第13話 ゴールか墓場か

「隠すつもりなら、もう少し嘘を混ぜた方がよろしかったと思いますよ」


 リリィはそう言うが、それにはリコウトも反論する。


「将来的には貴女を味方にしておきたかったんです。それにはまず正直であることが一番だと思いまして。それに貴女の頭脳がどれほどのものであるかは、実際妹の言葉しか裏付けるものがなかったものですから」


 さらりと妹がいたことを認めている。 


「あまり正直だったとも思えませんが」


 リリィも、その妹のことには触れない。


「そこはそれ性分なんでしょうね」

「シャング達を捕らえる理由は裁判に掛けるためというのも嘘ですか?」


 リリィはリコウトの言葉にいちいち構うことをやめたようだった。


「貴方は彼らを捕まえることで、各国に圧力を加えることに成功しています。処刑するためとはとても思えません……が」

「が?」


「あの時の貴方の言葉もまた嘘ではない。それに交渉材料として使うのなら、生存させることにこだわる理由はない。生死不明でもいい。彼らの戦闘力は抱え込むには危険すぎる」


 ――つまり。


「矛盾している」


 リコウトは笑うしかない。これがあの自分に振り回されっぱなしだった貴族のお姫様だろうか。自分とどっこいの悪党ではないか。


 もとより、父の七光りだけでなくクックハンでも少壮の政治家として名の通ったリリィだ。政治家の一要素として“清濁併せ持つ”という部分が欠かせないとするのなら、確かに今のリリィは“濁”の部分が多く露出している。


「貴方の戦略がこのまま進めば、貴方は世界を征服――名目上そういうことになりますね」


 エーハンスが壊滅し、ツジョカとザマの戦力が削られた今、比較的魔族の被害が少なかったクックハンの軍事力は相対的に増大したことになる。


 そして、そのクックハン最大の驚異、トルハランの実力者がクックハンの貴族令嬢と結婚するとなれば、クックハンにもはや後顧の憂いはない。


 その軍事力は大陸を睨みつけることが可能だ。


 北と南を入れ替えて、かつてのエーハンスを代行できる国家の誕生ということになる。


 この相対的な軍事大国を暴走させては元も子もないので、結局のところリコウトは手綱を握るためにクックハンを乗っ取らざるを得なくなる。それが彼の責任だからだ。


 結果としてそれは、大陸を統一する――世界を征服する力を手中にすることとなる。


「しかし、それは復讐の純度を濁らせる。復讐を口実に世界を求めた――そういうことになりかねない。ここにも矛盾があります」

「それは貴女の解釈なのではありませんか」


「それはリコウト様ご自身で判断できるはずです。この解釈は、貴方の立場ならどういったことになるのかという……おわかりでしょう?」


 と最後に、本人に尋ねてしまうあたりが弱いが、リコウトとしても薄笑いを浮かべるしかない。


 彼自身、そう言った矛盾が自分の中にあることを自覚していた。


 ただそれを他人から指摘されるというのは実に複雑な心境だ。正直、リリィを殺してしまいたい気持ちで一杯だが、そうするとスレイとの約束が果たせない。


 結局、あらゆる意味での解決策はこれしかない。


「話が大きく展開しましたが、結局のところ私は貴女と結婚できるんでしょうか」

「はい、と言わなければ私を殺すおつもりでしょう」


 一瞬の空白。


「はい。今も殺したくてうずうずしてます。何しろ殺すための条件が揃いすぎていますから」


 本当に正直に答えるリコウト。


「でもダメです。貴方がエーハンスに攻め込ませたのではないということを確認したので、今の時代における私の役目も決まりました」


 そう言いながら、リリィはソファから立ち上がる。


「は? いや、何を……」


 立ち上がったリリィから逃げるように、リコウトは後ずさる。驚くべき事にリコウトの生涯の中で初めての、何の策略もない混じりっけなしの後退だった。


 ――これから先、何度もそう言う羽目に陥ることになるのだが、さすがのリコウトもそういった自らの運命は予測できない。


 逃げるリコウトの襟元に、リリィの白い指が絡みつく。引き寄せる。

 そして、自らの唇をリコウトの唇に押しつけた。

 色気も何もない、キスであるという体裁を整えただけのものだったが、


「……貴族のキスは婚約の証です。これが私の答えです」

「役目というのは?」


 平然と、と言うよりは呆然とした様子でリコウトは聞き返す。


「世界の支配者たる貴方の側にいて、その耳元で小言を言い続けることです」


 それを実に蠱惑的な笑顔で言ってのける。リコウトならずとも、逃げ出したくなるような笑みだ。


「あの~、何か重大な行き違いか誤解があるような気がするんですが。私はそこまで危険人物ですか?」

「ええ」


 迷いもなく答えるリリィ。


「貴女ご自身のお気持ちは?」


「私は貴族ですよ。個人的感情を優先させるつもりはありません。それよりも貴方の戦略には賭けるものがあると判断しました。自国の安全、領地の安堵、大陸の平和、シャング達がもたらした混乱を回復するためには、それが最適だと判断します。その戦略の中に私との婚姻があるのなら、喜んで従いましょう」


「ありがたい話です」


とリコウトは答えながらも、その笑顔はどこか怯えた色を見せている。


「もちろん、妻としての勤めも果たすつもりですよ。さしあたって貴方が欲するところは、このままソファに寝転がって眠りたい。そうではありませんか?」

「まぁ、そういう欲求があるのは認めましょう」


 皮肉っぽく応じるリコウト。眠いのは確かだが、どう考えても今すぐは眠れそうもない。リリィがソファを明け渡してくれたとしても、気分が昴ぶっているので――


「心が昴ぶって眠れませんか? 手伝ってあげましょう。膝枕がいいですか? 眠るまで子守歌を歌ってさしあげましょうか?」


 リコウトの肩がブルブルと震えている。


「……この、くされ女」


 この台詞がこの二人の長い戦いの始まりの合図だった。









 ――そして夏が終わる頃、トルハランの王弟リコウトとクックハンの伯爵令嬢リリィの婚約が正式に発表された。


 それと同時にリコウトがラウハとドッペをすでに捕らえており、近々処刑を行う旨も大陸中に通達された。


 各国の宰相級の貴族が、大陸のパワーバランスが大きく南に傾いたことに気付くのは、もう間もなくのことである。


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