第26話【第六章】
【第六章】
真空中に放り出された俺が感じたのは、背中にあたる硬質な感覚だった。
《ご無事ですか、カイル先輩!》
「クランベリーか?」
問うてはみたものの、確認する術がない。それでも身をよじって機体を見上げれば、それがサムライであることは分かった。俺はサムライの掌で、優しく捕まえられたのだ。
《すぐにDFまで運びます。すぐそこまで来ていますから!》
「えっ?」
待てよ。SCR程度の大きさの物体ならともかく、DFのような艦船を見逃すほど、警戒網がずぼらだとは思えないが。って、そうか。熱光学迷彩を施して、捕捉されずに済ませていたのか。クランベリーもまた、微弱な電磁波とその反響から、DFを探しつつ航行していることが分かる。
流石に俺を殺すことはできなかったのだろう、宇宙ステーションからの追撃はなかった。
やがて、ステーションに装備されているであろう兵器群の射程外までやって来たのか、停泊中のDFの姿を視認することができた。
俺はサムライからそっと離れ、エアロックに滑り込んだ。
※
ブリッジに上がると、ハヤタがいつも通り無煙葉巻をくゆらせていた。
「おう、カイル。お勤めご苦労さん」
「何がお勤めだよ、ハヤタ! こちとらこの右腕を抱えて……いてっ!」
「まあ待てよ。鎮痛剤を打ってやるから」
俺は顔をしかめながら、ブリッジ内の椅子に腰かけた。
「なあハヤタ、どうして通信網に割り込めたんだ?」
「ああ、それな」
ハヤタは葉巻を指で挟み、ゆっくりと語り出した。
「お前、クリスから聞いてなかったか?」
「そう言えば、さっきちらっと声が聞こえたぞ。ステーションの中にいた時だ」
俺の言葉に、ハヤタはすっと頷いた。それからコンソールを操作し、『カイルが戻ったぞ』と吹き込んだ。次にスピーカーから聞こえてきたのは、まさに件の人物からだった。
《カイルさん! ご無事で!》
「クリス! 一体何をやらかしたんだ?」
《せっかく助かったのに、開口一番それですか? まあ、運が良かったんですよ》
それでもお前が関与したことには変わらねえだろうが。俺がそう口にしようとすると、クリスが先に語り出した。
《ご容赦いただきたいのですが、僕、DFとは定期的に連絡を取っていたんです》
「定期的に?」
俺は地球に降りた時にしか、クリスの声は聞いてないぞ。
「サオリが相手をしていたらしい。いざって時に、こうしてクルーを救出するためにな」
ハヤタの言葉を受けて、今度は俺がマイクを引き寄せ、問うた。
「俺が救出された時に、サオリが通信に割り込んできたぞ。あれはどうやったんだ? あんな通信ステーション、そうそう簡単に見つかるものでもないだろうに」
《軍が影を造り出したことは、先ほどハヤタさんから聞きました。その事実を公にしない限り、あなた方は軍にマークされたままになってしまう。だから、先ほどの宇宙ステーション――通信に特化したモデルですが、あれを使って件の事実を銀河中に広められる機会を狙っていたんです》
「何だよ、だったら俺が取っ捕まる前にやってくれればよかったじゃねえか! とにかく、その方法を訊いてんだよ。どうやって通信ステーションの放送に割り込んだ?」
礼を述べるのも忘れて、疑問をぶつける俺。クリスは冷静なままで、言葉を続けた。
《ダブル・ショットに搭載された非常用ビーコンが役に立ちました。逆探知して、どの宇宙ステーションに連れていかれたのかが分かりましたからね。あれだけ名の知れた賞金稼ぎであるカイルさんを生け捕りにしたということは、軍は何か、自分たちに都合のいいことを言わせようとしているに違いない。しかし、そんな通信用のステーションの場所は秘匿されている。その所在を確かめるために、何らかのシグナルを発する物体をステーションに潜り込ませる必要があったんです》
それがダブル・ショットのビーコンだったというわけか。
より詳しく尋ねてみると、秘匿回線での通信履歴から、この宙域に向けて通信を試みたところ、DFと連絡が取れたらしい。
《そこで、DFにそのステーションへの接近を試みてもらったんです。そうしたら、ちょうど未登録のステーションがあったです》
「それが、俺が連れ込まれた通信ステーションだったのか?」
《ええ。後はこちらから、DFのステルス性能を最大限に活かして、クランベリーさんにあなたを救出してもらった、ってわけです》
ふむ。話の筋は通った。ただ、一点を除いて。
「クリス、それだけの通信技術を持ってるお前は、一体何者なんだ?」
《マリさんに見込まれたんですよ。地球からDFを支援できるような通信士になってほしい、と懇願されましてね。僕だって、クルーの一員なんですよ? ただ、実際にDFに乗船しているわけではない、というだけでね。乗船していないからこそできることを行う、五人目のクルーなんです》
クリスの得意気な雰囲気が伝わってくる。俺が顎に手を遣ると、ハヤタが手招きした。
「カイル、お前はまだ、『公安ではなく軍が影を造った』という事実の根拠は分からないな?」
「ああ、ゴールデン・エベレストでお前らが何かきっかけを掴んだ、ってこと以外は」
「通信室に来い。今、サオリが銀河中に放送を繰り返している。それを見れば、お前も納得するはずだ」
「分かった。クリス、今度地球に降りたら一杯奢るぜ」
《了解です! 楽しみにしてます!》
その言葉を最後に、通信は無事終了した。
「じゃあ、次は通信室に行くぞ、カイル。今、サオリが『軍が影を造った』っていう放送を流してる。あの通信ステーションを経由してな。お前もよく聞いとけ」
「わ、分かった」
※
通信室に入ると、サオリが両腕をデスクに着いて熱弁を振るっていた。
「皆さん、ご覧ください! これが、我々が入手した薬剤です!」
薬剤? 何のことだ? 俺とクランベリーが時間稼ぎをしている間に、一体何を見つけたんだ?
サオリは腕を掲げ、立体映像の複製機に差し込む。その手には、太い注射器のような器具が握られていた。
「これは、かつてアルバ・ブルードの相方を務めていたジード・ヴェルという人型生物兵器が、細胞組織を維持するために使っていた薬物です!」
それは薄い緑色の、どろりとした粘性のある液体だった。これが、ゴールデン・エベレストに乗り込んだハヤタとサオリが発見したものか。
しかし、それが何故軍のものであると言えるのだろうか?
「過去の軍における定期報告書のデータを参照してください。先月七日に、民間向けに報じられた記事です。軍の医療部門が民間医療施設と共同で、細胞を活性化させる薬剤の開発をしている、と報じられています」
その記事なら、俺もちらっと見たことがある。その当時は、軍が一般市民に向けて好感を得るために、適当な研究結果をぶち上げたんだろうとしか思っていなかった。
しかし、そこまで本腰を入れて開発を試みていたとは。
「我々はこれを詳細に分析するために、軍でも公安でもない第三者調査委員会の手に委ねたいと思います。これをお聞きの賞金稼ぎの皆さん、私たちを援護してください! 私たちの行き先は、随時お伝えします」
そこでサオリは、すっと息を吸った。
「現在、我々は軍からも公安からも追われる身です。どうか、援護をお願いします!」
サオリは口ごもることもなく、一気呵成にこれほどの言葉を発してみせた。否、聞かせた。
だが、待てよ。サオリが一旦マイクを遠ざけたタイミングを見計らい、俺は尋ねた。
「サオリ」
「ひゃっ! な、ななな何?」
演説に熱が入りすぎて、俺がいることに気づかなかったらしい。サオリは振り返りながら跳び上がるという器用な挙動を取りながら、俺を視界の中心に捉えた。
そんなに驚くなら、俺が無事帰還したことを喜んでほしいとも思うのだが。まあ、彼女にはハヤタがいるからな。それはさておき。
「どこへ行くつもりなんだ? 熱光学迷彩だって、もうそろそろ電源切れになるぞ」
「そうね、再度地球に降りましょう。DFでニューヨークの国連本部前に乗りつけるのよ」
そうか。中央政府に証拠品を提出すれば、誰もその結果に文句は言えなくなる。
「地球への再突入と軌道修正も合わせると、あと三時間ほどの行程を見込んでいる。大気圏突入までは九十分といったところだ」
ハヤタが補足説明をしてくれる。九十分か。その間、何とか軍と公安のトラップを潜り抜けられればいい。
「ところで、クランベリーはどうした?」
「SCRの整備ドックだろう。サムライの再度出撃に必要な電力は供給しておいたんだが、まだ自分で調べたいことがあるんだそうだ」
「サンキュ」
俺は左手でハヤタの肩を叩きながら、通信室をあとにした。
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