第5話

 拳銃に取り付けたレーザーサイトが、室内を照らし出す。あたりを見渡してみたが、影の姿はない。代わりに、酷く血生臭い空気が俺の鼻腔を満たした。

 俺とハヤタは、共に壁沿いに進んだ。不意打ちされるのを防ぐためだ。それにしても、無重力というのは動きづらい。DFに重力場があるぶん、俺たちは無重力の感覚を忘れてしまっていたようだ。内心、舌打ちした。


 ハヤタの方へ目を遣ると、彼は自分の両目を指差し、再び拳銃を構え直した。彼は俺と同じことを考えている。つまり、『犯人はまだこの部屋の中にいる』ということだ。


 俺は非常灯の赤いランプが、部屋を赤黒く照らし出す中に目を凝らした。宙を浮いている球形の血だまりが邪魔だ。それでも、なんとは制御室奥へとたどり着いた。人工重力の発生装置は――これだ。

 ガコン、と押し込むと、すぐさま機械音声が流れた。


《人工重力場、回復します。身近なものに掴まってください。繰り返します――》


 俺とハヤタは互いに背を合わせ、銃口を上下左右に走らせた。するとゆっくりと、身体が壁の片面に引き寄せられた。いや、壁ではない。床だ。

 俺たちは器用に身体の向きを変え、床に足を着いた。と同時に、がくんと体重が元に戻る。


《重力、復旧しました》


 その時、何者かが制御室に向かって駆けてくる音がした。さっと銃口を入り口に向ける俺たち。しかし聞こえてきたのは、クランベリーの声だった。


「船長、先輩! 大丈夫ですか!?」


 そうか。皆が追ってこなかった理由が分かった。きっと俺たちがここに向かう途中で、エアロックが作動していたのだろう。

 その直後、俺たちははっとした。この制御室のオペレーターたちを解体した犯人は、まだこの部屋にいるのだ。クランベリーに突入させるわけにはいかない。しかし、ここで『来るな!』と叫ぶのも問題だ。真っ暗な制御室内で、自分の居場所を敵に晒すことになる。


 待てよ? 真っ暗? そうか、その手があったか。

 俺は偶然そばに漂っていた遮光フィルムを眼前にかざし、自分の腰元から手榴弾を取り出してピンを抜いた。ただし、これは閃光手榴弾だ。敵の目の構造がどうなっているか知らないが、これで一瞬でも目潰しをできれば、勝機は見える。


 俺の挙動から察したのだろう、ハヤタもまた、自分のシャツに手を遣った。予備のグラサンを取り出す。クランベリーには自力で目を守ってもらう他ない。

 俺はハヤタがグラサンを装備したのを視界の隅で捉え、閃光手榴弾を放り投げた。


 バシュン、と軽い音がして、あたりは白一色に塗りつぶされた。その中で、俺が察知した動体は二つ。両方共影だ。身を屈めるようにして、入り口へ向かう。その先には、クランベリーがいるはずだ。

 

 一対二では分が悪い。俺は目が閃光に慣れてきたのを確認してから、影に向かって駆け寄った。天井に向かって数発撃ち込む。すると、まさにクランベリーに跳びかからんとしていた影の一体が、こちらに振り返った。


「目は見えるのか、化け物が!」


 やや前のめりになり、猛然とダッシュしてくる影。俺たちはまず、当たりやすい腹部を狙って発砲した。すると影の上半身がのけ反り、足が止まった。さっきから撃ちっぱなしだった俺は、素早く拳銃をリロードする。


 しかし、影もこの程度で倒れはしなかった。のけ反らせた上半身をバネのように使い、腕を床に着いたのだ。そのままの力で一回転しながら、弾丸のように俺たちに接近した。


「ぐっ!」


 慌てて二手に分かれ、回避する俺とハヤタ。クランベリーが心配だが、今は目の前の敵に集中しなければ。

 唐突に、シャキン、という硬質な音がした。影の両腕が、先ほどの個体同様に槍状になっている。変形させたのだ。俺たちを切り刻むために。


 腹部や胸部が弱点らしいことは分かった。しかし、この距離で両腕を振り回されては勝ち目がない。あまりにも殺傷能力に差がありすぎる。自動小銃でも持っていれば、まだ白兵戦のやりようもあったのだが。


 さて、どうする? どうする、カイル? こういう時こそ頭を使えと、常に『あの人』は教えてくれたではないか。『あの人』の恩に報いるためにも、ここで死ぬわけにはいかない。


 ジリジリと距離を取る俺。さっき見た限りでは、もうあと数歩で壁に背中がついてしまう。そうしたら、串刺しにしてくれと言っているようなものだ。

 何か、何かないか? 近接戦闘向きの、リーチの長い何かは。


 俺はちらりと足元を見た。そして気づいた。なんだ、あるじゃねえか。

 立ち止まり、敵の出方を窺う。ハヤタは二体の怪物を交互に見て、援護射撃体勢を取っている。これなら、多少無茶をしてもいけるだろう。


 そう思った、まさに次の瞬間、影は思いっきり腕を振るってきた。水平に空を斬る。しゃがみ込まなければ、今頃俺の首は宙を舞っていただろう。

 無論、俺もただ回避のためにしゃがんだわけではない。目標のものを拾い上げるためだ。足元に転がっていた、鉄パイプを。


 俺は足首を軽く捻じり、その勢いを腰から上半身へ。敵同様に水平に、鉄パイプを振るった。敵はぐえっ、という短い奇声を上げ、呆気なく吹っ飛んだ。制御室中央の出っ張りに足を取られ、転倒する。


「任せろ、カイル!」


 俺とクランベリーの安全を確認したのだろう、ハヤタが銃撃を開始した。俺のオートマチックよりも威力の高い、リボルバーの四十四口径弾が、影を背中から穴だらけにする。改造して八発まで装填できるようにしておいたのが活かされた形だ。


 しかし、それは後になってから思い返したこと。俺は、一対一で影と対峙しているクランベリーに振り返った。

 彼女は銃器も鈍器も持たず、素手で影の相手をしていた。先ほど俺はアルバと殴り合いになったが、彼女の鉄拳はあんなものではない。凄まじい速度だ。

 それに加え、小柄であるが故に回避も容易にできる。


 影の手先の槍が酸素供給用の配管を切り裂き、白煙が勢いよく制御室を満たしていく。

 俺は鉄パイプを握ったまま、接敵。その気配を感じたクランベリーがしゃがみ込むのを視界に捉えながら、勢いよく影の頭部に鉄パイプを叩き込んだ。


「喰らえええええっ!」


 ガツン、と固い衝撃が、俺の両腕を痺れさせた。


「う、ぁ」


 反動で突き飛ばされ、俺は思わず尻餅をついた。しかし、敵の戦意と体力を削るには十分だったらしい。まるで昆虫のように足をバタつかせた影は、ハヤタの四十四口径で穴だらけになった相方の方へ、猛スピードで移動した。


「こいつッ!」


 ハヤタがリロードしていた隙をつき、息絶えた影の身体を腕、というより前足で抱え込むもう一体の影。しかし、今度は跳躍して天井に、というわけにはいかなかった。

 クランベリーが勢いよく駆け出し、跳躍直前の影に回し蹴りを喰らわせたのだ。


 べしゃり、と音を立てて、壁に激突する影二体。するとちょうど、廊下が騒がしくなった。

 あの化け物はどうしただの、負傷者はいるかどうかだの、重火器を持ってこいだのと、賞金稼ぎ共が喚いている。

 俺は連中を落ち着かせようと、制御室の入り口に向かったが、彼らの目に真っ先に飛び込んできたのは俺ではなかった。


「あ、あんた、クランベリーか?」

「こいつらを始末したのかよ?」

「おい、俺たちの命の恩人だ! クランベリーのことは姉貴と呼ぼう!」


 ずけずけと入室してくる賞金稼ぎと記者たち。途端に、盛り上がりは沈静化した。

 

「ひでえな、こりゃ……」

「これ、あの真っ黒い化け物がやったのか?」

「と、ところであいつらはどこへ行った?」


 俺は『あー、はいはい』と声を上げながら、説明役を買って出た。


「制御室はあの影どもに制圧されちまったよ。それがこの様だ」


 俺と共に、周囲を見渡す人々。壁や天井には、血飛沫や肉片がへばりついている。


「まずは、この制御室にいた連中の冥福を祈ってやってくれ」


 誰からともなく、項垂れて黙祷する。

 いくら賞金稼ぎという人種が野蛮で粗暴でも、最低限の礼節というものがある。それが、宇宙ステーションやワームホール監督局に勤めるスタッフへの敬意だ。

 アルバのようなどうしようもない馬鹿もいるが、大方の賞金稼ぎはスタッフたちに抱えきれない恩義を感じている。

 その表現の一部が、この一分間にわたる黙祷だった。


 皆が顔を上げるタイミングを見計らい、俺は静かに言葉を続けた。


「仇は討った。ここに潜んでいた影共は、俺たち三人で排除した。もう安全だ」


 そう言って振り返る。が、しかし。


「んあ!?」


 そこに、影の死体はなかった。


「お、おい、誰か照明を点けてくれ!」


 灯りの元で見てみると、影二体が倒れていた場所には黒い砂が積もっていた。

 まさか、自分たちの所属や目的を秘匿するために、自ら風化したのだろうか。


「一体何だったんだ、あいつら……」

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