第15話

 もし真空中でなかったら、耳がいかれていただろう。それほどの振動が、全身を貫いた。


「次弾装填まで十五秒!」

《よし、後は任せろ!》

「あっ、おいハヤタ!」


 ダブル・ショットのわきをすり抜け、真っ赤な機体が、サーベル二刀流でクラゲの群れに突っ込んでいく。サムライのジェット噴射の圧力を受け、ふわふわと四方に散っていくクラゲ共。上方から斬りかかる所作を取ったサムライを見て、俺は下方、月面に近い方にいるクラゲ共の狙撃を行った。電磁砲出力は十五パーセントほどだ。


 そんな中、唐突に緊急回線が開かれた。月面都市の管制官からだ。


《攻撃中止! 繰り返す! 攻撃中止!》


 一体何事だ? あともう少しで、クラゲの群れを全滅させられたのに。


「どういう意味ですか?」


 俺はヘルメットを外し、口角泡を飛ばしながらマイクに向かった。


《クラゲの出す妨害電波とそちらの電磁砲が干渉して、雷が発生した模様! こちらに向かっていたカプセルを直撃した!》

「えっ……」


 こちら、すなわち月面都市に向かっていたカプセルって、まさか。


「それはマリ・ナナミアの乗ったカプセルなんですか?」

《現在確認中! 現在救命艇が向かっている! 君たちは船に戻って、最寄の宇宙船ポートに降りてくれ!》

《分かりました》


 そう答えたのはハヤタだった。


《DFに戻るぞ、カイル》


 しかし、俺は喉から音を発することができない。


《おい、どうしたんだ、カイル? ついて来られないのか?》

「い、いや、大丈夫だ」


 そこから俺の記憶は断片的なものになった。ショックが大きかったのだ。

 俺は勢い込んで、カプセルの位置の把握もせずに、電磁砲をぶっ放した。だから雷が起きたんじゃないのか? つまり、俺の軽率な行動が、カプセルを危険な状態に晒したのではないか?


 気づいた時には、俺は月面都市にある医療施設にいた。緊急手術室前の長椅子に腰かけている。ハヤタは落ち着いていられないのか、俺の前を行ったり来たりしている。

 俺が電磁砲を撃ったことについて、ハヤタはそれを責めようとはしなかった。自分も戦闘に夢中になっていたから、俺を攻める筋合いではないと思ったのだろう。


 その時、さっと目の前のドアがスライドし、担架が滑り出てきた。そこにいたのは、紛れもなくマリだった。

 俺が『マリさん!』と叫ぶのに対し、ハヤタは『船長!』と声をかける。左右から引き留められたためか、担架を運んでいた看護師は戸惑った様子をみせた。


「待ちたまえ、二人共! 船長が不安なのは分かるが――」


 そんな医師の言葉を遮ったのは、マリ本人だった。微かに右手を挙げ、声をかけてきた。


「クラゲは、どうしたんだい?」


 蚊の鳴くような声だったが、きちんと聞き取ることができる。マリは今まさに、本気で言葉を紡ごうとしているのだ。


「俺たちでやっつけました! 街に被害はありません!」

「と、いうことは、もうお前たちは立派な賞金稼ぎだな」

「え?」


 どういう意味だ? 疑問が俺の顔に出たのか、マリは続けた。


「わたしゃそろそろ引退を考えていたんだ。しかし、DFをスクラップにするのは忍びない。あんたとハヤタが上手く運用してくれるなら、DFはお前たちに託そう。手続きはもうしてある」

「そんな!」


 俺は、自分の目元に熱いものがせり上がってくるのを感じた。俺たちがDFを譲り受けて、正式に賞金稼ぎになる、だって? じゃあ、マリはどうするんだ? このまま命を落とすのか?


「ハヤタ、もう操縦はできるな?」

「は、はい!」


 裏返った声で答えるハヤタ。ちょうどその時、医療施設の館内放送が流れた。


《月面にお住まいの皆様にご連絡致します! 宇宙クラゲの脅威はなくなりました! もう安全です! 地下に避難していた方々、もう出てきて大丈夫ですよ!》


 何ともフレンドリーな放送である。


「そうだな、あたしもあんたたちの活躍は観ていたい。今放送にあたった女性記者を、DF専属のジャーナリストにしとくれ。場を明るくしてくれそうだ」


 その女性記者こそ、サオリ・フィッシャーである。

 しかし、それは後から調べて分かったこと。俺の注意は、その前のマリの台詞に集中していた。

『あたしもあんたたちの活躍は観ていたい』。マリは確かにそう言ったのだ。


「俺たちの活躍を……」


 そう呟いた直後、俺の涙腺は一気に崩壊してしまった。俺はその場に膝をつき、わんわんと泣き喚き始めた。

 ハヤタもまた平常心ではいられなくなったらしく、『船長は助かるんですよね!?』と医師に詰め寄っている。

 その時にはもう、マリの瞳は閉じられていた。


 三日後、月面での滞在に使っていたボロいホテルで、俺とハヤタは件の医療施設への来訪を求められた。待ち受けていたのは、マリの手術にあたった医師。用件は非常に明確で、『マリの意識が戻る可能性は全くの未知数』とのことだった。


「じゃ、じゃあ、死にはしないんですね?」


 勢い込んで前のめりになる俺に、医師は淡々と告げる。


「しかし意識が戻る保証はありませんし、いつ脳死されるかも分からない状態でして……」


 その言葉に、普段から怒りの沸点の低い俺は、頭の中が真っ赤に燃え盛るのを感じた。


「このっ! てめえ、それでも医者か!」

「おいよせ、カイル!」


 俺を引き留めたのはハヤタだった。彼にはもう、事態が呑み込めているのだろうか? 疑問ではあったが、俺は素直に身を引いた。

 そして俺に襲い掛かってきたのは、深く暗い無力感だった。俺たちにできることは、もうないのだろうか。

 俺は、さしてよくもない頭を捻った。何か。何かないのか。マリのためにできることは。


 まさにその時、俺の脳裏で、一言の言葉が煌めいた。『あたしもあんたたちの活躍は観ていたい』という言葉だ。


 俺は勢いよく立ち上がり、『お世話になりました』と一礼して小部屋を出た。


「あっ、おい、カイル? もういいのかよ?」

「いいんだ、ハヤタ。それより、活躍するぞ」

「は?」

「早く三日前の女性記者を探そう。三人でこの銀河系で暴れ回って、大儲けするんだ。そうすれば、マリさんも喜ぶ」

「お前、何を言って――」

「マリさんは俺たちの活躍が観たいって言ったんだ!」


 振り返りざまの俺の怒号に、息を飲むハヤタ。


「そ、そりゃあ確かにそう言ったが……」

「俺たちが活躍して、その姿を見せれば、マリさんの意識が戻るかもしれない。行くぞ」

「あっ、待てよカイル! ちょっ……」


 俺たちはその足で、様々な手続きをすべく月面都市の役所に向かった。DFの所有権の移譲、SCR保有許可期限の更新、件の女性記者の捜索、そして、マリにどこで過ごしてもらうか。


 マリの口から、引退なんて言葉を聞いたのは初めてだ。どこに身を寄せてやればいいのだろう。俺は女性記者の捜索をハヤタに任せ、自分はDFの、マリの個室に足を踏み入れた。何か手掛かりがあるはずだ。

 その手掛かりは、あっさりと見つかった。マリの部屋の壁面には、色とりどりの地球の風景写真がたくさん貼られていた。カナダのナイアガラの滝、スペインのサグラダ・ファミリア、日本の富士山などなど。


 これらのうち、どこに住めればマリは最も喜ぶだろうか。俺は執務机の椅子に座り、真正面を見た。どんな風景が最も視界に入りやすいだろうか。

 そして、考えるまでもなく『ここだ!』と思った。それがまさに、アフリカ西岸のモロッコだったのだ。


 地球降下時に、俺たちもモロッコには何度か訪れている。目的は燃料や食糧の調達だったが、じっくり観光してみたいという気持ちもあった。マリが引退して居を構えるなら、十中八九ここだ。

 同時に、ここにはクリスという支援者がいたことも思い出した。彼なら、教会にマリを招き入れてくれるかもしれない。


 俺はすぐさま通信室に向かい、ハヤタに通信を試みようとした。早くマリを乗せて、地球に降りなければ。しかし、通信するには及ばなかった。


「カイル、見つけたぞ!」

「うわっ!」


 唐突に廊下から顔を出してきたハヤタ。


「み、見つけた、って何を?」

「船長の言ってた女性記者だよ! サオリって言うんだ。今度火星に行ったらデートしてくれるってさ!」

「はあ?」


 何を考えてるんだ、この男は。

 それはともかく、最も喫緊の任務は、マリを無事地球に送り届けることだ。月面からなら、一週間の行程で往復できる。


「今は女のことは忘れろ。マリさんは連れてきたか?」

「ああ。今医療スタッフが、救急車で搬送してくれるところだそうだ」


 俺は大きく頷いてみせてから、自分が何をしていたのかをハヤタに聞かせた。マリの身柄を地球のモロッコに下ろし、安全な場所、すなわちクリスの元へ送り届けることになった、と。


「なるほどな。じゃあ、俺が地球に連絡を入れる。カイルは休んでいてくれ」

「了解」


 こうして、俺たちの賞金稼ぎ人生は始まった。

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