星屑のジェラシー

岩井喬

第1話【第一章】

【第一章】


 初めに言っておく。

 俺は目立ちたがり屋である。功績を上げ、脚光を浴び、一般人に取り囲まれるのが大好きだ。いや、大好きどころの話ではない。もはや愛していると言ってもいい。


 目立つことはいいことだ。俺が戦い、その生き様を見せることで、人々に勇気を与えることができる。

 と、いうのは建前で、何と言っても俺自身が、『俺は世界で必要とされる人物なのだ』と実感できるのがいい。


 俺は目立つために生きている。死んだら元も子もないが、多少の危険を伴うことには目をつむろう。そうでなければ、宇宙を股にかける賞金稼ぎなどやってはいないだろうし、そもそも興味の埒外にあったはずだ。


 無重力では落ち着かないだの、宇宙線が危険だの、他の惑星の酸性雨が怖いだのと言って、地球に籠りっぱなしの輩もいるが、そんな連中の気がしれない。

目立つことこそ生きることなのだ。

 俺にとっては、取材クルーに囲まれ、称賛の言葉を浴びせられている方が、神の前にひざまずいて祈りを唱えるよりも有意義に思えてならない。

 神はその実在が不明瞭だが、人間の好奇心や憧憬の念、喜びといった感情は間違いなく存在する。

 だったら人間を取る。言い換えれば、人間の興味関心に触れるようなことをする方を取る。当り前じゃないか?


 そうでもなければ、年中無休の『宇宙の掃除屋』などやっているわけがない。


 などと思慮に耽っていると、通信が入った。母船のダーク・フラット、通称DFからだ。


《こちらDFブリッジ。聞こえるか、カイル?》

「ああ」


 俺は我ながら威勢よく返事をした。俺、カイル・フレインに話しかけてきたのは、DF艦長のハヤタ・ヤマキだ。

 俺はコクピット内のコンソールを操作し、ハヤタの映像をサブディスプレイに映した。


 いつもは飄々としているハヤタだが、今日はご機嫌斜めらしい。グラサンの向こうの瞳には、薄っすらと不満の色が浮いている。


「どうした、ハヤタ? まさか今更作戦中止なんて言わねえよな?」

《そんなことで諦めるタマじゃねえだろうがよ、てめえは。定時通信だ。機体に不調はないか、カイル?》

「ああ。今日もダブル・ショットはご機嫌だぜ」

《そいつは何よりだ》


 ダブル・ショットというのは、俺の愛機の通称だ。宇宙開発が激化してから五十年、様々な宇宙航行用の輸送船や兵器が開発されてきたが、その中でも最も人型に特化しているのがSCR――Space Combat Robotと呼ばれるもの。ダブル・ショットはその第三世代機にあたる。


 わざわざ人型であることには意味がある。専用のヘルメットを装備することで、意のままに機体を操縦できるのだ。人間とのインターフェースを考慮すると、やはり『人型』であることのメリットは大きいらしい。

 宇宙戦艦に比べ、アポジモーターや関節を用いた反応速度が圧倒的に早いことから、正規軍も主力兵器として取り入れるほど。


 何某かの戦闘事態が想定される場合、軍も俺たち賞金稼ぎも、母船で戦闘宙域まで接近し、SCRを発進させて戦うというのが基本鉄則だ。

 とはいっても、互いに殺し合うようなことは今まで発生していない。のどかなものである。


「それよりハヤタ、本当に現れるんだろうな? 宇宙クラゲは」

《ああ。それは軍のネットから引っ張り出した情報だから、確実だと思ってもらっていい》

「りょーかい。でなけりゃ、こんな木星くんだりまでやって来た甲斐がねえからな」

《そういうことだ》


 火星と木星の間に広がる小惑星地帯、通称アステロイド・ベルト。俺はその岩石群にダブル・ショットの背部を押し当て、狙撃のタイミングを待っていた。


 宇宙クラゲというのは、真空中でも生存可能な大型の非土着生物の総称だ。『クラゲ』とついているのは、単純に外見が地球のクラゲにそっくりだから。


 今回、俺たちが狙っている獲物はデカい。体高二十メートルのSCRに比べ、触手の長さが百メートルはある。

 俺はコクピット内で、ぎゅっと腕を握りしめた。すると、冷たく硬質な感覚が掌に伝わってきた。ダブル・ショットの名前の由来、二連装大口径電磁砲が、右腕に装備されているからだ。


 機体の外観は青と白のツートンカラーで、姿勢制御スラスターである星型のバックパックを装備している。どうも星型というのが、宇宙では動きやすいらしい。まるでヒトデを背負っているような感じがする。

 今回の作戦は、ヒトデによるクラゲ狩りの様相を呈している、とも言えるだろう。


 俺はハヤタからの『クラゲ出現』との報告を待ちわびて、唇を湿らせた。

 さあ来い化け物め。俺の電磁砲で、宇宙の塵にしてやるぜ。


 待ち時間は、そう長いものではなかった。『目標現出!』というハヤタの声に、俺はすぐさま反応した。

 背にしていた岩石から離脱し、振り返る。すると確かに、そこには橙色の笠を展開した大きなクラゲが漂っていた。木製から離れ、どこかへ漂い出るつもりらしい。


 宇宙クラゲは、旅客宇宙船の航路を邪魔する厄介者だ。最近では、宇宙バイパス航路上に巨大な宇宙クラゲが入ってきて、大惨事になったこともある。


 今回の宇宙クラゲは、その惨事を引き起こしたのとほぼ同じ大きさだ。こいつを俺が仕留められれば、俺にとっては名誉挽回といったところである。


 これだけ意気込んでいる俺が、どうして名誉を失ったのか? 簡単に言えば、ライバルが現れたからだ。


「ハヤタ、まさかあいつ、特攻を仕掛けやしないだろうな?」

《あいつって、クランベリーのことか?》


 そう。新参の仲間にして俺のライバル、クランベリー。カプセルスリープの状態で火星近傍を漂っていた彼女を救出したのは、ついひと月ほど前のこと。

 カプセルスリープ経験者特有の、一時的な記憶喪失を彼女は患っている。保護した時に覚えていたのは、自身の名前だけだ。


 宇宙安全保障条約に批准している関係で、俺たちには彼女の救出と、記憶が戻るまでの保護が義務として課されている。

 まあ、それなりの世話料は国連宇宙開発連盟から支給されるし、クランベリーが人畜無害であることから、俺は気に留めずにいた。一週間前までは。


         ※


 地球時間で一週間前、クランベリーのSCRパイロットとしての意識が覚醒した。既に何らかの訓練を受けていて、その際の操縦を思い出したらしい。

 その日、俺はいつも通りにクラゲ狩りに出撃したのだが、唐突な高熱源接近警報に驚き、狙撃を躊躇った。DFからクラゲの群れへ、一直線に飛んでくる。

 ハヤタに緊急通信を試みると、DFの後部ハッチから、もう一機の第三世代機が出撃したというのだ。


 ハヤタとて、ただの艦長ではない。SCRの操縦にかけても優秀な部類に入る。たまにはDFを自動制御にして、俺と一緒に出撃することもあった。しかし今回出撃したのは、ハヤタではなくクランベリーだという。


《カイルさん、離れてください! このクラゲは、私が片づけます!》

「ちょ、待てよおい!」


 俺が焦った理由は二つ。

 一つ目は、当然ながら戦闘経験の有無すら分からないクランベリーの身を案じてのこと。

 二つ目は、俺の獲物を横取りされたくなかったからだ。しかし。


 俺が牽制射撃を加える間もなく、クランベリーは宇宙クラゲの群れを一掃してしまった。

 記憶喪失者にこんな芸当ができるとは、全く以て想定外だった。俺にとっても、誰にとっても。


 戦果なくDFに戻った俺。半ば呆然自失だった俺に衝撃を与えたのは、俺、ハヤタ、クランベリーに続く、もう一人の乗組員だった。


「きゃああああ! クランベリーさん、どこであんな操縦を習ったの? っていうか滅茶苦茶強いわよね? どういう経緯があったのかしら? お姉さんに話してごらんなさい!」


 宇宙新聞特派員にしてDF配属となった、サオリ・フィッシャーである。

 サオリの、クランベリーに対する興味関心の強さに、俺は大きな危機感を抱いた。


 宇宙新聞特派員を乗船させるかどうかの判断は、元々いる乗組員たちが自由に許可したり、断ったりできる。これは、宇宙安全広報機構による取り決めだ。


 俺はそもそも、特派員を乗船させるのには極めて前向きだった。だってその方が、遥かに俺自身の世間的アピールに繋がるじゃないか?

 しかしまさにこの瞬間、特派員、すなわちサオリの注目株は、俺ではなくクランベリーに向かってしまった。


 これは由々しき事態である。俺の出番も獲物も生き甲斐も、全てクランベリーなる少女に持っていかれてしまう。

 しかも、クランベリーは謙虚で清楚、早い話『応援したくなるヒロイン』像にピッタリ合ってしまったのだ。

 サオリに『俺の記事も書いてくれ!』と強要することはできないし、クランベリーの活躍ぶりに難癖をつけることもできない。


 これで、今日の宇宙クラゲ撃滅に対する俺の執着心を、少しはご理解いただけたと思う。

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