第3話


         ※


 さて、話は現在に戻る。

 俺たち賞金稼ぎは、そもそもが人気者である。軍のようなお堅い組織でないぶん、多少のスキャンダルは見逃される。それに、何より手柄に合わせて給料が入るものだから、渋々クラゲを駆逐している軍の連中とは士気の高さが違うのだ。


 早い話、『俺の獲物に手を出すな』ってなもんである。


 しかし、この状況はどうしたものか。

 今俺たちがいるのは、木星軌道上を周回する人工衛星の整備ドッグ。DFのメンテナンスや食糧の補充、武器の仕入れなどを行う。早い話、休憩所だ。

 

 そんな休憩所の一角、プレスセンターも兼ねた会場で、俺たちは巨大宇宙クラゲ撃破の功績を称えられていた。

 いやはや、全く気分のいいものだ。と、思っていたのは、つい一週間前までのこと。今では、目の前で俺のプライドが引き裂かれるのを黙って見ているしかない。


 理由は単純。このステージに立つべき主人公が、俺からクランベリーへと交代してしまったからだ。


「今回も宇宙クラゲの撃破、おめでとうございます!」

「あ、ありがとうございます!」

「クランベリーさんのSCRの操縦テクニックは人並み外れた感じがします! 何か秘策でも?」

「いえ、私は自分の全力を尽くしているだけです」

「それにしても、単機であの巨大な標的を撃破するとは!」

「あの、それは違うんです」


 クランベリーの声に、シャッター音が一瞬弱まった。

 すると彼女は振り返り、ステージの隅にいた俺を見た。


「カイル先輩が援護体勢を整えてくださったから、上手く立ち回ることができたんです。私の独力ではありません」


 おおっ、というざわめきと共に、フラッシュが一層勢いを増す。きっと記者たちは、今の言葉を謙遜と捉え、ますますクランベリーに対する好感度を上げたに違いない。

 俺に出来るのは、ステージの端で唇を噛みしめることだけだった。


         ※


「ったく、皆揃いも揃ってあんな小娘相手に夢中になりやがって……」


 俺はぶつくさ言いながら、宇宙ステーションの廊下を闊歩していた。

 DFなどの宇宙船のみならず、宇宙空間にある建造物には人工重力場が設置されている。地球にいるのと同じ感覚で動き回ることができるのだ。俺も生まれは地球だから、いろいろ面倒がなくて好都合だ。

 

 地球、か。ふっと、俺はある人の顔を思い出した。最近会いに行っていないが、元気かな……。


「カイル? カイル・フレイン? あー、ダーク・フラットの乗組員だっけ?」


 唐突に、廊下の向こうから俺の名前が聞こえてきた。俺ははっとして顔を上げた。

 俺と同じく、賞金稼ぎらしい肩幅の広い男が二人、反対側から歩いてくる。賞金稼ぎと言えば、柄の悪い連中や荒くれ者と相場が決まっている。俺はまだ礼儀を弁えている方だ。

 少なくとも、本人に聞こえる範囲内でその人物の噂話はしない。喧嘩を売っていると思われても仕方がないからだ。


 だが、俺は沈黙を保った。俺がイラついているのは、この野郎共のせいではない。クランベリーのせいでもない。ただ、自分から世間のスポットライトが外れてしまっただけだ。次の戦闘で頑張ればいい。

 それに、今会話に夢中になっている二人なら、俺がここにいることに気づいていないかもしれない。


 そう自分に言い聞かせ、二人とすれ違おうとした。その時だった。


「おい、あんまり大声出すなよ。案外そのへんほっつき歩いてるかもしれないぜ? あんな小娘に、自分の出番を取られちまっちゃあ、立ち直れねえよ」

「違いねえ。とんだ腰抜けになっちまったなあ、カイル」

「腰抜けじゃなくて抜け殻だろうぜ。あんな目立ちたがりにゃいい薬だぜ」


 プツン、と頭の中で何かが弾け飛ぶ音がした。


「んだとてめえ!」


 俺は振り返り、片方の男の肩を引っ掴んだ。そのまま振り返らせ、フックを頬に叩き込む。


「ぶはっ!?」


 相手は唇を切ったらしく、僅かに血飛沫が舞った。バランスを崩した男の腹部に、俺はミドルキックを叩き込む


「おい、何しやがる!」


 もう一人の男が、俺の鼻先にストレートを打ち込んできた。が、俺は身を屈めてこれを回避。相手の勢いそのままに、拳を突き上げてアッパーカットをキメる――はずだったのだが。


「ぐあ!?」


 最初の男が、俺の腹にタックルを仕掛けてきた。押し倒される俺と目が合う。


「あっ、てめえ! 今話してたカイルじゃねえか!」


 その時、ようやく俺も相手が何者かを把握した。


「そういうお前は、アルバだな!?」


 アルバ・ブルード。俺と歳の近い賞金稼ぎの一人だ。前回出合わせた時と違い、顔中に派手なタトゥーを入れていたものだから、すぐには気づかなかった。

 大柄ででっぷりした体躯、常に喧嘩を売りまくる視線、いるだけでその場の空気をぶち壊す存在感。それが、こいつの三種の神器だ。そのくせ人より逃げ足の速い、気にくわない野郎である。


「カイル、この野郎! また俺に喧嘩をふかっけやがったな!」

「何の話だ? 俺はてめえの顔なんざ見たかねえって、散々言い聞かせただろうが! 言いがかりはよせ!」

「ああん? 言いがかりだと? じゃあ今日お前らが倒した馬鹿でかいクラゲはどうしたんだ? あいつの情報は、俺たちの方が早く手に入れてたんだぞ!」

「何を証拠に言ってる? ヤキが回ったな、アルバ! 俺たちは軍にパイプがあるんだ! これでも賞金稼ぎとしちゃあ一流なんだぜ、てめえら三流と一緒にすんな!」


 俺はここぞとばかりに喚き立てた。俺に馬乗りになりながらも、言い返せずにいるアルバ。こうなっては、アルバには『暴力に頼る』というああ、こい選択肢しかない。ああ、また一発喰らう羽目になるかな。


 俺が覚悟してついと目を逸らした、その時だった。


「おい、アルバ!」

「うるせえ、邪魔すんな!」

「今は止めとけ! 大佐の目に入る!」


 アルバの相棒の声に、俺はさっと廊下の突き当たりを見遣った。そこには誰もいないが、聞き慣れた軍靴の音がする。これは間違いなく、クラック・ドルヘッド大佐の足音だ。連邦宇宙軍遊撃部隊司令官を務めている。


 何故足音だけで人物が特定できたかと言えば、大佐は右足が義足だからだ。その金属質な音が木霊して、俺たちに自らの存在を知らしめている。

『遊撃部隊』といっても、その大半は軍人崩れの賞金稼ぎ共だ。正規の軍人たちに、俺たちが悪印象を抱かれるのは当然。そんな軍人たちの中では、だいぶ俺たちに理解がある人物だと言えるだろう。

 確か四十代半ばのはずだが、年上の将軍たちよりも貫禄があると評判だ。


「今年は宇宙クラゲが大繁殖だと? 分かった。遊撃部隊の予算拡大を将軍たちに進言しよう。で、何をしている、君たち?」


 秘書に語りかける際のバリトンヴォイスから一転。俺たちを見つめながら、大佐はひょうきんな口調で尋ねた。


 アルバは慌てて俺を解放し、俺もシャツの襟を正しながら、急いで立ち上がった。

 最初に口を開いたのは俺だ。殴り掛かった責任がある。


「ど、どうもっす、大佐。何かありましたか?」

「いやいや、何やら怒声が聞こえたものでな。喧嘩っ早い君のことだ、もしかしたらと覗いてみたら、予想通りだったわけだよ、カイルくん」

「あー……」


 特に俺たちを責め立てるでもなく、穏やかな口調で述べる大佐。

 すっと視線をアルバに移す。するとアルバはビシッ、と姿勢を正し、ごくりと唾を飲んだ。


「お、お騒がせして申し訳ありません、大佐殿!」

「そういう君は?」

「元・連邦宇宙軍伍長、アルバ・ブルードであります!」

「アルバ伍長……ああ、思い出した! なんだ、随分と賞金稼ぎが板についたようじゃないか。鼻にも耳にもピアスとは」

「は、はッ!」


 慇懃なアルバに向かい、大佐は苦笑を漏らす。


「君はもう私の部下ではない。そうかしこまる必要はないよ」

「は、はあ」


 中途半端な息を漏らすアルバ。

 場の流れで、アルバの相方も自己紹介をした。彼も元軍人で、ジード・ヴェルと名乗った。今更だが、アルバと対照的に装飾品の少ない、小ざっぱりした身なりをしている。


「まあまあ血の気が多いのも分かるが、他人を巻き込むことのないように。では、私は先を急ぐのでな」


 そう言って、大佐はさっさと歩み去ってしまった。秘書が『納得できない』とでも言いたげな顔をしていたが、仕方がないだろう。大佐は寛容なのだ。


「きょ、今日はこのくらいにしておいてやる。首を洗って待っとけ、カイル!」


 そんな捨て台詞を吐いて、アルバはぐいっと視線を外し、歩み去っていった。それに続く、相棒のジード。


「あー、ったく……」


 俺は頭をがりがりと掻きむしった。大佐がいると分かっていたら、クランベリーが何者なのか、問うてみることもできただろうに。

 まあ、軍の最高機密に触れることを、ただの賞金稼ぎである俺に教えてくれるとも思えないが。

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