第6話【第二章】

【第二章】


 三十分後、宇宙ステーションVIPルームにて。


「詳細な報告、感謝する」

「いえ」


 俺はどんよりした心持ちで、クラック大佐と向き合っていた。あの影の襲来に関して、説明責任があると思ったからだ。隣にはハヤタもまた、説明補佐をするべく立っている。死者は、制御室にいたスタッフ三名と、貨物ロボで立ち向かった賞金稼ぎが一人の合計四人。負傷者は、エアロックに殺到した際に軽傷を負った者が若干名。


 事件の後、賞金稼ぎ共を押し退けて、正規軍が現場を封鎖した。こればかりは、俺たちも文句は言えない。

 軍が現場を封鎖したということは、宇宙統一連邦政府があの制御室を支配下に置いたのと同義だ。迂闊に近寄っては、最悪の場合、反逆罪に問われることになる。

 まあ、あそこにいた誰の心にもそんな気はなかっただろうが。


 キチキチと義足の金属音を立てて、大佐は立ち上がった。俺とハヤタも改めて姿勢を正す。


「ご苦労だった。ゆっくり休んでくれ」

「ご心配なく。場数は踏んでおりますので」


 俺の斜に構えた言葉に苦笑しながら、大佐は退室した。


 今後、管制室と宇宙船ドックの一部には、軍と警察の両方が捜査に入るという。どちらか一方ならまだしも、二つの組織がいっぺんに一つの事案を調べるのは非常に稀なことだ。

 何か早急に解決しなければならない問題があるのだろうか? 命令系統は異なるはずだが、そうそう上手く合同調査などできるのだろうか?


 ふと隣を一瞥すると、ハヤタも顎に手を遣って黙考していた。だが、いつまでもここに居座るわけにもいくまい。俺はハヤタを促して、DFのある宇宙船ドックに向かった。


         ※


 規制線が張られた中をすり抜けて、俺は自分の身分証明書を見せた。今回の犯行に関わっていない、という証明だ。ハヤタも従う。

 思いの外あっさりと、DFの離陸は許可された。幸い、積み荷や武器の搭載、船体のメンテナンスは完了していたので、そのままこのステーションをあとにする。


 微速前進から勢いをつけ、数秒間のジェット噴射の後、一定速度での航行を開始。ハヤタの手伝いをしていた俺は、ブリッジに上がろうと梯子に手を載せた。が、しかし。


 ブリッジの手前の部屋が騒がしい。まさかとは思うのだが、『彼女』ならやりかねない。さては――。

 扉を開けると、案の定サオリがクランベリーの写真撮影をしていた。


「サオリ、何やってんだ! 死人が出てるんだぞ! クランベリーだって疲れてるんだから、少しは休ませてやれ! 取材は後回しだ!」

「まあまあ、そう固いこと言わないで、カイルさん! 突如出現した謎の人型生物を、一対一で倒したって言うじゃない! やっぱりクランベリーちゃんはすごいわね~! SCRの操縦だけじゃなくて、格闘戦もできるなんて! 並大抵の人間にはできなわよ!」


 俺は喉元まで、熱い怒りが湧いてくるのを感じた。

 その言葉は、つい一週間前までは俺に向けられていた賛辞だ。自画自賛になってしまうが、俺は自分の体術と拳銃を組み合わせた戦闘能力にも自信がある。現にそのお陰でチヤホヤされてきたし、何より『あの人』が厳しく仕込んでくれたのだから、という納得の心も、俺にはあった。


 俺が必死に感情を制御していると、遠くから声が聞こえてきた。


「先輩? カイル先輩?」

「え? あ、ああ」


 遠くから、と思ったのは、俺が深く考え込んでしまっていたかららしい。声の主は、俺の真ん前に立ったクランベリーだ。何故か知らないが、盛大なフリルの着いたショッキングピンクのドレスを身にまとっている。サオリの趣味だな、こりゃ。


「おいサオリ、人の部下を勝手に仮装させるな。こんな服じゃ、とても戦えないぞ」

「あっ、カイルさん、ひっどぉい! 仮装だなんて! これ、今度のファッション誌に載せるのに、クランベリーちゃん特注ってことで作ったんだからね!」


『そんなこと知るか!』と怒鳴り返そうとして、俺はサオリの言葉の意味を考えた。


「ファンション誌に載せる、って、クランベリーをか?」

「他に誰がいるの?」


 まあ、そりゃそうだが。って、そんなことはどうでもよくて。


「おいおい勘弁してくれよ! 大体お前、従軍記者みてえなもんだろ? どうしてファッションの仕事してるんだよ!」

「いやー、最近はこの業界も厳しいもんで。人手が足りないから、あたしが兼任してるの。クランベリーちゃんみたいな子がいてくれれば、一石二鳥! 戦ってもよし、着飾ってもよし、恋をしてもよし! って、これじゃ一石三鳥ね!」

「わけ分かんねえよ!」


 俺が身を乗り出して、サオリに対する苦情を並べ立てようとしたその時。

 待てよ? 一石三鳥? 戦闘と外見と、恋? どういう意味だ?

 疑問符を浮かべまくる俺、俯いて顔を赤らめるクランベリー、相変わらずはしゃぎ回るサオリ。


 俺は文句をつける気合いを削がれ、顔を傾けて、サオリの言った意味を考えた。


「ちょっとカイルさん! あなた、いつまでそこにいるつもりなの? クランベリーちゃんのベスト・アングルを探してるんだから、用が済んだら出てって頂戴! さあ、撮影続けるわよ!」


 サオリに背を押されて、俺は部屋からの退室を余儀なくされた。


         ※


 ブリッジに上がって早々、俺はこちらに背を向けたハヤタに声をかけた。


「なあ、サオリの奴、やりたい放題だぞ? 放っておいていいのか?」

「まあ確かにそれも問題だが」


 振り返るハヤタ。その顔には、苦虫を噛み潰したような表情が浮かんでいる。


「な、何だよ?」


 既に新調したらしいグラサンの向こうから、ハヤタは射るような視線を俺に注ぐ。


「カイル、お前はクランベリーに嫉妬してるんだろ?」

「だったら何だよ?」


 俺は肩を竦めてみせた。そのくらいのことは、ハヤタなら既に察しているだろう。


「臨時とはいえ、クランベリーは俺たちチームの一員だ。仲良くしてやってくれ」

「はあ? お前、いつから俺の上官になった? それとも、幼稚園の先生か?」


 こんな時に説教かよ。特に『仲良く』って表現が気にくわない。俺が抱いているのは、プライドだ。仲が良いだの悪いだのといった、幼稚な概念ではない。

 ハヤタはわざとらしいため息をつき、立ち上がった。腕を組んで、俺を見下ろす。僅かとはいえ、ハヤタが俺より長身なのが鼻持ちならない。が、今現在、会話の主導権は向こうにある。

 本当に、幼稚園児とその悪戯を咎める教諭のようだ。


 その台詞は、全く唐突に放たれた。


「カイル、お前はロリコンか?」

「ぶふっ!?」


 な、何だなんだ?


「はっ、はあ!? 何言いやがるんだよ突然!? 俺は違う! ロリコンなんかじゃねえ!」

「俺には妹がいる。リアルに妹がいる人間は、ロリコンにはならないそうだ。だがお前は一人っ子だろ? これで一つ、アリバイが消えたな」

「何じゃそりゃあ!?」


 何が何でも無茶苦茶だ。『アリバイが消えた』って……。俺がロリコンであることが前提かよ。ひでえ話だな。


「だったら何なんだよ? 妹がいない人間なんていくらでもいるだろうが!」

「まあそうだな」


 俺が喚く様子が可笑しかったのか、ハヤタの顔にはいつの間にか笑みが浮かんでいた。年下の俺をおちょくるための、年嵩ならではの笑みだ。

 こいつは時々、二十代とは思えない雰囲気を醸し出す。例えば、今のような。自分が絶対優位に立っていると、確信しているに違いない。


 だが待てよ。


「なあハヤタ、俺をからかうのは勝手だが、どうしてロリコン疑惑をかけたんだ?」


 まだ他にからかいようがあっただろうに。

 そんな疑念を含んだ俺の問いに、ハヤタは『え?』と間抜けな声を上げた。


「お前、自覚ないのか?」

「自覚、って何の?」


 すると、ハヤタの顔から喜色がするすると滑り落ちた。グラサンを外し、まじまじと俺の目を覗き込む。

 それから『あ』だか『は』だか言いかけたが、こちらに一歩踏み出しただけで口を閉ざした。

 挙句の果てには、『ああ~』と魂の抜けるような声を上げて、両膝を着いてしまった。


「ど、どど、どうしたんだよ?」


 どもりながら声をかけると、ハヤタはゆるゆると立ち上がり、何やらぶつぶつ呟きながら背を向けた。『自覚、なし』と聞こえたような、聞こえなかったような。

 そのままコンソールに両手を着き、かぶりを振りながら片手を振った。出て行ってくれと、その背中が語っている。


「はあ……?」


 俺は語尾を上げながら疑問を呈し、しかし何の反応も得られずに、ブリッジをあとにした。

 どうして俺がロリコンでなければならないんだ? そんなことで、一体どんなメリットがある? そもそも、どうして俺の性癖を気にされなければならないんだ?


 俺は理解が及ばず、拳で軽く側頭部を叩きながら、廊下を闊歩していった。

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