第25話

         

         ※


 連れ込まれたのは、DFにあるのと同じような通信室だった。違いがあるとすれば、その広さ。三、四人でぎゅう詰めになってしまったDFの通信室とは違い、多くのディスプレイが並べられている。その一つ一つに、情報管制官と思しき連中が一人ずつ配置され、何やら複雑な操作を行っていた。


「来たまえ、こっちだ」


 大佐に誘導され、通信室の奥へと進んでいく。その先にはドアがあり、大佐が手をかざすとすぐに開いた。促されるままに入室すると、そこには金属製のテーブルがあった。てらてらと周囲の光を反射している。

 マイクが設置されていて、そばには椅子が二脚あった。急に狭苦しくなったような錯覚に囚われる。


「かけてくれ、さあ。気を楽にして」


 俺は声にならない音を出しながら、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。と、その直後。

 ガシン、という鋭い音と共に、肘掛と足元から金属製の鎖が飛び出し、俺の四肢を拘束した。


「なっ!?」

「大丈夫だ。私の指示に従ってくれれば、こんな鎖はすぐに外してあげよう」

「何をさせようってんだ!?」


 俺はいつもの慇懃さをかなぐり捨てて、大佐に唾を飛ばしながら怒鳴った。


「君たちが影と呼んでいる人型兵器は、公安の造った生物兵器なのだと公言してほしい」

「え……?」


 何を言ってるんだ、大佐は?


「ど、どういう意味ですか?」

「あの生物兵器は、我々軍が開発したものなんだ。その責任を、公安に擦り付けてほしい」


 俺はぽっかりと口を開いた。軍が造った、だって?

 

「君も承知の通り、彼らは人型の生物兵器だ。本来ならターゲットの暗殺用に使うのだが、研究者の一部には、早く実戦に投入して実験したいという連中が多くてね。アステロイド・ベルトでは随分と迷惑をかけた」


 アステロイド・ベルトで――ああ、俺たちが公安に身柄を拘束された時の話か。軍や他の賞金稼ぎたちによって救出された。しかし。


「どうしてあんなものを造ったんだ? 人が何人も死んだんだぞ!」

「分かっている。それを覚悟で儲けようとするのが、君たち賞金稼ぎだろう?」


 返す言葉もない。


「いいかね、カイルくん」


 大佐は静かに、訥々と語った。


「君には才能がある。もちろん、賞金稼ぎとしての腕前や、SCRの取り扱いの巧みさなどのこともある。だがそれ以上に、君にはカリスマ性があると、私は見込んでいるのだよ」

「何のことだ!」


 大佐は椅子から立ち上がり、ゆっくりと俺に近づいてきた。左肩に手を載せ、囁くように語りかけてくる。


「君は大層な目立ちたがりだろう? 自分の手柄を世間にアピールする、絶好の機会じゃないか」

「俺があんたの言いなりになって、嘘を銀河中に吹き込むとでも思ってるのか?」

「そうだ。そして軍が、銀河政府内での勢力を拡大する」

「そんな馬鹿な、俺がそんな茶番に――――――!」


 俺の言葉はすぐに途切れた。右腕に激痛が走ったのだ。骨折した部分を中心に、身体が内側から瓦解していくような感覚に襲われる。


「おっと、気絶されては尋問にならないな。失敬」


 これは尋問じゃなくて拷問だろうが。そう言いたいのは山々だったが、身体に力が入らない。

 これ以上右腕にダメージを喰らえば、正気を失いかねない。しかし、このまま大佐に従って、軍閥の台頭を支援するのは人に非ざる行為だ。

 そう思って、俺が大佐を睨み上げようとした時、ちょうどマイクが目に入った。


「既に放送準備は整っている。機械で君の音声を合成する方法もあったが、優秀な分析官の手にかかればすぐにバレてしまう。やはり、生の声を放送させてもらわなければな」


 畜生、どうしたらいい?

 こんな目立ち方、誰も望んじゃいなかったはずだ。俺も、ハヤタたちDFの乗員も。それに、俺がここで屈して大嘘つきになってしまったら、俺たちを育ててくれたマリに申し訳が立たない。


 だが、今の俺に何ができる? SCRを破壊され、拳銃とナイフを奪われ、挙句拘束されてしまったこの俺に?


 葛藤する俺の前で、大佐は実に穏やかな表情を浮かべていた。まるで自分こそが、俺に対して正しい道を示しているのだと言わんばかりに。

 

 俺はがっくりと俯いた。先ほど嘔吐しかけたのか、喉がジリジリと焼けるような痛みを訴える。それをぐっと飲み込み、俺は顔を上げた。

 やれるだけのことはやった。他の誰も到達していない、『軍こそが影を造った黒幕である』という事実に辿り着いた。これでもういいじゃないか。


 ただ一つだけ、気がかりなことがある。クランベリーのことだ。

 自分が人造人間である、という事実は把握している。だが、それが軍閥台頭のためだったのだ、などと聞かされたら、どう思うだろう?

 思いつめたような、悲壮感を漂わせる彼女の顔が思い出される。俺は大きな時代の流れに呑み込まれ、いや、その一角を担う張本人となって、彼女を裏切るのだろうか。


 ぎゅっと目を閉じる。クランベリーの顔が、次々と浮かんでは消えていく。あの笑顔を、俺は守り切れないのか。


「さあ、カイルくん。話すんだ。そうすればすぐに身柄を解放し、軍の実戦部隊の顧問として迎え入れよう。悪い話ではないだろう?」


 俺はもう、何も考えられなくなった。俺の心の底を見透かしたように、大佐がマイクのスイッチを入れる。皆、許してくれ。


「俺……いや、私はカイル・フレイン。ダーク・フラット所属の賞金稼ぎです。私は今日、大変な事実を知りました。よって、軍の広域通信網を借りて、その事実を公表します。賞金稼ぎの皆さんを震え上がらせた影について。実は奴らは――」

《軍隊がのし上がるために造った、軍の、軍による、軍のためだけの危険な生物兵器でーす!》

「そうそう、軍が造った……って、え?」


 俺がぼんやりしていると、大佐が大慌ててスライドドアに向かい、喚き出した。


「おい、何だ今の割り込みは!? 誰が、いや、どうやって軍の通信網に潜り込んだ!? 報告を上げろ!」

「わ、分かりません! このステーション近傍に怪しい機影はなく……」

「どういうことだ!?」


 その時、やっと俺は気づいた。今の声は、サオリのものに違いない。まさか、軍が影を造ったのだという証拠を掴んだのか? どうやって? それに、この通信網に割り込むなんて、どんな技術を使ったんだ?


 俺が事態の急変に呆然としていると、聞き覚えのある声が尋問室のスピーカーから聞こえてきた。


《カイルさん、ご無事ですか? クリスです、二百秒以内に宇宙服を確保してください! 詳しい話はDFに戻ってからにしましょう!》

「あー、わ、分かった!」


 とにかく訊きたいことが山積みだったが、今はまだ俺は虜囚の身だ。我慢しなければ。

 宇宙服を確保しろということは、真空中に出ることになるのだろうか? ということは、この宇宙ステーションのエアロックを探さなければ。

 俺は左腕でバランスを取りながら立ち上がり、駆け出した。


 DFに戻ってから、とクリスは言った。何らかの手段で、このステーションを部分的に破壊し、脱出路を造るつもりなのだろう。だが、俺自身は連絡手段を取ることのできる機器を身につけていない。携帯端末は取り上げられた。クリスたちもそのことは知っているだろうから、エアロックに着いて宇宙服を着たら、その場を動かないのが賢明だろう。


 このステーションは、通信用に建造されたものだということは察しがつく。そうそう広くはないはずだ。

 そう考える間に、俺は大佐を突き飛ばし、情報管制官たちの背後を通って、通信室を抜け出した。


「非常事態だ! 奴を捕まえろ! 殺すんじゃないぞ!」


 ほう、それは有難い。だが、そんな嫌味を言っていられる状況でないことは、俺自身が一番よく知っている。最も酷い重傷を負っているのは俺なのだから。


 廊下に出た俺を出迎えたのは、三名の警備員だった。全員が警棒を振るってくる。

 俺は右腕を庇いながら、回し蹴りを見舞う。右足でつま先立ちをし、ぎゅるり、と身体を捻って反対側にもミドルキックを蹴り込んだ。


「ひっ!」


 たかが怪我人と高をくくっていたのだろうが、生憎俺も賞金稼ぎだ。死線を何度も潜り抜けてきた。舐めてかかってもらわれては困る。

 中央に残った一人の側頭部を、俺は思いっきり殴打した。くらりと揺らいだ警備員の胸元から、ドア開閉用のパスカードを引きちぎる。残り時間は、あと百秒といったところか。


「エアロックでいいんだよな……!」


 俺は素早く廊下を駆けて、端を目指した。間違いない、エアロックの表示が出ている。

 さっとパスカードをかざすと、エアロックの封鎖はすぐに解かれた。そして、


「あった!」


 宇宙服が目に入った。すぐにラックから外し、両足を突っ込む。右腕を使わずに着込むのは苦労したが、そんなことを言っていられる場合ではない。

 辛うじてヘルメットまでを装着し、防眩フィルターを下ろしたその直後、外部へ面したドアが勢いよく解放された。


「うわあああああああ!」


 そして俺は、勢いよく宇宙空間へと吸い出された。

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