそれをわかってやっているのだから、返答を期待しているわけではないのだろう。


「多分、考え続けても始まりは多分わからない。それはわかってるんです。だけど――」


 リコウトは左手で、シャングの頬を殴りつけた。


「終わらせることは出来るんです」


 リコウトは立ち上がり、シャングの胸から下りる。


「さて、これで私の話はお終いです。後は任せましたよ」


 リコウトがそう言うと、シャングを取り囲む男達が一斉に頷いた。


「皆があなたを八つ裂きに引き裂いても収まりがつかない、そういう男達です」


 リコウトの声が震えている。


「お前の人生はこれで終わりだ。ただ――」


 シャングの視界一杯には獰猛な笑みを浮かべた男達の顔、顔、顔。


「――簡単に終わるとは思うなよ」


 そう言い残して、リコウトはその場を立ち去った。


 こうして、人類の救世主、史上最高の英雄は断末魔の悲鳴を上げることも出来ずに、始末された。


 そして魔族の時代は終わり――


 ――人類の時代が始まった。

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