第22話
「クランベリーが造られたのは、どうやら地球の欧州らしい」
「欧州……ヨーロッパか」
俺の呟きに、頷くハヤタ。
「生物兵器の本場と言えば、他の超大国が名乗りを上げそうなものだが、欧州だって材料は揃ってる。むしろ、医学、農学、工学と、バランスよく散らばっていたのが、生物兵器開発には適していたのかもしれない」
生物兵器と言っても、細菌やウィルスの開発は国際条約で禁止されている。有事の際に敵の拠点を効率よく叩くには、人間並みの大きさで似たような器官を持つ、それでいて周囲を汚染することのない何者かが適しているということか。
しかし、欧州の研究所を使ったとして、一体誰が影やジード、それにクランベリーのような存在を造ったのか?
軍か公安かのどちらかと見るのが、妥当な線だろう。だが、公安の主な存在意義は、地球を含めた宇宙の治安維持だ。戦力を保有して、利権を拡大できるわけではない。
やはり、軍だろうか。軍内部でのいざこざがあって、軍閥として組織が分裂してしまう前に、抑止力として影を製造したとしたら。
俺は開かれたドアの向こう、腕組みをしているアルバに向かって声をかけた。
「アルバ、お前は公安からのオファーで、俺たちを追って地球に来たんだったな?」
「お、おう」
突然自分が話に引っ張り込まれ、おどおどしているアルバ。だが、そんなことを気にしている場合ではない。
「軍からではなかったんだよな。お前、公安の中のどんな部署から依頼されたんだ?」
「そこまでは分からねえよ」
「はあ?」
俺は壁を叩き、驚きと怒りを露わにした。
「お前、あんなでかい組織からの依頼を受けるのに、相手の部署の確認もしなかったのか?」
「落ち着けよ、カイル」
視線だけで俺を制するハヤタ。船長としての貫禄の為せる業か。
俺は冷静に、と自分に言い聞かせながら、脳みそを回転させた。
普通に考えれば、相手が名乗らないのが常識だと思われるかもしれない。しかし、俺たち賞金稼ぎには、秘密主義的なところがある。賞金稼ぎたちと軍や公安が、互いの弱みを握り合うことで、違法ギリギリの活動を可能にしているのだ。
それはすなわち、軍や公安もまた、法や条約に触れそうなことをしている、ということでもある。
きちんと身分を明かし、口止めをする。その方が、わざわざ自分たちの身分を隠し通すより合理的なのだ。だというのに、アルバに来た依頼は、『公安から』ということしか明らかになっていない。これはおかしい。
「ねえアルバ、あなたの船に、その時の通信記録、残ってないかしら?」
久々に口を開いたのはサオリだ。しかし、アルバは後頭部に手を遣りながら、叱られた子供のような態度で『それが……』と切り出した。
「すぐにこの通信記録を消去するように、って言われて、すぐに消しちまったんだ」
「はあ?」
俺は再び、壁を叩いた。
「そんな馬鹿な話があるか! これだからオンボロ船に乗ってる野郎は……」
「何だと、カイル! 俺のゴールデン・エベレスト号を馬鹿にする気か?」
「何が『ゴールデン』だ! 金箔一枚も使われてねえじゃんか!」
「こういうのは名前が大事なんだよ! 『ゴールデン』って名乗ってれば、乗員だって士気が上がって――」
「待って!」
俺とアルバの子供じみた口論は、サオリの一言によって一瞬で打ち切られた。
「アルバ、あなたの船、そんなに古いの?」
「ん……まあ、認めたくはねえけどな。メンテナンスや部品の交換を繰り返して、騙し騙し五十年は使ってる。爺さんの代からだ」
「それよ!」
サオリは我が意を得たり、といった風に、アルバの腕をバシンと叩いた。
「昔の船はセキュリティが甘いから、一旦削除した通信記録もバックアップが自動で取られているかもしれない! そのゴールデンなんとかって船、調査させてもらうわ」
彼女の記者根性というか、好奇心というか、そういったものに押し切られる形で、俺たちはサオリの提案を受け入れることにした。
※
ゴールデン・エベレストは、地球近傍の宇宙ステーションに預けられていた。
船を預けるには、それなりの料金が要る。延滞料を泣く泣く支払うアルバをよそに、ハヤタとサオリはゴールデン・エベレストに乗り込み、俺とクランベリーはそれぞれのSCRに乗り込んで、周辺宙域の警備にあたることにした。
「全く、戦争事は他でやってもらいたいんですがねえ」
とぼやく警備主任に対し、
「俺たちの活躍はいっつも見てるだろ? その俺たちがこのステーションを守るって言うんだから、悪い話じゃないっしょ?」
と言って、無理やり説得した。
ダブル・ショットに搭乗した俺は、スクリーンをいくつも展開して、情報を脳に叩き込む作業に追われた。
まずは、ハヤタたちから送られてくるゴールデン・エベレスト内部の映像。確かに旧式の船らしく、人工重力が稼働している部屋とそうでない部屋がある。酒瓶やグラビア雑誌が浮いているのは、どうやらアルバの自室らしい。
アルバは通信室へとサオリを誘導し、ハヤタはジードに宛がわれていたという部屋の調査に入った。
《こっちはしばらく調査に入る。ステーションの防衛、頼むぞ》
その言葉を境に、調査班との通信は一時切断された。
次に俺が見たのは、ニュース番組だ。俺たちの(といってもほとんどはクラック大佐によるものだったが)記者会見がどのように報じられているのか、それを確かめなければ。
いくつかチャンネルを回してみたが、やはりどこも混乱していた。一般市民の間でも、軍が悪い、公安が悪いと意見が分かれているし、何より『分からない』という答えが多い。
それはそうだ。俺にだって分からない。ただ、クランベリーにスポットが当てられていないことが救いだった。
俺がふっと息をつき、シートに背中を預けた、その時だった。
《サムライよりダブル・ショットへ! 正体不明の物体、接近!》
「何だと?」
俺がコンソールを正面に持ってくるのと同時、ダブル・ショットのコクピット内にも警報が鳴り始めた。
「クランベリー、ステーション警備部に緊急連絡! 俺はその物体の正体を確かめる!」
《了解!》
狙撃を主とした戦いをするダブル・ショットの方が、サムライよりも詳細な分析が可能だ。クランベリーが警備部と通信している間に、俺は正体不明の物体とやらを精査した。
「宇宙クラゲ、か……?」
そこにいたのは、笠の直径が二百メートルはあろうかという、超巨大な宇宙クラゲだった。確かにステーションの防宙圏内に入るようだが、行き先はまるで違う。ただ通り過ぎていくだけのようだ。
「おいクランベリー、こいつはただの宇宙――」
と言いかけたその時、思いがけないことが起こった。クラゲを挟んだ反対側から、電磁砲の射出が感知されたのだ。
「な、何を!?」
素っ頓狂な声を上げながらも、俺は急いで索敵範囲を拡大した。すると、クラゲの向こうに、一隻の船がいた。電磁砲をかましたのも、この船に違いない。
そうか。これは以前の再現だ。クラゲの笠に隠した何かをビリヤードの要領で弾き飛ばし、こちらに向かって接近させる。問題は『何が接近してくるのか』だが。
「こちら宇宙軍遊撃部隊所属、ダーク・フラット! 電磁砲を使用した艦船に告ぐ! 直ちに所属と目的を明らかにせよ!」
『繰り返す!』と言おうとした、次の瞬間のこと。二発目の電磁砲が、謎の船から発射された。
「チッ! 聞き分けのねえ野郎だ!」
《先輩! ステーション警備部への連絡と、交戦許可の取りつけ、終わりました! 妨害電波は確認されていません、自由に戦えます!》
「了解、いつものパターンでいくぞ! 俺が道を開くから、お前が斬りに行け!」
《了解!》
クランベリーの声ははきはきとして、いつもと変わらないように聞こえた。先ほど自分が人造人間なのだと気づかされたばかりだとは、とても思えない。
彼女は強いんだな。そう思いながら、俺は自身が勇気づけられたような気持ちで、ダブル・ショットの右腕を掲げ、左手を添えた。
「これ以上やらせはしねえぞ!」
ゴォン、という勢いの乗った発砲音が、コクピット内を震わせる。眩いばかりの光線が、虚空を一直線に切り裂く。
俺が狙ったのは、クラゲの頭頂部と謎の艦船の間。牽制射撃だ。しかし、牽制と言えど、こちらの有する破壊力は相手に伝わったはず。とっとと撤退しやがれ。
と思ったものの、相手は攻撃の手を緩めなかった。巧みにクラゲを盾にしつつ、軌道計算された誘導弾を放つ。俺は左腕のバルカン砲を展開し、ズタタタッ、と短く連射することで、誘導弾を迎撃した。
「今時実弾兵器かよ!」
そう調子づいてみたのも束の間、ようやく相手の船から通信が入った。ノイズだらけだが、電磁砲を出力百パーセントでぶっ放した後とあっては、なかなか明瞭だ。
しかし、声が明瞭でも、言っている内容は理解に苦しむものだった。
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