第16話【第四章】

【第四章】


「そんなことがあったんですね、先輩」


 気遣わし気に声をかけてくるクランベリーの横で、俺は静かに首肯した。視線はマリの横顔に向けたままだ。この話はサオリにも初耳だったようで、場を乱すことなく沈黙を保っている。


「まあ、そうだなあ」


 呑気な風を装って、声を上げるハヤタ。


「随分鍛えられたよな、俺たち。軍事訓練までやらされえるとは思ってなかったが」


 そう。賞金稼ぎを名乗るには、当然ながら生身での戦闘能力が高くなければならない。マリは自分が所有するアステロイド・ベルトの小惑星で、度々『演習』と称して俺たちに戦いというものを教え込んだ。

 だからこそ、先日の影たちとの戦いで、俺とハヤタは先陣を切ることになったのだ。


 ハヤタに場所を譲ってやるつもりで、俺はベッドに背を向けた。そこにはテーブルがあり、俺たち四人分のグラスが置かれている。恐らく天然のオレンジジュースだろう。このあたりのオレンジは出来がいいのだと、クリスが言っていた。

 俺の話を邪魔せず、そっと置いて行ってくれたことに、俺は深く感謝の念を抱いた。


 クリスはそういう優しい奴だ。逆に言えば、だからこそ彼はマリにスカウトされなかったのかもしれない。賞金稼ぎになるには繊細過ぎる。


「皆、しんみりさせちまって、悪かったな。せっかくだ、ジュースを頂こう」


 俺は努めて、明るい声を上げた。


「何だカイル、場をしんみりさせるなんて、お前らしくもないじゃねえか」


 ハヤタもまた、おどけた風で応じる。サオリはふっと笑顔をみせたが、クランベリーはこちらに背を向け、未だベッドの柵に手をかけていた。

 俺がジュースを半分ほど一気に飲み干し、『やっぱり美味いな!』とでも言おうとした、まさに次の瞬間だった。

 小部屋の扉が勢いよく開けられた。入ってきたのはクリスだ。俺は慌ててグラスをテーブルに戻した。


「ど、どうしたんだ、クリス?」

「大変です! ドローンが――」


 その言葉の終わらないうちに、講堂の方から甲高い銃撃音が響いてきた。


「皆、伏せろ!」


 俺はクランベリーの足を引っ張り、半ば転ばせるようにして伏せさせた。ハヤタとサオリは、テーブルの下に入り込み、頭に手を遣っている。


「クリス、一体何が起こってるんだ?」


 尋ねたのはハヤタだ。


「分かりません! 突然ドローンの飛行音がして……」

「軍か公安か、分かるか?」


 そう問うたのは俺だったが、クリスに分かるはずもない。


「ハヤタ、俺がドローンの相手をする! お前はSCRを起動させて、遠隔操縦でこの教会のそばまで運べ!」

「了解だ、無理はするなよ、カイル!」


 俺は勢いよく扉を蹴り開け、前転の要領で講堂に出た。

 酷い有様だった。ステンドグラスや窓はことごとく破壊され、床に散らばっている。俺は一旦伏せて、相手の出方を窺った。

 このドローンは航空機タイプではなく、複数のプロペラで飛行するヘリコプタータイプだ。だが、回転翼の音に聞き覚えがない。軍や公安、警察組織に、こんな飛行音を立てるドローンは配備されていない。

 何者が俺たちを狙っているんだ?


 やがて、窓ガラスの割れた穴から、ドローンが進入を開始した。色は淡い水色。飛行物体らしい迷彩柄だ。しかし、分かったのはここまで。一体どこの手のものなのか。


 俺は立ち上がり、拳銃を抜いて応射した。ドローンの造りはもろく、三、四発で撃墜できた。が、なにぶん数が多い。俺は長机の間に身体を押し込み、頭を出して銃撃し、すぐに引っ込めるという形で戦った。


 俺が違和感を覚えたのは、三機目を撃墜した頃だ。

 俺たちの抹殺が目的なら、小部屋にいたところを襲えばよかったのに。あそこにも大きな天窓があった。まさか防弾仕様にはなっていまい。ドローンの消音機能をフル活用して俺たちを急襲すれば、片をつけるのは簡単だったはずだ。

 敵の狙いは何だ?


 俺は弾倉を交換すべく、屈みこんだ。しかし、


「チッ!」


 大きく舌打ちをする羽目になった。残りの弾倉はあと一つのところまで来ていた。これでは戦いようがない。

 俺は床を転がるようにして、小部屋に一旦退避を試みた。ガラス片で頬や腕に軽い切り傷を負ったが、文字通り掠り傷だ。気にしてはいられない。

 俺がそのまま小部屋に転がり込もうとした、その時だった。


「ぐわっ!」


 扉が向こうから勢いよく開き、俺は弾き飛ばされた。

 何事かと見てみると、クランベリーが鉄パイプを持って飛び出してくるところだった。


「よせ馬鹿! 近接戦闘の通用しない相手だぞ!」


 接近する間にハチの巣にされてしまう。


「私だって戦えます! 先輩のことが心配なんですよ!」

「生意気抜かすな!」


 待てよ。『俺のことが心配』と彼女は言ったのか? そう言えば、口癖のように俺を気遣う発言をしていたような気がするが。まあ、それを考えるのは後回しだ。

 

 どうやって勝算を見出すつもりなのか、彼女の考えは分からない。だが、俺の身を案じて、鉄パイプ一本でドローンを相手にする気になったのは確からしい。


「分かった! 少し待ってろ!」


 そう言って俺は、今度こそ小部屋に突入した。


「ハヤタ! SCRはどうした? まだ来ねえのか?」

「起動シークエンスは完了した! だが、妨害電波が出てる! いつかの宇宙クラゲの時と一緒だ!」

「なっ……」


 と、いうことは。上手くSCRに乗り込むことができたとしても、主要武器は使えないということだ。

 妨害電波と電磁砲は干渉し合い、縦横無尽に稲妻を発生させる。そしてそれらは、精密機器や電子機器に致命的影響を及ぼす。

 マリの人工呼吸器だって、例外ではあるまい。


 つまり、俺のダブル・ショットは電磁砲を、クランベリーのサムライは電磁サーベルを封印して戦わねばならないのだ。


 俺がそこまで考えるに至った、その時だった。


「皆さん、目を閉じて!」


 講堂から、クランベリーの声が響く。まさかあいつ、閃光手榴弾を使う気か!

 俺は慌てて両目をきつくつむり、念のために耳を両手で塞いだ。直後、視界が真っ白になった。

 聴覚が無事であることを確認し、手を離す。すると、クランベリーの叫び声と、ドローンの放つ異音、それに僅かな銃撃音が混じって聞こえてきた。


 閃光手榴弾の爆発の瞬間、目を保護していた俺は、すぐに視力を取り戻した。床に手をつき、急いで立ち上がりながら講堂へ出る。そして、そこで目にしたアクロバティックな戦闘に、思わず唾を飲んだ。


「何だ、これ……」


 クランベリーは、堂々と空中戦をやっていた。

 閃光手榴弾でカメラを潰されたドローン。そいつらを上回る高度、すなわち三メートル近くにまで跳躍し、鉄パイプで一刀両断する。ぐしゃり、と機械的な、しかしもろい破砕音が耳朶を打つ。


 しかし、カメラを潰されたとはいえ、ドローンを操縦しているのは人間だ。すぐに次の手を打ってくるはず。

 かと思いきや、ドローンはやたら滅法な銃撃を中止し、講堂の壁に擦り傷を与えながら、のろのろと去っていった。SCRの出番を待たずして、事態は終息したのだ――が。


「クランベリー!」

「……」

「おい、何やってんだ! 血が出てるじゃねえか!」


 クランベリーは、負傷していた。右肩と左足に軽い銃創ができ、ぽたぽたと床に血液を滴らせている。流れ弾によるものだろうが、それでも負傷には変わりない。


「クリス! 救命道具はどこだ!」

「今持ってきます!」


 慌ててこの場を去るクリス。


「カイル! クランベリー! 大丈夫か!」


 ハヤタの声がする。


「俺は平気だが、クランベリーが……」

「わ、私は大丈夫です!」


 激痛に顔をしかめながらも、クランベリーは俺たちに抗議した。よっぽど、自分は頑丈なのだと言いたいらしい。しかし、そう必死になればなるほど、俺には彼女が痛々しく見えてしまった。


「お待たせしました! クランベリーさん、傷を診せてください」

「だから私は平気……ッ!」

「どう見ても平気じゃないわよ、クランベリーちゃん!」


 サオリもまた加勢する。

 今は医療経験があるらしいクリスに、クランベリーを任せた方がよさそうだ。


「サオリ、今の一部始終、録画してただろうな?」


 一瞥したハヤタを、サオリはキッと見つめ返した。


「当然よ! 証拠になるもの!」

「だがサオリ、何の証拠になるんだ? 軍とも警察とも違う組織の使っていたドローンの映像なんて、訴えようにも訴える先が見つからないじゃねえか!」


 そう指摘する俺に向かい、クランベリーが声をかけてきた。


「先輩、あの」

「馬鹿、怪我人は黙って静かに――」

「あれ、証拠になりませんか?」


 無事だった左腕を上げ、何かを指差すクランベリー。そこには、殴打され撃墜されたドローンが一機、細い煙を上げていた。


「ああ、そうか! 実物と飛行映像の両方があれば、この事件を仕組んだ犯人が分かりそうだな!」


 パチンと掌を打ち合わせるハヤタ。


「よし、カイル! お前は俺と一緒にSCRで警護に立て! クランベリーは、クリスに治療してもらいながら待機! 歩けるようになるまでここに居候させてもらえ! サオリ、このあたりで腕のいいジャンク屋がいないか、調べてくれ!」

「分かったわ!」


 矢継ぎ早に指示を出すハヤタに、腕まくりをしながら、自分の携帯端末を取り出すサオリ。


「クランベリーの応急処置が終わったら、そこのスクラップを回収して一旦DFに戻るぞ!」


 俺たちクルーは声を合わせて『了解!』と告げた。

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