第23話
《ダーク・フラット、及び貴船所属のSCRパイロットに告ぐ。直ちにゴールデン・エベレストの調査を中止せよ。繰り返す。ゴールデン・エベレストの調査を中止せよ。交渉の余地はない》
「何だと? 身分も明かさずに何をほざくか!」
俺は電磁砲に次弾の再充填をしながら、唾を飛ばして身を乗り出した。しかし、相手に怯む様子はない。
《従わない場合、SCR及びダーク・フラットの撃滅、続いて人型兵器による宇宙ステーションの制圧を行う。これ以上、述べることはない。三百秒の猶予を与える。その間に通信以外の、攻撃的挙動が見られた場合、猶予は直ちに打ち切り、こちらの作戦行動に移る。以上》
俺はぐっと奥歯を噛みしめた。相手が軍と公安、どちらの手のものかは分からない。だが、名乗らないところを見ると、自分たちは撃滅されてもいいと思っているのだ。逆に考えれば、刺し違えてでも任務を全うする覚悟がある、とも言える。
この場合の『任務』とは、俺たちをゴールデン・エベレストから引き離すことで間違いあるまい。
《どうします、先輩? 私が斬り込んで――》
「駄目だ。相手はクラゲの真後ろに陣取ってるからな、接近に時間がかかる。熱源探知ミサイルを撃ち込まれたらお終いだ」
熱源探知ミサイル。古臭い実弾兵器だが、実用性が失われたわけではない。サムライで近接戦闘に持ち込むのは無理だ。
ダブル・ショットの電磁砲で、宇宙クラゲごと消し去るというのも厳しい。あまりにもクラゲが大きすぎて、的確なロックオンができないのだ。十中八九、外れる。
それでも相手は影を宇宙ステーションに送り込むというのだから、これでは猶予時間を縮めるだけだ。
俺は無線を秘匿回線に切り替えた。
「ハヤタ、サオリ、何か発見はあったか?」
《残り時間は?》
「百秒を切った!」
無線の向こうが沈黙する。ガタガタと音がするのは、二人が話しながらでも作業を続行しているということだろう。
《ジードの正体を掴むのに、決定的な証拠が挙がりそうだ。せめてあと四十秒、猶予時間を引き延ばせるか?》
「話の通じる相手じゃねえぞ! それに、ステーションには民間人もいるんだ。こんな場所に影を侵入させるわけにはいかない!」
《頼むカイル、どうにか――》
とハヤタが言いかけたその時、
《時間切れだ。攻撃を開始する》
無情な声が、スピーカーから聞こえてきた。
「お、おい! ちょっと待っ……!」
俺の懇願に耳を傾けるほど、融通の利く相手ではなかった。俺がメインディスプレイに目を遣ると、相手の船の電磁砲が立て続けに発射されるところだった。
以前同様、クラゲの笠には影を積んだカプセルが飛び出してくる。
「くそっ! クランベリー、カプセルを迎撃するぞ! 一個たりとも通すな!」
《了解!》
俺は低出力に設定した電磁砲を、クランベリーは全身の関節をそれぞれフル活用して、カプセルの迎撃を試みた。母船の方は後回しだ。とにかく、僅かな熱源反応を頼りに、俺は電磁砲を連続で速射した。
クランベリーも電磁サーベルを振り回して、まるで野球のバッターのようにカプセルを弾き飛ばしていく。
しかし、前回アステロイド・ベルト近傍で見た時より、遥かに多くのカプセルが接近してきていた。こんな時に敵の母船から攻撃を受けたら……!
と、思ったものの、それは杞憂だった。敵の母船は、いつの間にか姿を消していたのだ。DFや俺たちのSCRを撃滅する、というのはブラフだったらしい。
確かに、向こうだって、自分たちの残骸を精査されれば正体がバレてしまう。それは避けたかったのだろう。
それはさておき、問題は、クラゲの笠から射出されたカプセルの数だ。真っ黒な球体が、先ほどの電磁砲の連続照射によって弾き飛ばされ、次から次へと向かってくる。
「チィッ!」
俺は大きく舌打ちした。迎撃するこちらとしては、実に厳しいものがあったのだ。
ここは地球近傍宙域である。ハヤタとサオリ、それにアルバが向かった宇宙ステーションと同様の施設が、この近辺には点在している。下手にカプセルを弾き飛ばせば、今度は別な宇宙ステーションに被害が及ぶ可能性が高い。
「こんなところで戦争なんて……!」
『卑怯者が!』と叫ぼうとした直前、通信再接続との表示が出た。ハヤタからだ。
《カイル、クランベリー、聞こえるか! ゴールデン・エベレストから、ジードの遺伝子情報を入手した!》
「何だって?」
《俺たちはDFに戻る! 影を搭載したカプセルが向かってるんだろう? 船の射撃管制システムをフル稼働させれば、カプセルを迎撃しきれるかもしれない! それまで、何とか持ちこたえてくれ!》
「ああ、分かっ……ぐあ!?」
《どうした、カイ――》
そこでぶつり、と通信は途切れた。
慌ててダブル・ショットの全身をスキャンする。すると、通信用の頭部アンテナが損傷していた。電磁砲で消滅させたと思っていたカプセル。その中にいた一体の影が、この機体に取り付いているのだ。
ダブル・ショットの構造上、自分の頭部を攻撃できる火器は装備されていない。攻撃できたとしても、アンテナを失えばDFとの連携が取れなくなる。いや、どうせ破壊されてしまうなら、サムライにアンテナごと影を殴り飛ばしてもらうという手もあるが――。
仕方ない。俺は右腕で電磁砲を連射しながら、左腕を伸ばした。左腕の肘には小型の盾が装備されているが、その裏には、短距離用通信装置が仕込まれている。これなら、せめてサムライとは通信できるはずだ。
「クランベリー、聞こえるか!」
《どうしました、先輩?》
「メインアンテナを潰された! この機体のコクピット以外は壊してもいい、こいつに貼りついている影をふっ飛ばしてくれ!」
《分かりました!》
俺はレーダー用コンソールを引っ叩き、ノイズが消えるのを待った。そこには、中心にダブル・ショット、遥か後方にDF、それに、横合いから接近中のサムライの機影が見えた。
すっとすり寄ってきたサムライは、相対速度を零にした上で、思いがけない所作を取った。
《えいっ!》
「デコピンかよ!」
思わず突っ込んでしまったが、クランベリーの機転は見事に利いた。頭部アンテナの損傷を最低限に抑えつつ、影を弾き飛ばしたのだ。
アンテナの自動復旧まで、およそ三十秒といったところか。影ごとアンテナがもぎ取られていたら、こう上手く事態は運ばなかっただろう。
《先輩! ハヤタ船長に考えがあるそうです! 頭部アンテナの自動復旧が終わったら、すぐに報告してほしいとのことです!》
「了解したと伝えろ! って、うわあ!」
《きゃっ!》
俺とクランベリーは同時に悲鳴を上げた。レーダーによると、小型の謎の物体――間違いなく影だろう――が、俺たち二機を取り囲むようにして展開していた。
「光学映像、さっさと出ろ!」
そこに映ったものを見て、俺は唖然とした。影の背中には、バックパックのような器官が備わっていたのだ。真っ赤な目が、こちらに狙いを定めるようにすっと見開かれる。
これで自由自在に動き回られたら、いくらSCRとて分が悪い。四方八方から攻め込まれてしまう。DFのような艦船なら尚更だ。
一体どうしたらいい? ここまでか? 投降すれば命は助かるか? いや、それはない。ジードに関する何かを見つけてしまった後となっては。
「畜生!」
俺がシートの肘掛に拳を叩きつけた、その時だった。
コンソールに、文字が表示された。
「メインアンテナ、修復完了……。よし! DF、こちらダブル・ショット、聞こえるか?」
《こちらDF、感度良好。何とか復旧したみたいね、カイル》
応じたのはハヤタではなくサオリだった。
「ハヤタはどうした?」
《それより、早く防眩フィルターをかけた方がいいわ》
「何をするつもりだ?」
《連中の目を潰すのよ》
そうか。DFに搭載されている大型照明弾を使う気か。確かに、未だに影たちは、視覚情報を主な感覚器官として使用している節がある。だったら、それをいっぺんに潰し、動きを止めたところで、俺とクランベリーが駆逐していけばいい。
「照明弾の発射は?」
《いつでもいいぜ!》
これはハヤタの声だ。
「了解、クランベリー、聞こえていたな?」
《はい!》
俺は立体映像化されたボタンを操作し、遮光度を最大に設定した。一気に視界が暗くなる。
「よし、いいぞ!」
《カウントダウンは省略だ、照明弾、発射!》
しばらく、何の音もしなかった。レーダーには、じりじりと距離を詰めてくる影たちの姿が見える。俺が遮光されたヘッドギアに視線を戻した直後、淡い光が、視界の中心から外側へと広がっていった。
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