第27話


         ※


 DFの後部は、主にメインエンジンのノズルとSCR専用のドックになっている。俺は、隔壁の向こう側の気圧が保たれていることを確認した。


「気圧保持システム、異常なし、と」


 呟きながら、一気に広大なドックへ進み出る。広いのは当然だ。SCRを搭載しなければならないのだから。

 そこに鎮座していたのは、サムライだ。軽く塗装が剥げているが、当然戦闘に支障が出るほどのダメージではない。こうして見上げてみると、有体な言葉ではあるが、SCRが金属製の巨人であることを思い知らされる。

 主任務であるところの、宇宙クラゲ討伐や隕石群の迎撃といった活動内容を考えれば、やはりこれくらいの大きさは必要なのだろう。


 さて、問題はクランベリーがどこにいるかということだ。彼女の名を呼ぼうとして、俺は上方に小さな人影を認めた。彼女は床ではなく、キャットウォーク上で体育座りをしている。まるで、悪戯を咎められた小さな子供のように。

 ちょうどサムライの胸部コクピットあたりの高さだ。視線の先には、サムライの頭部がある。

 俺はクランベリーを驚かせないよう、敢えて足音を立てながら、キャットウォークに至る階段を上った。


 カタン、カタンと音を立ててみたが、しかしクランベリーは振り返りもせず、立ち上がりもしない。まるで俺に気づいていないかのようだ。彼女の癪に障るようなことをしただろうか?

 いや、それは考えにくい。通信衛星から逃げる際、彼女はこのサムライに乗って、俺を助けに来てくれたのだ。ほんの三十分ほど前のことである。あの時、俺を心配してくれた彼女の口調に棘はなかった。


「クランベリー」


 結局、俺は彼女の名を呼ぶことになった。クランベリーも、流石にシカトを続けるわけにはいかないと思ったらしい。ゆっくりと立ち上がり、俺の方に身体を向けた。


「カイル先輩、怒ってませんか」

「は?」


 いやいや、そこは『大丈夫ですか』じゃないのか? 別に険悪なムードになっているわけでもないのだから。


「怒る、って言っても、誰に、どうして怒るんだ?」

「先輩は、私がサオリさんの写真データを消去したことで怒ってませんか?」


 顎を上げて、俺と視線を交わすクランベリー。


「そのことはとっくに話したじゃねえか。お前が、あー……、認めたくなくて、ついつい消しちまった、って話だろう?」


 目的語を口にするのは憚られたので、妙な言い回しになってしまった。正確には、クランベリーが、自分が人造人間であることを認めたくないが故に、サオリの撮ったジードの遺体写真データを消去してしまった、ということだ。


 俺がそう補足するまでもなく、クランベリーは俯いた。しかし、すぐにぱっと顔を上げた。


「カイル先輩は、年上の異性が好きですか? それとも年下の方がいいですか?」


 思わず俺は吹き出した。


「な、何訊いてんだよこんな時に!」


 俺は軽く彼女の頭を小突いてやろうとしたが、右腕が引き攣って上手くいかない。その上、クランベリーが実に真剣な眼差しをしていたので、適当に答えるのも憚られた。


「ま、まあ、俺と比べてプラスマイナス五歳くらいかな……。俺が今二十二歳だから、十七歳から二十七歳くらいがいいんじゃないかと思ってるんだが」


 全く、答える俺も俺だ。どうかしている。しかし、この言葉のもたらした影響は大きかった。


「そう、ですか」


 クランベリーは胸の前で両手を握りしめて、再び視線を落としてしまったのだ。


「やっぱり歳、気になりますよね。それに、私は人造人間だから……気持ち悪い、ですよね」


 おいおい待て待て。本当に、何の話になってるんだ? 俺の恋愛対象になる年齢層を訊いて、しかも自分で自分を『気持ち悪い』だなんて、何が言いたいんだ?


 いや、分からない振りをするのも限界がある。これらの会話から推測される、クランベリーの言いたいこと。それは、


「私なんかに好きだって言われても、困りますよね」


 ああ、先に言われてしまった。俺は沸騰しかけた脳みその中で、なんとか冷静に、火消しに努めなければならなかった。

 尋ねたいことはたくさんある。どうして俺なのか、とか――いや、やっぱり俺が彼女の目に留まった理由が、一番気になる。それ以外をいっぺんに尋ねられるほど、俺の脳内ヒーターは弱火ではなかった。


 俺が口をパクパクさせていると、唐突にドック内のスピーカーから声がした。


《あー、こちらハヤタ。新たなSCRの入手に成功した。カイル、クランベリー、まだドックにいるなら、すぐにエアロックに入ってくれ》


 こんな時に何を言いやがる。こっちの頭は茹ってるんだぞ。

 そう言ってやりたいのは山々だったが、徐々にハヤタの言葉が浸透してきた。

 新しいSCR? 新戦力か。それはありがたい。


「と、取り敢えず戻ろう、クランベリー」

「はい」


 いつもの威勢はどこへいったのか、気の抜けたクランベリーの返事を聞きながら、俺は素早く階段を下りた。軽く手招きをすると、クランベリーも無言でついて来る。俺と彼女は何とも言えない気まずさにまとわりつかれながら、エアロックを抜けた。


         ※


「アルバの使ってた旧式SCRだぁ!?」

「まあ聞けよ、カイル」


 ハヤタの言葉に、俺とクランベリーの間の妙な空気は一瞬で消し飛んだ。DF護衛のために、SCRを使うという。それはいい。だが、よりにもよってアルバの愛機を俺が操縦することになるとは。


「アルバ、お前は構わないな?」

「ああ。もうあんたらを相手に喧嘩する元気もないしな」


 妙にしょげているアルバ。この男、見た目に似合わず、プライバシーを気にする奴だったらしい。ゴールデン・エベレストを隅から隅まで捜索されたことに、絶望してしまったようだ。


「そう肩を落とすな、アルバ。お前の自室のロッカーにあったコカイン四・五グラムは見なかったことにしてやる」


 そう言って宥めているのはハヤタだった。が、それよりも、俺に対する説明責任を果たしてもらいたい。


「ど、どうして俺がアルバなんかのSCRに乗らなきゃならねえんだよ?」

「旧式だからだ」

「駄目じゃねえか!」

「よく考えろ、カイル」


 ハヤタは俺に、左から肩を組んだ。

 

「DFの熱光学迷彩はじきに切れる。軍にも捕捉されるだろう。間違いなく連中は、妨害電波を展開させるはずだ。電磁砲や電磁サーベルは使えない」

「だったら何だよ?」

「そう噛みつくなよ、カイル。旧式のSCRに搭載されているのは実弾兵器だ。妨害電波を無視して戦える」

「それで、俺にサムライのバックアップをさせよう、ってことか」

「ご明察」


 ハヤタは得意気に唇を歪め、俺をぴしっと指差した。


「ダーク・フラット艦長として、ハヤタ・ヤマキがカイル・フレインに命令する。お前はアルバ・ブルート所有だったSCR、通称ヤジロベエにて出撃、クランベリーのSCR、サムライの後方支援任務に就け」


 ううむ。こう言われてしまうと、反論のしようがない。


「分かった分かった、分かりましたよ。ヤジロベエとやらで、遠距離火器を用いてサムライを援護するんだな?」

「そうだ。お前がダブル・ショットで戦ったような、高性能のSCRが、俺たちを地球の防空圏内に入れまいと躍起になって押し寄せてくるはずだ。一機だけでは、勝ち目がない」


 そう言いながら、無煙煙草をゴミ箱に放り込むハヤタ。

 急に心細くなった俺は、サオリに尋ねた。


「援軍、来るんだろうな?」

「もちろん! さっきまでグンジョーさんと会話してたのよ。秘匿回線で、あたしたちが地球、アメリカ合衆国のニューヨークに停泊するのは通達済み」


 そこまで言って、サオリはぱちん、と掌を打ち合わせた。


「そうそう! ねえハヤタ、もうじき熱光学迷彩、なくなっちゃうのよね?」

「うむ。その近辺に、グンジョーや他の賞金稼ぎたちの船が集っているはずだ」

「集っている『はず』って何だよ?」


 俺はハヤタに噛みついた。


「行ってみないと分からない、ってことか?」

「心配しないで、カイル」


 そう言って視界に割り込んできたサオリに、俺は怪訝な視線を向ける。しかしそんなことはお構いなしに、サオリは続けた。


「いわゆる『男の約束』っていうのがあるんでしょう? あんたたちもグンジョーも情熱的な人種だから、大丈夫でしょ」


 確かに、あのグンジョーが俺たちを裏切るとは思えない。


「よし、熱光学迷彩のエネルギーが切れるぞ。地球までもうすぐだが、軍が待ち構えて――」


 と言いかけて、ハヤタは言葉を切った。


「どうしたんだよ?」


 レーダーには、機影がたくさん映っている。これは心強い。軍が介入してきても手出しはできなだろう。って、あれ?


「おいおい、ちょっと待てよ!」


 俺はようやく、ハヤタが絶句した理由を発見した。

 賞金稼ぎたちの船が、皆電磁砲でロックオンしていたのだ。他でもない、我らがダーク・フラットを。

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