第4話


         ※


 手持無沙汰になった俺は、宇宙船ドックに向かった。星々の見える区画に行って、気分転換をしたかったのだ。


「オーライ、オーライ!」

「おーい、三番デッキの貨物、一旦どかしてくれ!」

「こら! 貨物ロボの後ろに立つな! 踏み潰すぞ!」


 貨物ロボとは、文字通り宇宙船ドック内で貨物を扱う機械だ。乗員一人が乗り込み、腕と足をロボに差し入れ、胸の前でベルトを締める。すると、後頭部に接する部分からヘルメットが下りてきて、フルフェイスの透明な人工呼吸器になる。

 人工呼吸器が装備されているのは、宇宙船ドックに損傷が起き、空気の流出が起こっても、行動できるようにするためだ。


 俺は人や機械が行き交うドック内を、我ながら器用にすり抜けてDFを目指した。DF、ダーク・フロートの外観は、いつ見ても俺の冒険心をくすぐってくれる。

 扁平ながらキレのあるフォルムをしている。かと思えば、外部に船体冷却パイプが露出していて、奇妙な文様を描いている。艶のないダークグレーの船体は、今にも宇宙空間に溶け込んでいきそうで、神出鬼没の狩人を連想させた。まあ、実際狩るのは大方クラゲ共なわけだが。


 俺が両手をポケットに突っ込み、ぼんやりDFを眺めていると、ハヤタが気づき、手を振ってみせた。


「おう、カイル」

「ハヤタ、何か手伝うか?」

「あー……」


 貨物の積み込みを監督していたハヤタは、複雑な顔つきで頬を掻き、親指を立てて自分の後方を指した。


「そいつはありがたいが、手伝うならあっちを」

「あっち?」


 俺が振り返ると、先ほどと同じような光景が展開されていた。


「クランベリーさん、お暇な時は何を?」

「お好きな宇宙食は? 火星名物タコカレーですか?」

「つかぬことを伺いますが、ご結婚は何歳までに?」

「えーっと、そうですね……」


 報道陣の馬鹿共、まだ記者会見のつもりでいやがる。こういう輩がまとわりつかないように、サオリが専属記者をやっているんじゃねえのかよ。


「あー、はいはいはいはい! 報道陣の皆さん! うちのクランベリーの記者会見は終わりましたよ!」


 俺は大声を張り上げながら、雑踏に踏み込んだ。強引にクランベリーの手を掴み、引っ張り出す。するとますます、記者たちは盛り上がった。


「ああ、クランベリーさん!」

「もしかして、意中の方はその男性ですか?」

「って馬鹿、あいつはカイル・フレインだよ! ちょっと前までブイブイ言わせてたじゃないか!」


『ちょっと前まで』ね。余計なお世話だ。


 足早にその場を後にしながら、俺はクランベリーに文句を垂れた。


「お前もお前だ、クランベリー! いちいちあんな連中の相手をするな。時間の無駄だぞ」

「でも、質問されているのをシカトするのはどうかと思います!」

「あいつらは慣れっこだから別にいいの! ったく、これじゃあ宇宙クラゲに食われる前にマスコミに食われ――」


『食われちまうぜ』といいかけた、まさにその時だった。

 ザッ、という音がして、何かが俺とクランベリーの間に割り込んだ。いや、二人の間の空間を『斬った』。


 先に気づいたのはクランベリー。俺が、自分たちが刺されかけたと気づく頃には、俺は彼女から突き飛ばされるようにして尻餅をついていた。


「野郎!」


 俺は腰のホルスターから拳銃を抜いた。姿勢を整えてすっと狙いをつける。そして、その場にいる『そいつ』の異様な姿に目を丸くした。


 全身が真っ黒だ。やたらと光を反射し、それだけで眩しく見える。人間のように四肢と頭部を持つ『そいつ』――これからは『影』とでも呼ぼう――の腕は、先端が槍のようになっていた。一瞬で、極めて殺傷性が高いことは見て取れる。真っ赤な双眸は、殺意によって輝いていているように見えた。


 しかし、影の突き出した右腕は、既に無力化されていた。クランベリーが関節技を決め、へし折ったのだ。どうやら基本骨格は人間に近いらしい。


「どりゃあっ!」


 彼女はそのまま背負い投げを喰らわせる。ダン、と一際大きな音がドックに響き渡った。これは柔道ではなく、柔術だ。スポーツ競技ではなく、殺人を目的とした格闘技。影の背骨は折れていてもおかしくはない。


「離れろ、クランベリー!」


 バックステップした彼女の前で、俺は体勢はそのままに、再度狙いを定めた。この近距離なら、外すこともあるまい。影の頭部、こめかみと思われる部分に、数発発砲した。

 すると影は、キイイイッ、という甲高い悲鳴を上げ、四肢をばたつかせた。


「おおっと!」


 俺は勢いよく床に腕をつき、バク転の要領で回避を試みた。あの右腕の届く範囲からは逃れなければ。


 その頃には、ドックにいた賞金稼ぎたちは、皆自分の得物を手にしていた。拳銃のみならず、自動小銃や小型の電磁砲を構えている者もいる。しかし、次に響いたのは、それらの銃声ではなかった。


「どいてろ、お前ら!」


 貨物ロボが一台、勢いよく跳び出してきた。首を上げかけた影にのしかかるように、倒れ込みながら踏みにじる。


「今だ! 頭を狙え!」


 俺は叫んだ。負傷の度合いは分からないが、どうやらこめかみへの銃撃は効果があったらしい。強力な自動小銃を持った連中に道を開け、皆が半円を描くように影を取り囲む。


 皆が引き金に指をかけた、その時だった。グシャリ、と金属がひしゃげる音がした。同時に、貨物ロボが停止する。

 すると、はっと口に手を当てて、クランベリーが引き下がった。


「おい、どうした?」


 俺も彼女と同じ方向を見る。そして、戦慄した。

 影は、左腕をも槍のように変形させていたのだ。それが表皮なのか、骨が通っているのかなど、詳細は不明。確かなのは、貨物ロボの操縦者が、影の左手によってその身体を貫通されていたということだ。


 横転した貨物ロボをどかし、影は立ち上がる。その姿は操縦者の血に塗れ、暗い輝きを放ちながら、影は周囲を見渡した。


「や、野郎! 皆、ぶっ放せ!」


 誰かの叫びが鶴の一声となり、皆は一斉に影に向かって銃撃した。落雷のような轟音が、ドックの中で反響する。

 しかし、影は思いがけない行動に出た。頭部の前で腕をクロスさせ、防御態勢を取りながら跳躍したのだ。

 幸い同士討ちは起こらなかったものの、影を捉えた銃弾はせいぜい五、六発。頭部には全く当たっていない。


 それに対し、影は槍状の腕を天井に刺し込み、器用に背を反らしながら天井を這い回り始めた。向かう先は、ドックの外壁。まさか――。


「危険だ! 皆、何かに掴まれ!」


 俺が叫ぶと同時、風が起こった。ドックの外壁に穴が空き、気圧差によって空気が吸い出され始めたのだ。

 このままではマズい。ひとまず、エアロックを抜けなければ。そう考えた矢先、急に足元が覚束なくなった。この感覚は、無重力だ。まさかと思い、耳を澄ませると、こんなアナウンスが耳に飛び込んできた。


《人工重力場の発生装置が不調をきたしました。皆さん、頭部を腕で覆って、そのままお待ちください。繰り返します――》


 アホか。『そのまま』待っていては、宇宙に吸い出されてしまうではないか。

 そんな俺たち人間を置き去りに、影はするりと宇宙空間に出た。あいつも宇宙クラゲと一緒で、真空中でも生存できるのか。


 ええい、そんな考証は後回しだ。どんどん強まる風の中、どうにかして緊急時用のシャッターを下ろさなければならない。そのボタンは、ドックの端に設置されているはず。


 俺が鉄骨に掴まり、ボタンの方へ向かおうとした、その時だった。


「でやっ!」

「クランベリー!」


 クランベリーが、ボタンを押し込んだ。


《緊急隔壁閉鎖。繰り返します。緊急隔壁閉鎖――》


 すると、ストトトッ、と軽い音が連続し、ドック全体の隔壁が閉鎖された。


「おい、皆無事か!?」


 俺は声を上げた。知った顔も知らない顔もあるが、死者は出なかったらしい。貨物ロボの操縦者を除けば。


「クランベリー、恩に着るぜ……」


 ふわふわと漂いながら、俺は彼女に近づいた。しかし、彼女の顔つきは厳しい。


「どうした? 俺たちは皆助かって――」

「まだです、人工重力場の問題はどうなってますか?」


 今度は俺が、あっと息を飲む番だった。


「そうだ! ハヤタ、お前、ここの構造に詳しかったよな?」

「あ、ああ!」

「俺たちを人工重力場の制御室に連れて行ってくれ!」


 グラサンを放り投げたハヤタに続き、俺とクランベリーは壁を蹴って制御室に向かった。


         ※


「これって……」


 俺は制御室前で、呆然とした。スライドドアは開きっぱなしになり、操作パネルが破壊されている。血の池が段々と広がっていくのが見て取れた。


「クランベリー、お前はここで待ってろ」

「か、カイル先輩、さっきの影みたいな怪物がいたら……」

「いいから待ってろ! 行くぞ、ハヤタ。皆が来るまでまだかかりそうだからな」

「了解」


 俺はハヤタが拳銃を抜くのを横目で見てから、ドアの向こうへと足を踏み入れた。

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