第29話
ふっと、俺の頭に危険信号が流れた。半ば勘だ。
俺は自機のスラスターを急停止させ、脚部の排熱口を無理やり吹かして、その場で一回転。まさに九十度旋回した瞬間、凄まじい熱量が機体を掠めていった。
「あっぶねえ!」
危険信号の原因は、長距離砲で狙われているという危機感にあったらしい。
光学映像に目を凝らす。そこには、狙撃用電磁砲の反動を相殺しようとする軍用機の姿があった。ダブル・ショットを行動不能に陥らせたのも、こいつの同型機に違いない。
だがおかしい。今は、グンジョーの母船、ブラック・スコールが電波妨害を仕掛けることによって、電磁砲は使用不能になっているはず。どうやって狙撃したんだ?
はっとして、ブラック・スコールのいる方へと振り返る。そして俺は目を見開いた。
影だ。影の連中が、ブラック・スコールに群がっている。数え切れないほどの多数の影によって、船は完全に包囲されている。こいつらがアンテナを破壊して、電波妨害を止めさせたのだ。
それに気づいたのか、一機のSCRがブラック・スコールに接近する。
「よせ! 無茶だ!」
俺は叫んだ。しかし、混乱の最中にあるこの宙域で、俺の警告が届くはずもなかった。
船に群がっていた影の一部が離れ、そのSCRに取り付く。すると、その機体は瞬く間に関節部を切断され、四肢と頭部、それにコクピットの六つのパーツに分解されてしまった。
流石に賞金稼ぎたちを無暗に殺傷する意図はないらしい。だが、こうして賞金稼ぎの商売道具を破壊するのには、何らかの意味があるのだろう。これは後々、サオリやクリスにでも尋ねるしかない。
何はともあれ、俺たちにとって分が悪くなったのは認めざるを得ない。軍用機の有する狙撃用火器管制システムが復活したのだ。今はまだ接近戦を行っているSCR同士。だが、一旦距離を取られたら、すぐに腕や足を狙撃されて丸腰にされてしまう。そうすれば、パイロットはすぐさま拘束され、宇宙航海士などの資格を剥奪されてしまうかもしれない。
《賞金稼ぎの各員へ! 本船の電波妨害装置が破壊された! 軍用機は狙撃によって我々を仕留める気だ! 何とか接近戦に持ち込め!》
グンジョーの声が響き渡る。しかし、これも俺の警告同様、それほどの味方に通じるか分からない。
仕方ない。あまり使いたくない手ではあるが、俺たちもそれ相応の対処をしなければ。
俺は向きを変え、クランベリーの独壇場へと自機を飛ばした。蹴り飛ばされ、スラスターを破壊された軍用機が、為す術もなく漂っている。
俺がしようとしていること。こんなことをしたら、俺の評判は地に落ちるだろうし、二度と喝采を浴びることはないだろう。だが、それでもあらゆる手段を講じて戦わなければ。
俺は一度、ぎゅっと瞼を閉じて意識を切り替えた。そのまま自機を旋回させ、浮遊している軍用機を背後から羽交い絞めにする。そして、皆の注目を浴びるよう、照明弾を頭部から射出した。
自機に関節部を固定され、闇雲に腕を振り回す軍用機。俺は、鎮痛剤で麻痺した右腕を何とか動かし、電磁サーベルを取り出した。そのまま柄の部分をコクピットに押し当てる。
「おい、軍のパイロット共! これを見ろ! 人質だ! 俺が電磁サーベルを起動させれば、胸部装甲が貫通されて人質は死ぬぞ!」
最低だな、俺。人質を取って戦うなんて。だが、今は皆を信じるしかない。賞金稼ぎたちのことだけでなく、軍のパイロットたちのことも。
今まで、軍の造った影によって、十数名の賞金稼ぎたちが命を落とした。だが、それは自分たちがはぐれ者であることを自覚し、死ぬ覚悟をしていたから納得させられたことだ。
規律ある軍人たちは、俺たちとは違う。仲間を見捨てはしないはずだ。だからこそ、共同戦線を張ることだってできたし、互いに頼りにしてきた部分もある。
もし、俺の警告が無視され、仲間ごと俺を狙撃してきたら――その時はその時だ。
「要求はただ一つ! すぐに戦闘を中止して、とっとと消えやがれ! 全機の撤退が確認されたら、この機体のパイロットを返してやる!」
乱闘の最中、俺の言葉がどのくらいの人数に届いたかは分からない。しかし、あちこちで散っていた火花がだんだん鎮まってきたことは確認できた。電波状態がマシになったということか。
軍用機たちは、距離を取るべきか否か判断に迷っている。俺が盾にしている機体のパイロットの救出に向かうか、それとも狙撃という自分たちの得意な戦法に持ち込むべきか。
本来なら、俺はタイムリミットを設けるべきなのだろう。軍用機のパイロットたちに、プレッシャーを与えるために。
だが、それはどうしてもできなかった。そこまで落ちぶれた俺の姿を見たら、マリはどう思うだろうか?
「いいからとっとと失せやがれ! 俺は本気だぞ!」
喚き散らすことしかできない俺。声がひっくり返りそうになるのを、どうにか堪えて言葉にする。全く、慣れないことはするもんじゃないな。
どのくらいの時間が経ったのだろう。いつもなら体内時計で時間を計る癖を持つ俺が、完全に状況に呑まれ、感覚を失っている。気づいた時には、額の汗が頬にまで流れてきていた。
まさにその時だった。軍用機たちが、唐突に電磁砲や電磁サーベルの電力を落とし、白旗代わりの白い照明弾を打ち上げ始めた。人質の機体もまた、喧しい駆動音を抑え、ぐったりと脱力する。
何らかの状況の変化があったのだろうか。俺は通信機のチャンネルをいじり、その放送を捉えた。
《こちら公安局警備部、非人道的兵器開発の疑いで、クラック・ドルヘッド大佐の身柄を確保した。軍用機は直ちに武器を捨て、投降サインを挙げよ。繰り返す――》
「はあっ!」
俺は思いっきり大きなため息をついて、前のめりになっていた上半身をシートに預けた。どうやら、ハヤタたちは上手く立ち回ってくれたらしい。まさか公安が、俺たち賞金稼ぎのために動いてくれるとは思えなかったが。
いや、違うな。連中は軍の発言権拡大を防ぎ、自分たちの面子を守るために動いたのだ。ハヤタたちの動きは、まさに『棚から牡丹餅』だったのだろう。
が、今はそんなことはどうでもいい。とにかく、俺は生き残ったのだ。軍と公安の間に何があったのかは、これから知らされることになる。しかし今は、とにかくシャワーを浴びてベッドに突っ伏したい。
俺がヘッドギアを外そうと頭部に手を遣った、その時だった。
《カイル先輩!》
クランベリーの絶叫が、俺の脳髄を揺さぶった。直後、今まで感じたことのないほどの殺気が俺の全身を貫いた。
狙撃だ、と一瞬で察した。クラック大佐が捕まったにも関わらず、まだ戦闘続行を叫ぶ奴がいたのだ。まさかこの期に及んで撃たれるとは思わなかった。
俺は全力で回避を試みようとしたが、もう間に合わないことは明白だ。光が、俺の視界を真っ白に染めていく。
その熱量が俺を巻き込むかと思われた、まさにその直前だった。横合いから凄まじい衝撃を受け、ヤジロベエは大きく姿勢を崩した。
何が起こったのか分からず、そして言葉を発することも叶わずに、俺は眼前の光景を見つめていた。
あの機影は、サムライだ。俺に思いっきり、得意の回し蹴りを叩き込んだのだ。俺を電磁砲の射線から逃がすために。自らも、衝突した反動で回避するつもりだったのだろうが、俺の方に深く跳び込みすぎた。ちょうど射線に乗ってしまったのだ。
「おい待てクランベリー!」
俺が叫び声を上げた時には、電磁砲は収束し、消滅するところだった。
事態に気づいた味方機が、こちらに接近してくる。
《カイル、無事か? 聞こえていたら応答しろ!》
グンジョーの声だ。だが生憎、俺はこれ以上、声を発する心理的余裕を失っていた。
サムライは、クランベリーはどうなったんだ? それからしばし、俺の記憶は飛ぶことになった。
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