第28話

 この状況下における問題点は二つ。

 一つは、こちらが熱光学迷彩を施していたのに、他の賞金稼ぎたちがこの船を捕捉し、待ち構えることができたのは何故か。

 もう一つは、どうして俺たちを狙っているのか。


 ああ、そうか。軍だったら、熱光学迷彩対策手段を発見していてもおかしくはない。特殊な電磁波の反響で、真空中の物体を捕捉できるように。サムライが通信衛星から俺を救出した時と同じ原理だ。

 その原理を提供したという意味では、グンジョーたちは軍と共同戦線を張っているのだろうか。


「こちらダーク・フラット、船長のハヤタだ! おいグンジョー、お前ら何をやってる!?」

《遊撃部隊隊長、グンジョー・タチより。我々は軍の命令で動いている。貴船には同行願いたい》


 やっぱりな、という思いと悔しさが湧き上がる。それは同時に、得意先である軍に裏切られたことを意味する。


「軍の命令って何だ? あんたらもさっきの放送を見聞きしたはずだ! 軍が生物兵器を開発していたのが悪かったんだぞ!」


 ハヤタは怒鳴り散らしている。よほど現在の状況を悲観しているのだろう。


《その件については、軍と話がついている。我々は、軍の下部組織として彼らに従う義務がある。死人が出る前に、こちらの指示に従ってもらいたい》

「言わせておけば……!」


 ハヤタが歯ぎしりした直後、多数の小型の物体が、点々とレーダーに現れた。前方の物体を最大望遠で捕捉する。そこに映っていたのは、ダブル・ショットを破壊した軍用SCRだった。そいつらが、完全に俺たちを包囲している。


「こいつらにも熱光学迷彩が仕組まれていたのか」


 もはや怒りを露わにすることも叶わず、呆然と呟くハヤタ。これで完全に、こちらは動きを封じられた。軍からどんな目に遭わされるか、分かったものではない。


《速やかに投降しろ。そちらに危害を加えるのは、我々とて本意ではない》


 ハヤタはふらふらとよろめき、後ろにあった船長席に沈み込んでしまった。妨害電波は発せられていない。そんなものに頼らずとも、俺たちを捕縛するのは簡単だと判断された、ということだろう。

 畜生、ここまでか。古風に言えば『年貢の納め時』というやつだろう。俺たちは違法ギリギリのところで金儲けをしてきたのだから。


 そんなことを考えている間に、ちょうど二分間、沈黙の時間が流れた。


《投降の意志はないものと判断した。貴船を撃沈する》


 一斉に得物を構えるSCR。軍用機だけでなく、民間機、すなわち賞金稼ぎたちのSCRも混じっている。これでハチの巣にされて、一巻の終わりなのか。

 

 凄まじい爆光と爆音が周囲に広がるのを確認し、俺はぎゅっと目を閉じた。俺たちの戦い、人生の場面場面が甦る。賞金稼ぎとしてしか生きる術を持たなかった俺たち。しかし、マリが幼少期の俺とハヤタを救ってくれなければ、そもそも俺たちはとっくに死んでいたのだ。

 感謝しこそすれ、糾弾する筋合いはないし、そんなつもりもない。


 せめてクランベリーに、返事をしてやるべきだったな。あいつの好意は、正直とても嬉しかった。俺だけならまだしも、彼女まで犠牲になるとは。DFではなく別な船に拾われていたら、こんなところで宇宙の塵になることもなかっただろうに。

 すまないな、クランベリー。戦いばかりで、何もかも上手くはいかなかった。


 しかし、妙だ。あれだけの爆発があったというのに、俺たちに『死んだ』という感覚はない。まだ生きているのか? だったら今の爆発は何だったんだ?


 眼前の光が収束するのを察して、俺はゆっくりと目を開けた。そこには、相変わらずの見慣れたブリッジが広がっている。撃沈されたのではなかったか。

 次に復活した五感は、聴覚だった。耳を聾する爆音は沈静化し、代わりに金属同士がぶつかり合うガシャガシャという音が貼りついている。


《軍用SCRは全て撃破しろ! できるだけパイロットは殺すなよ!》


 今のはグンジョーの声だ。しかし、何だって? 軍用SCRの殲滅? 撃沈しようとしていたのは、DFではなかったのか?

 そんな俺の疑問に答えるように、グンジョーの声が続いた。


《すまない、DFのクルー諸君! 余計な心配をかけたな。我々は君たちを援護する! 詳しい話は後だ。君たちもSCRを出撃させて、軍用機を叩いてくれ!》

「あ」


 俺は思わず、間抜けな声を上げた。これってまさか、『敵を騙すには味方から』ってやつか? ハヤタめ、この鉄則はグンジョーの受け売りだったか。

 俺がぼんやりしていると、ハヤタが勢いよく立ち上がり、こちらに振り返った。


「今はグンジョーを信じよう! カイル、クランベリー、それぞれSCRに搭乗して軍用機を叩け! 我々も参戦するぞ!」

「あ、ああ!」

「了解!」


 それぞれ頷く俺とクランベリー。


《DF、そちらのSCRはきちんとこちらで回収する! 道を開くから、今のうちに地球へ降下しろ!》

《畜生! 裏切ったな、グンジョー!》


 無線に割って入ったのは、きっと軍の通信士だろう。そんな声などどこ吹く風で、グンジョーの声で『俺もSCRで出撃するぞ!』と聞こえた。

 総司令官にあたるグンジョーが出撃してどうするんだ。そう思ったが、彼とて立派な賞金稼ぎだ。現場にいた方がしっくりくるのだろう。周囲の士気も上がるだろうし。


 SCRドックに駆けている間にも、グンジョーからの通信は聞こえてきた。

 どうやら、超大型電磁砲を使って敵を蹴散らし、DFが地球に降下する軌道を造るつもりらしい。


《軍、公安、賞金稼ぎ問わず、作戦宙域展開中の各機へ! 超大型電磁砲を、地球近傍を掠めるコースで発射する! 射線上の全船及び全SCRは、直ちに回避運動を取れ! 繰り返す! これが最後の警告だぞ!》


 カウントダウンは省略する――その言葉に、射線上の船やSCRが、蜘蛛の子を散らすように一本の道を空けた。

 上下左右も分からない宇宙で『道』というのも変な言い回しである。だが、少なくとも俺にはそれが、希望の道標であるように思われた。その中央を突っ切るように、眩い光が音もなく走っていく。


《行け、ダーク・フラット! 幸運を祈る! カイル、クランベリー、早速ドンパチに混ざってもらうぞ。皆、かかれ!》


 うおおおお!! という雄叫びに背を押されるようにして、俺はキャットウォークの階段を駆け上がった。


         ※


「ヤジロベエ、出るぞ!」

《サムライ、三十秒後に発進します!》

《こちらハヤタ、出撃を許可する。二人共、無茶はするなよ! 六十秒後、本船は先ほどの大型電磁砲の軌道に沿って、地球に降下する!》


 幸い、ヤジロベエは旧式とはいえ、コクピットの内装はダブル・ショットと同型だった。

 戦い方としては、実弾兵器で相手の気を逸らし、殴り掛かるなり蹴りつけるなりするしかあるまい。

 ややレスポンスが鈍いヤジロベエ。だが、ダブル・ショットよりは身軽だ。近接戦闘も考慮した上で設計されたのだろう。逆に、敵である軍用SCRは、DFを脅すために狙撃仕様機が主体。

 これなら、こちらが多少古い機体であることを差し引いても、上手く立ち回れるかもしれない。


《賞金稼ぎ諸君! 電波妨害をしかけるぞ! 軍用機は丸腰同然だ、派手に暴れてやれ!》


 この言葉を最後に、通信は途絶した。あちこちで散り始める、派手な火花。SCR同士の殴り合いが行われているのだ。


「俺たちも参戦するぞ、クランベリー!」

《はい!》


 先ほどとは打って変わって、彼女の声には活気があった。瞬く間に俺を追い抜き、一直線に敵機群に突っ込んでいく。

 

「負けてられねえな、こりゃ!」


 俺は手持無沙汰にしている単機に向かい、ミサイルを連射しながら接敵した。こちらもさっさと身軽になってしまおう。

 突然の実弾兵器の接近に、件の軍用機は慌てた様子だ。辛うじて、両腕で胸部のコクピットを守り切る。俺は光学映像しか当てにできない状況で、爆炎の中の敵機頭部を捕捉した。


「でやっ!」


 思いっきり足を振り上げ、やや機体を上昇させる。敵機の顎下から、突き上げるような強烈な爪先蹴りが決まる。堪らずに、頭部が外れて虚空へと流れて行った。

 続けざまに掌を勢いよく繰り出し、相手が半回転したところで掴みかかる。そして、姿勢制御スラスターの配線をむしり取った。これでこいつは身動きできまい。


「次だ!」


 俺が調子づいていると、視界の端で何かが広がった。無力化された軍のSCRだ。その中心にはサムライがいて、得意の回し蹴りを繰り出している。その勢いたるや凄まじく、頭部、腕部、あるいは配線を破壊されたSCRが数機、まとめて吹き飛ばされた。


「すげえな……」


 って、感心している場合ではない。俺は次の標的を探し、空になったぶんのミサイルポッドを脚部からパージして、勢いよく突撃した。

 クランベリーに勝とうとは思わない。彼女ほど注目されなくてもいい。だが、彼女の身柄は守らなければ。


 などと考えている間に、グンジョーから短距離通信が入った。妨害電波で掠れてはいたが、内容は聞き取れた。曰く、DFが無事地球降下を果たすまで、軍用機の相手をしていればよいとのこと。


「やってやろうじゃねえか!」


 俺が意気込んでスラスターを吹かそうとした、その時だった。

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