第21話【第五章】
【第五章】
「分析結果が出たわ」
「どうだ?」
「クランベリーちゃん本人の読み通りね」
俺たちは化学分析室にいた。通信室のすぐ階下にあたる。あまりにも多くの設備がこの船に積まれている、と思われるかもしれないが、星間飛行を繰り返すDFの特性上、様々な事態にすぐ対処できる体勢は整っていなければならない。
その設備のうちの一つが、今サオリが覗き込んでいる電子顕微鏡というわけだ。
「読み通り、ってことは、クランベリーは人造人間なのか?」
「ええ」
ハヤタの問いに、サオリは即答。
「具体的に言うと、赤血球に番号が振られているわ。これはたぶん、軍か公安の開発した兵器の製造番号ね」
まさか、クランベリーが人造人間で、しかも生ける兵器だったとは。俺は頭の芯が痺れ、くらりとよろめいたが、すぐに正気を取り戻した。
一番辛いのは彼女なのだ。俺がぶっ倒れてどうする。
「大丈夫か、クランベリー?」
俺は振り返り、分析室の内側を見渡したが、そこに彼女の姿はなかった。
「クランベリーなら、自室で検査結果を待つって言って、それっきりだぜ」
答えたのはアルバだ。
「彼女を人質にしたことのある俺が言えた口じゃねえけど、やっぱり怖いんだろう。もしかしたら、敵と戦って死ぬよりも。自分の出自が根本から揺らいじまうわけだからな」
「じゃあ、一体誰が彼女に報告を?」
ハヤタが気まずそうに述べる。しかしその直後、俺は椅子から立ち上がり、真っ直ぐ彼を見つめていた。
「カイル、お前が行くのか」
無言で首肯する俺。
「俺が一番あいつと話をしてるし、命を救われた恩もある。俺が責任を取るよ」
そう言って、俺は分析室をあとにした。
※
クランベリーの自室の前で、俺は固唾を飲んだ。いざ伝えようと思うと、こんなに緊張を強いられるものなのか。
スライドドアのランプは緑色に点灯している。在室中、面会可能ということか。
俺は指紋照会システムのパネルに手を当て、名乗った。すると、すぐにドアはスライドし、クランベリーの自室の全容が明らかになった。
目立った特徴はない。トロフィーやら賞状やらが配されている俺の部屋に比べると、やや殺風景な気もしたが。クランベリーはと言えば、部屋横に配置されたベッドのそばで、しかし立ったままで、気難しい顔をしていた。
俺が入室したことで、こちらに一瞥をくれたが、あとは軽くお辞儀をして、それっきりだ。
「結果が出たよ、クランベリー」
彼女は無言のまま。しかし、両手がぎゅっと握りしめられ、微かに震えている。
今度は俺が苦悶の表情を浮かべる番だったが、正直、どんな顔をしていたのかは自分でも分からない。
いや、本当に辛いのはクランベリーなのだ。俺がビビッてどうする。
「クランベリー、お前は人造人間なんだそうだ」
すると意外なことに、彼女はその答えを覚悟していたらしく、『やっぱりそうでしたか』と一言。
立ち尽くすクランベリーを前に、俺は壁に背を当て、腕組みをした。
「大丈夫か?」
「何がですか?」
「いや、その……。悲しいとか辛いとかショックだとか、何か思うところがあるんじゃないのか?」
「そりゃあ、まあ」
クランベリーは、自嘲的な笑みを浮かべたように見えた。実際は頬が引き攣る程度だったが。しかし、彼女の関心事は少しばかりズレていた。
「サオリさん、怒ってますよね。私が写真のデータを消去してしまったことで」
何だ、そんなことを気にしていたのか。しかし、クランベリーは続けた。
「あの人型の生物……ジードのことですけど、もしジードの正体がこの船の中でバレてしまったら、私、軍に突き出されるんじゃないかと思ったんです。実験台として、回収されて」
「お前を軍に突き出す?」
こくり、と頷くクランベリー。
「だって、詳しく分析すれば分かりそうなものですもの。私もジードと同じ、人型の生物兵器なんだって」
「お、おい、ちょっと待て。確かに俺は、さっきお前に『人造人間だ』と告げはしたけど、断定はできないんだ。事故に遭って輸血やら何やらをした人間には、人工の赤血球が注入されることがある。お前も記憶にないだけで、昔大怪我をしてそういう手術をした、って可能性も――」
「それはありません」
慌てる俺に、落ち着いて受け答えするクランベリー。おいおい、立場が逆だろうが。
しかし、次にクランベリーが発した一言は、俺の胸にずしりとくるものだった。
「私、思い出したんです。自分が製造された時の記憶の断片が、ここ二、三日の間に甦ってきて。普通の人間って、自分が三、四歳の頃の記憶があるものでしょう? 私には、それがない」
「いや、だからそれは、事故で頭でも打っただけなんじゃ……」
咄嗟に言い繕うとした俺に向かい、クランベリーは優しい微笑みを投げかけた。だが、この状況で笑顔を向けられると、先ほどとはまた違った意味で怯んでしまう。
相手の語気の強さで怯む、というのは、人間の警戒本能の一種として解釈できる。しかし、微笑みを向けられて怯むというのはどういうわけだろう。
極限の恐怖状態に陥った人間は、思わず笑ってしまうという話は聞いたことがあるが、そういうことなのだろうか? つまりクランベリーは、俺などには到底想像できない、凄まじい恐怖感に囚われている、と?
気づいた時には、俺は壁から背を離し、クランベリーの肩に両手を載せていた。
「せ、先輩?」
軽く力を加え、そっと彼女を抱き寄せる。俺は自分が何をしているのかよく分かっていなかったが、どうしてもそうせざるを得なかった。いや、そうしてあげたかったと言った方が正確か。
彼女が自分の出自を知ってしまった(俺が教えたのだが)以上、言葉でどうこうできる段階はとっくに過ぎていた、と俺は考えていたのかもしれない。
一つ確かなのは、俺はクランベリーに好意を抱いている、ということだ。いつだかハヤタが、執拗に俺にロリコン疑惑をぶつけてきたことがあった。二十二歳と十五歳。この歳の差で、俺はロリコン認定されてしまうものだろうか。
いや、そんなことは最早どうでもいい。大事なのは、俺がクランベリーを大切に想っているということ、そして彼女を安心させてやりたいと考えていること、この二点だ。
「お前の身柄は、必ず俺が守る」
「どうしてですか?」
俺は返答に窮した。惚れただの何だのと言うわけにはいかない。いや、だったらそれこそ。
「俺は目立ちたがりだからな、お前を助ければ目立てるだろ」
という目先のことを挙げる
「優しいんですね、先輩」
「まあ、時々はな」
すると、クランベリーはようやく正気に戻ったのか、俺の肩に顔を押し付けて嗚咽を漏らし始めた。温かな涙が、俺の薄手のシャツに染み込んでくる。俺はしばらく、彼女のハンカチ役を担うことにした。
涙が温かいんだから、クランベリーだって立派な人間だ。
※
どのくらいそうしていただろうか。長いような短いような抱擁は、ピロリン、という電子音によって終わりを迎えた。
《クランベリー、いるか?》
ハヤタの声だ。必死に涙のあとを拭おうとする彼女に代わり、俺がインターフォンに出た。
「どうした?」
《ああ、カイルか。クランベリーは大丈夫か?》
俺が振り返ると、彼女は大きく頷いてみせた。
「ああ」
《入るぞ》
すると、ドアがすっとスライドし、ハヤタとサオリが入ってきた。アルバは廊下で大人しくしている。
ハヤタは正面から俺の顔を、次にクランベリーの顔を見た。クランベリーは真っ直ぐに、堂々とハヤタの目を見返している。彼女の芯の強さが、はっきりと見て取れた。
「二、三、分かったことがある。二人共、会議室に来てもらえるか?」
「了解だ」
「了解です」
ハヤタは頷き、サオリはクランベリーのそばに来て、軽く手を引いてやった。
俺はどっと疲れたような、しかし温かい何かが胸の中に残されたような感覚で、音のないため息をついた。
「で、早速だがクランベリー、お前の出自が分かった」
落ち着いた態度で、ハヤタは語り出そうとした。俺は顔をしかめ、もっと優しく言ってやれという意志表示をする。しかし、ハヤタも船長として譲れない部分があるのだろう、口調を変えずに言葉を続けた。
「どうやら、地球上にある研究施設のどこかで、クランベリーは造られたらしい」
「調べてどうすんだよ、そんなこと?」
俺がやや棘のある言い方をすると、ハヤタは相変わらず落ち着いた態度で頷いた。
「あの影共のことだが、クランベリーはそのプロトタイプなのではないかと、俺は睨んでいる」
「なっ!」
クランベリーの代わりに、俺が衝撃を受けた。もっとオブラートに包んだ言い方ができたじゃないのか? いや、クランベリーの心理的強靭さを思えば、さっさと話を進めてしまった方がいいのか。
「カイル、お前はモロッコのジャンク屋を偽装したアラモって店に向かっていたな? その間、俺はクランベリーの手当てをしていた。何せ撃たれたわけだからな」
「そ、それがどうかしたのかよ?」
すると、『お前も察しているはずだ』と言ってから、ハヤタは痛いところを突いてきた。
「俺やサオリ、それにクリスも気づいたんだ。傷の治りがあまりにも早すぎる、ってな」
「そ、それは……」
確かに、あの跳躍力といい、治癒能力の高さといい、人間離れしているのは分かる。しかし、クランベリーが影のプロトタイプだと? あの真っ黒で赤い目をした化け物の同類だと? ふざけるな、と叫びたくなった俺を、クランベリーが腕を伸ばして制した。
「続けるぞ、二人共」
俺は黙り込むことで、了承の意を伝えた。
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