第2話


         ※


 そして現在。

 俺はヘルメットのバイザーを下ろし、ターゲット・サイトを展開した。


《目標増速、座標変更プラス五・三度!》

「大丈夫だ、捕捉してる。DF、射線からは外れてるな?」

《もちろんだ。一発で仕留めろ》

「了解!」


 俺はサブディスプレイを消し、代わりにコンソールパネルを操作。星型のスラスターと共に装備されたエネルギー・パックを起動させた。微かな振動がシートに走る。俺は同時に、狙撃用火器管制システムの作動を確認し、電磁砲に左手を添えた。


「ロック完了、狙撃準備よし! カウントダウン、開始するぞ!」

《おう! 思いっきりぶっ放せ!》

「始める。五、四、三、二、一!」


 俺は思いっきり電磁砲のトリガーを握り込む――はずだった。


「ん?」


 非常警報と共に、俺は自分の指先が止まったのを感じた。強制的にロックがかかったのだ。


「畜生、どうしたんだよ? って、まさか!」


 俺ははっとしてバイザーを上げ、メインディスプレイを見遣った。そして、叫んだ。


「あーーーーーーっ! あんにゃろう!」


 真っ赤な閃光が、宇宙クラゲに超高速で接近していく。危うく電磁砲に巻き込むところだった。あれは、クランベリーの愛機・サムライだ。


 俺のダブル・ショットとは違い、全身が赤く、関節部に黒があしらわれているサムライ。

 戦い方も全く違う。狙撃で敵に致命傷を与えてから、近距離火器で止めを刺すのがダブル・ショット。それに対しサムライは、とにかく機動性能と電磁サーベルを主とした近接戦闘向きだ。


 味方の反応を感知したダブル・ショットは、自動で狙撃を止めた。


「おいクランベリー! クランベリー、聞こえてるのか!?」

《このっ! クラゲはっ! 私がっ! やっつけますっ!》


 甲高い声が途切れ途切れに響いてくる。その気迫に、俺は完全に呑まれてしまった。援護しようにも、機動性に劣るダブル・ショットでは足手まといにしかなるまい。


 バッサバッサとクラゲの触手を斬り捌いていくサムライ。これでは、俺が活躍する余地がない。

 そんな俺の焦りに拍車をかけたのは、サオリからの要請だった。


《カイルさん、カイルさん! あなたの機体からの映像、お借りしてもいいかしら!? クランベリーちゃんの主観映像と編集すれば、きっと今まで以上の記事が書けるわ!》

「ちょ、待てよサオリ!」

《録画開始しましたからねっ!》

「人の話を聞けえええええええ!」


         ※


 作戦開始から三十分後。

 DFに帰還した俺とクランベリーは、ブリッジに上がっていた。


「で、何があったのか聞かせてもらおうか」


 茶髪にグラサン、手には無煙葉巻。白いシャツに青いダメージジーンズというラフな格好で、ハヤタは俺たちを出迎えた。無論、機嫌がいいはずがない。長い足を組んで、じとっとした視線を俺たちに注いでいる。

 その隣では、『PRESS』の腕章をした女性、サオリがカメラを握り、ハヤタから撮影許可が下りるのを今か今かと待っている。髪は肩に届くくらい。服装は、最近のクランベリーの活躍にあやかってか、赤のジャケットに黒いハーフパンツという格好だ。


「おい、訊いてるんだぞ、カイル。船長の俺に対して、お前には説明義務がある。同じことを何度も言わせるな」

「分かってるよ、そんなことは」


 俺は掌をひらひらさせてから、腰に当てた。


「俺は作戦計画に沿って動いたまでだ。悪いのはこいつだ」


 そう言ってクランベリーの頭をどつく俺。


「いったぁ! 何するんですか、カイル先輩!」

「先輩は止めろよ、馴れ馴れしいぞ」

「仲間割れは後にしろ。俺は今、カイルに尋ねてるんだ」


 足を組み直しながら、ふっと空気を吐き出すハヤタ。


「クランベリーが乱入してくるからだろう? ハヤタ、お前だってこいつの挙動はチェックしてたはずだぞ」

「だが前もって注意を促さなかった責任はあるぞ、カイル。お前には、クランベリーのお目付け役を頼んだはずだが?」


 俺はかぶりを振って、苦笑を漏らした。


「お目付け役? お守りの間違いだろ?」

「あっ、ひどぉい! カイル先輩、私だって頑張ったんですよ! 先輩が電磁砲を撃つよりも、私がサーベルでクラゲを切り刻んだ方がエネルギーロスが少ないと思って」

「それは結果論だろ、馬鹿。俺は危うく、クラゲじゃなくてお前を消し飛ばしかけたんだからな」

「でも私は無事です!」

「死んじまったら何にもならねえだろうが!」


 俺はコツン、と軽く拳骨をクランベリーに見舞った。


「うわぁん! カイル先輩がいじめるよう! サオリさん、あなたは私の味方だよね?」

「ええそうですとも! あたしは頑張ってる人の味方! カイルさん、最近めっきり戦果を挙げられないからって、クランベリーちゃんを妬んでるんじゃないの?」

「現場にいなかったあんたに言われたくねえよ、サオリ!」

「とにかく!」


 人工重力場を活かして立ち上がり、ハヤタは語気を強めた。


「俺たちは今回の作戦について、万全の装備と安全性を期して臨んだのだということを、軍に対して証明する必要がある。お前らの証言次第で、俺たち賞金稼ぎの行動規約が変わるんだ。そのためにサオリに乗船してもらっている節もある。軽口は控えてもらうぞ」


 ため息をつく俺。項垂れるクランベリー。水を得た魚のように跳ね回るサオリ。ハヤタの言葉に対する反応は三者三様だ。

 

 年長者の言うことを聞くか聞かないか。その決定権は聞き手側にあると、俺は常々考えている。そんな基準に照らしてみれば、ハヤタの言動は信頼と信用に値するものだ。

 年長者と言っても、ハヤタとてまだ二十代だ。俺は二十二でサオリと同じ。極端に若いのは、クランベリーの十五歳だ。


 何故、名前しか分かっていなかった彼女の年齢がはっきりしているのか。それは、DNA解析によってクランベリーが何者なのか、照合した結果による。しかし、妙なのは――。


「記憶がなくたって、私は戦えます! 誰も教えてくれないけど、それは事実です!」


 そう。誰もクランベリー本人に、彼女自身が何者なのかを伝えていないのだ。正確には、分からない。

 

 例えば、俺の血液を採取して、DFの環境分析室の装置にセットする。そうすると、勝手に俺のプロフィールが表示される。その間、約十分。

 宇宙に散らばった百五十億もの人間の中から、たった十分で唯一の適合者を弾き出すのだから、ネットワークの発展ぶりには凄まじいものがある。と、言いたいのだが。


         ※


 一ヶ月前、火星近傍。


「おい、あれは何だ?」

「どうした、カイル? 何か映ったか?」

「ああ。宇宙船の脱出カプセルらしい」


 俺とハヤタは、DFのブリッジでそのカプセルを発見した。


「生命反応は?」

「あるぞ、ハヤタ。どうやら母船が破壊されて、流れてきたみたいだが」

「母船が破壊?」


 ハヤタは立ち上がり、リアル画像で周辺を見渡した。俺も見を乗り出して、件の脱出カプセルを目にする。だが、妙だ。


「妙だな、ハヤタ」

「お前もそう思うか、カイル? 何らかの事故があったとすれば、その残骸が散らばっているはずだが」

「カプセルが一個しかないってのも気になるな。ダブル・ショットの出動準備をしてくれ。あのカプセルを回収して、生存者を救出する」

「了解」


 内心、面倒なことになったと思いつつ、俺はそっとカプセルをダブル・ショットの指先で摘まんだ。


「女?」


 そのカプセルでスリープ状態にあったのは、俺よりも随分年下の少女だった。

 最初はやはり事故に遭ったものだと思った。しかし、俺は彼女の服装に違和感を覚えた。


 彼女、すなわちクランベリーは、連邦宇宙軍の制服を着ていたのだ。

 賞金稼ぎは、軍との仲が良好とは言えない。しかし、軍にも融通の利く奴はいるし、ここで恩を売っておくのも悪くはないだろう。


 そう思って(いや、そもそも条約で義務付けされているのだけれど)、俺はクランベリーを救出した。そしてすぐさま、その身柄をDNAで鑑定したのだが、するととても奇妙な事態に陥ってしまった。


「おいハヤタ、これってどういう意味だ?」

「ああ、俺も初めて見るな」


 その時、環境分析室のメインスクリーンに映し出されていたもの。それは、『TOP SCRET』の大文字と、真っ赤な警告灯だったのだ。


 しばし、警報音が響いていたが、それをシャットダウンしたのはハヤタだった。


「これ以上調べるには、軍のネットに潜る必要があるが、難しいな」

「何故だ?」


 俺はハヤタの横顔を見つめた。


「宇宙クラゲの情報収集とか、いつも平気でやってるだろ?」

「機密レベルがまるで違う」


 胸の前で腕を組みながら、ハヤタは言った。


「まあ、彼女を救出したのは条約に則った作業だから、罪に問われることはないだろう。深く首を突っ込むことじゃない」

「そうか」


 俺もまた腕を組み、ふと担架の上で眠るクランベリーの寝顔に目を遣った。

 ハイパースリープから通常の睡眠に戻り、微かな寝息を立てる少女。一体何者なのか? それは彼女の記憶が戻るのを待つしかあるまい。


 これが、今俺たちがクランベりーについて知っている全てだ。

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