第20話


         ※


 そして迎えた、記者会見。


「では、地球・モロッコでの一件について、カイル・フレインから報告を始めます。質疑応答の機会は設けてありますので、しばしお静かに願います」


 俺が壇上に上がると、無数のフラッシュを浴びせられた。

 そもそも、立体映像を撮影できる超小型ドローンが浮いている以上、通常のカメラの存在は無意味だ。さらに言えば、マスコミもこの場、すなわちラグランジュ・ポイント上の宇宙基地に足を運ぶ必要はない。

 しかし、俺の眼前には、無数のパイプ椅子とカメラやマイクを握った報道陣がいる。これもまた、『雰囲気づくり』のための立体映像だ。

 この場に実在しているのは、壇上の俺と横で控えているハヤタとクランベリー、司会者、それにマスコミ各社の立体カメラ搭載の小型ドローンのみ。


 見慣れた光景であるにも関わらず、俺の心が昂るようなことはなかった。何を語ればいいものやら、皆目見当がつかない。いや、自然と話し出すことはできるだろう。だが、そこに喜びや達成感を覚えることはできまい。


 俺は我ながら、淡々と説明した。

 地球に降下したこと。そこでドローンの銃撃に遭ったこと。公安の差し金である人物(アルバのことだ)に襲われかけたこと。ドローンの製造工場と思われる場所で、ジードに襲われたこと。

 SCRに関しては、遠隔操縦で俺が呼びつけ、搭乗して咄嗟に動かしたと虚偽の説明をした。


「それでは、質疑応答に移ります。カイル・フレイン氏、あるいはDFの搭乗員に質問がある方はどうぞ」


 それなりの人数が挙手をする。ちらとクランベリーを一瞥すると、俯いて唇を噛みしめていた。司会者はどの記者を指すか、首を伸ばして会場を見渡している。


 クランベリーが、思い出したくもない記憶を引っ張り出そうとしている。頼むから、やり玉に挙げるのは俺にしてくれ。

 しかし、その心配は杞憂だった。


「では、二列目のあなた、どうぞ」

「銀河毎日報道です。ハヤタ船長にお尋ねしたいのですが、その襲撃者の遺体を軍に引き渡そうと思われたのは何故ですか?」


 俺はほっと胸をなでおろした。質問内容はクランベリーのことではなかった。演台奥に下り、ハヤタに場所を譲る。

 ハヤタはわざとらしくグラサンを取り、胸ポケットに仕舞って語り出す。新たなフラッシュが、再び瞬いた。しかし、彼がすっと息を吸った次の瞬間だった。


「その質問、俺が答えます!」


 警備員を突き飛ばしながら、壇上に向かってくる人影があった。あの図体、間違いなくあいつだ。


「俺は、じゃない、私はアルバ・ブルード、賞金稼ぎです!」


 おおっ、と場がざわついた。アルバもそこそこ、名が売れている賞金稼ぎなのだ。まあ、悪名高いと言った方がいいかもしれないが。

 ハヤタから演台を奪ったアルバは、唐突にこう喚き出した。


「軍に遺体を引き渡そうとしているのは、公安の裏をかくためです! 怪しいのは公安です、軍の方が信用できる! 公安は、私にDFの尾行をオファーしてきたんです! 何か後ろ暗いところがあるに違いありません!」


 すると、報道陣席から罵声が飛び出した。


「ならず者の話を聞きに来たんじゃない! 船長の答えを寄越せ!」

「そうだ、犯罪者予備軍め! 乱入するな!」


 ぐっと息を飲むアルバ。勢いとノリで話を押し切るのがアルバのスタイルだ。さっきの訴えを頭の中で構成するのだって一苦労したはずである。これ以上、理論的な応答を彼に求めるのは無茶だ。

 放っておけば、アルバは立体映像を相手に暴れ出しかねない。ここが修羅場と化す前に、落ち着かせなければ。


「お、おいアルバ!」


 俺とハヤタがアルバを羽交い絞めにしようとした、その時だった。

 聞き覚えのある足音が、演台の反対側から響いてきたのは。


 コツン、コツンと、硬質なものが床を打つ。それを足音だと思ったのは、一定のテンポを保っていたからだ。だがそれ以上に、聞き覚えのある音だったから、という方が真っ当な理由かもしれない。


 俺たちはその人物、クラック・ドルヘッド大佐本人の登場に度肝を抜かれた。全くの予想外だ。よく目を凝らしてみたが、ホログラム特有の部分的なノイズがない。間違いなく、大佐本人である。


「今回の襲撃者の遺体を預かる件については、私から説明しよう」


 今日一番のフラッシュの雨が、大佐に向かって降りかかる。しかし大佐は、その威厳を微塵も揺るがせず、堂々と演台の前に立った。


「今回の襲撃者、すなわち、カイルくんとアルバくんを負傷させ、結果殺害された生物の遺体は、軍と公安が共同で扱うこととなった」


 再びざわめく報道陣。まるで傍聴席にさざ波が走ったかのようだ。


「軍と公安って、最近不仲だったんじゃないのか?」

「それよりも、大佐はさっき襲撃者を『生物』って言ったぞ?」

「まさか、影の類じゃないだろうな?」


 大佐は軽く身を乗り出し、演台に手をついた。それだけで、場は急に静まり返ってしまう。

 鬼神のような形相しているわけでもないのに、大佐の周囲には重苦しい空気が流れていた。


「DF搭乗員の諸君はお疲れの様子だ。これからこの記者会見は、私が引き受ける。異議のある方はいらっしゃるかな?」


 続く沈黙。大佐はおよそ十秒近く待ったが、誰一人として挙手する者はいない。


「了解した。では、DFの搭乗員は退場してもらって構わない。安全な航行を祈っている」


 俺たちの中では、唯一ハヤタだけが首肯した。ぼんやりしていた俺とアルバは、クランベリーに上着の袖を引かれ、やっと退場が許されたのだと理解した。


         ※


 数分後、DFの通信室にて。


「体よく追い出されちゃったわね、あなたたち」

「それより、大佐の記者会見は続いてるか?」

「ええ」


 俺の問いかけに応じ、キャスター付きの椅子を滑らせて、サオリは立体映像を見せた。


《先ほど大佐は襲撃者を『生物』と呼びましたが、そいつは人間ではないのですか?》

《調査結果次第だが、人間、あるいは人間を模した何かであることは間違いなかろう。既に、遺体はをDFから軍の船舶に移送する作業は完了している。後日、報告を待ってほしい》

《軍と公安は裏で何か繋がりを持っているのではないですか?》

《例えば?》

《表沙汰にできないような兵器開発です》

《私は遊撃部隊の一司令官に過ぎない。今はなんとも、私からは応じかねる》


 俺が身を引くと、ハヤタが呟いた。


「兵器、か」

「何だ、ハヤタ? 思い当たる節があるのか?」

「いや。随分昔の映画で、ロボットに人の皮を被せて人混みに紛れさせ、ターゲットを抹殺する、なんて話があったのを思い出してな」

「対人暗殺兵器、ってわけね?」


 そばのデスクに肘をついたサオリに向かい、ハヤタは頷いてみせた。

 確かに、そんな兵器が開発されていてもおかしくはない。


「仮に生物兵器だったとして、お前は公安の管轄で造られたと考えているんだな、アルバ?」


 ちゃっかり居合わせたアルバは、ハヤタに向かって無言で首を上下させた。

 それを視界の隅に収めつつ、今度は俺がサオリに問うた。


「しかし証拠がないな。サオリ、あの遺体、人間のものだったか?」

「あたしは監察医じゃないわ。あんな酷い状態の遺体を見たのは初めてだし、判断しかねるわよ」


『しかもデータは全部軍にあげちゃったしね』と言って、肩を竦めるサオリ。


「写真のバックアップは? あるんだろう?」

「それが、バックアップしておいたはずのデータが、綺麗になくなってるのよ」

「え?」


 俺は呆気にとられた。


「な、何だよそれ? っていうか誰がやったんだ、データの消去なんて?」

「分かったらあたしも苦労しないわ」


 俺に質問責めにされたためだろう。サオリはぐったりと疲れた様子で、前のめりになってデスクに頬をつけた。


「なあ、お前らはどう思う?」


 ハヤタがそう言って振り返る。そこには、口をへの字にしたアルバと、唇に指先を当てて思案中のクランベリーがいた。

 まあ、突然こんな話題を振られても、即答できるはずがないよな。


 しかし、この沈黙は、そう長くは続かなかった。


「ごめんなさい」

「え?」


 唐突に頭を下げたのはクランベリーである。


「サオリさんのカメラのデータ、消したのは私です」


 な、何を言ってるんだ、こいつは?


「おいクランベリー、冗談は止め――」

「冗談じゃありません!」


 その語気の強さに、俺は怯んだ。通信室の空気が凍り付く。真実を語っているもの特有の気迫が、クランベリーから放たれている。


「サオリさん、私、記憶が戻りつつあるみたいです。私の血液を採取して、精密検査してもらえませんか?」

「そ、それはいいけど。血液中の何を見ればいいのかしら?」

「赤血球です。できるだけ精度の高い電子顕微鏡で、赤血球に文字列が彫られているかどうか、確かめてください」


 俺は言葉を失った。それって、


「クランベリー、お前が人造人間かもしれない、ってことか……?」

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