第24話

 俺は目を細め、じっと目を凝らした。そして、唇の端を上げて胸中で喝采を上げた。

 予想通り、影は動きを止めたのだ。目くらまし作戦は大成功だ。


「クランベリー、目は大丈夫か?」

《はい!》

「付近の影共を斬ってくれ! 俺はカプセルの方を狙撃する!」

《分かりました!》


 クランベリーの駆るサムライの機動性能には、今回も驚かされた。腕を眼前に掲げた影たちに、容赦なく斬りかかっていく。

 陽光を受けて、赤い装甲板が鮮やかに浮かび上がる。急旋回と斬撃を繰り返し仕掛けていくその姿は、まるで踊っているかのようだった。


 俺も負けてはいられない。ここで活躍すれば、再び俺たちは『前向きな』記者会見場に立てる。クランベリーだけにスポットライトを浴びさせるものか。


 俺は右腕を上げ、左腕を添える。トリガーの握り方次第で出力を調整できる電磁砲。その特性を活かし、的確な威力の砲撃をカプセルに叩き込んでいった。


「ハヤタ、すぐにDFに戻ってくれ! 俺が援護する! 後で合流するから、戦闘宙域を抜け出すんだ。船内の設備でできる限り調べるんだ、ジードの遺留品を!」

《了解、無茶すんなよ! クランベリー、お前はどうする?》

《私も先輩と一緒に援護を――あ》

「ど、どうした?」


 サブディスプレイにサムライの姿を捉える。影共を一通り退治して、やや後退したところだった。


「だからどうしたんだよ、クランベリー?」

《燃料切れです! 至急帰還せよとの表示が出ています!》


 ああ、そうか。重力下ではないとはいえ、あれだけアクロバティックな戦闘を繰り広げたのだ。燃料など、あっという間に切れてしまって当然だ。逆に、ここまで機動力を落とさなかったクランベリーの操縦技術が卓越していたともいえる。


「影はもういないみたいだな。あとはカプセル五、六個を狙撃するだけだ。クランベリー、お前もDFに戻ってろ」

《で、でも、先輩一人で……》

「お前、俺の腕前を疑ってるのか?」

《い、いえ! そんなことないですよ!》


 俺は一つため息をついてから、余裕綽々といった風に不敵な笑みを浮かべてみた。


「俺はお前に活躍の場を奪われっぱなしだったからな、たまには仕事をさせろ!」


 するとクランベリーも息をついた。どこか安堵した雰囲気が伝わってくる。


《分かりました。どうかご無事で!》

「おう!」


 瞬く間に遠ざかっていくサムライ。その軌道を数秒間見つめた後、俺は再び電磁砲を構えた。


「近づかせやしねえからな、てめえら!」


 出力三十パーセントでの連射。反動が小さいが、カプセルを消滅させるには十分だった。


「あと三つ!」


 大声で自分を鼓舞しながら、俺は三連射。右腕に、機体が受けている反動が伝わってくるが、大したことはない。骨折した右腕でも問題ないくらいだ。


「よし……」


 ちょうどエネルギー充填マークが表示されたところで、俺は電磁砲を背部の電力供給ボックスに入れた。こうしておいた方が、再充填完了までの時間が短縮できる。


「さて、戻りますかね」


 そう呟いた、次の瞬間。

 耳を聾する警報音が、コクピット全体を揺さぶった。赤色灯がパトランプのように回転し、ビリビリという電子音が俺の皮膚をざわつかせる。


「何だよ、おい!」


 慌ててコンソールに目を戻す。そこには、高熱源体急速接近中との表示と方角が示されていた。しかし、俺が方角を読み取る前に、今度は機体全体が狂ったように回転した。


「ぐあっ!」


 背部から狙撃された。そう察するまでの間が、致命的なタイムロスとなった。電磁砲を構えようとした矢先、右腕が斬り飛ばされたのだ。


「もう一機!?」


 狙撃仕様機と近接戦闘機による、見事なコンビネーション。お陰で俺自身は、見事に傷一つ負わなかった。

 さっさと殺せばいいところを、みすみす生かしておく攻撃。この掴みどころのない、しかし確かな狙いがあることを感じさせる違和感は、ここ一ヶ月で何度経験してきたことか。


「舐めやがって!」


 俺は、五メートルほどの刃を持つ電磁サーベルを腰から抜いた。人間サイズに当てはめてみれば、護身用として扱うのが精々だ。

 左腕で柄を握り込み、すぐさま索敵。しかし、その必要はなかった。


「正面かよ!」


 先ほどの狙撃でバランサーの狂ったダブル・ショット。その真ん前から、モスグリーンのSCRが猛スピードで突っ込んでくる。

 俺は自機の左腕を振るったが、遅い。見事に両足を切断された。と思った次の瞬間には、Uターンをきめた敵機が背後から迫り、頭部を蹴り飛ばした。

 メインディスプレイを始め、一瞬で各種センサーがダウンする。今更DFに救難信号を出すこともできない。

 二発目の狙撃を受け、左腕も消し飛ばされる。俺は見事に、無傷のまま無力化された。


「くっ……」


 もはやまともな姿勢制御すら叶わないダブル・ショット。それを嘲笑うかのように、ゆっくりと接近してくる近接戦闘機。すると、相手は右の拳を差し出した。何だ? ロケットパンチか?


 俺はコクピットが潰される瞬間を想像し、身震いした。これまで経験したことのないような寒気が、足先から頭頂を貫く。だが、相手の腕から飛び出したのは、拳ではなかった。


「ワイヤー?」


 カーボンファイバー特有の、艶のない黒色のワイヤーが、こちらに向かって射出された。それは先端が回転し、こちらの機体を絡めとる。ちょうど腰のあたりをぐるぐる巻きにするような感じだ。

 そうか。身動きできない俺を、このまま引っ張っていくつもりなのか。しかし、どこへ?


 相手が軍とも公安ともつかない中で、これは全くの謎だった。俺は真っ暗になったコクピット内で、小一時間ほどを過ごした。不安と怒りに苛まれながら。


         ※


《コクピットを強制開放する》


 野太い男の声がした。どうやら俺は、重力の働く範囲内にまで連れてこられたらしい。地球か? いや、SCR単体で大気圏を突破することは不可能だから、別な宇宙ステーションだと見た方がいいだろう。

 すると、実に呆気なくコクピットは開いた。上から下へと扉が跳ね上がるように。


 俺はひとまず、深呼吸を試みた。清浄な空気は、十分確保されているようだ。重力があるのは体感済みだから、ここも宇宙ステーションなのだろう。

 すると、コクピットに差し込んで来ていた光に影を落とすようにして、人影が二、三こちらを覗き込んできた。


「カイル・フレインだな?」


 先ほどと同じ、野太い声がする。図体のでかい男だ。


「ああ、そうだよ」


 吐き捨てるように述べた俺に向かい、男は名乗らずにこう言い放った。


「我々は、クラック・ドルヘッド大佐の命令で動いている。命が惜しいというのなら、一つご協力願いたい」

「何だって?」


 俺が驚いたのは、命を奪われるかもしれない、という部分ではない。そんな脅し文句は、耳にタコができるほど聞かされている。問題なのは、『クラック大佐の命令』という部分だ。


「おい待てよ、大佐が命令しているのか? 俺をとっ捕まえたのも、大佐の指示だっていうのか?」

「早く降りろ」

「だったら質問に答えろよ! 大佐は一体何を考えて――があっ!」


 俺は言葉を続けられなかった。身を乗り出した際、右腕を蹴飛ばされたのだ。程度が軽かったとはいえ、骨折は骨折、重傷だ。俺はほぼ上半身の右半分が不随の状態に陥った。


「ぐっ……」


 激痛で涙が浮かびそうになる。呻き声が歯の間から漏れないようにするのがやっとだ。

 俺は無事だった左腕を引っ張り上げられ、無理やりコクピットから引きずり出された。


「だから大佐は? 何て言ってたのか、もっと詳しく教えろよ!」


 強がって見せたものの、今度は左頬に鉄拳を喰らった。唇が切れ、鮮血が舞う。

 このくらい、酒場の喧嘩ではよくあることだが、今はまるっきり状況が違う。俺はきっと、非公認の特殊部隊に遭遇し、罠に嵌められてしまったのだ。

 そう思うと、心臓のあたりが冷たくなるような感覚に囚われた。

 その時だった。カツン、カツンという、聞き慣れた足音が響いてきたのは。


「これこれ、客人には礼儀を払わんか。これでは、お前たちを擁する私の品格が問われてしまうぞ」


 この声、やっぱり……!

 と思った直後、俺を降ろそうとしていた連中はすぐに床に降り立ち、ザッと音を立てた。敬礼しているところなのだろう。


「聞こえるかね、カイルくん? 私だ。クラック大佐だ」


 この場には似つかわしくない、穏やかな声音。間違いなく大佐本人のものだ。


「た、大佐……」


 俺は口元の血を左手で拭い、そのまま左腕と両足を駆使して、コクピットから這い出た。

 

「おお、災難だったな、カイルくん。右腕を骨折したと聞いているが、もう大丈夫なのかね?」


 そんなわけねえだろうが。内心毒づきつつ、俺は質問を返した。


「何があったんです? どうして俺を捕らえたりしたんですか? 殺しもしないで」

「是非君に協力してもらいたいことがあってね。少しお時間を頂戴しよう。さあ、降りて」


 俺は言われるがまま、金属板でできた宇宙船ドックのような場所に降り立った。左右を大男に挟まれながら、大佐の背中を追っていく。一体俺に、何をさせようというんだ?

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