第7話


         ※


 影の引き起こした騒動、及び俺のロリコン疑惑から三日が経過した。

 相変わらずクランベリーは、一般人にもメディアにも、挙句は同業者の間でも大人気だった。全く、影に大打撃を与えたのは俺だというのに。

 俺は不機嫌さを隠すこともなく、陰鬱な日々を送っていた。


「けっ、どうせ俺なんて……」

「どうしたんですか、カイル先輩?」

「何でもねえよ、クランベリー。お前みてえな人気者にはな」


 などと、当の本人を相手に愚痴ってしまう。相当病んでいるな、と自覚しつつ、あたり構わず嫌味ったらしいことを呟く。


 分かっている。クランベリーは決して悪くはない。かと言って、俺が捻くれているから、という理由だけでこの問題を片づけるわけにはいかなかった。俺を拾ってくれた『あの人』の恩に報いるには、俺は活躍しなければならない。

 この銀河系で、主人公として立ち回らなければならないのだ。


 そんなことを考え、食欲が減退するのを感じながら、俺は月面産の仔兎の煮込みを食べていた。同伴しているのは、クランベリーとサオリ。ハヤタはと言えば、緊急連絡の入電や新たな賞金のネタを漁るべく、一人ブリッジに籠っている。


「カイルくん、あんたねえ、やっぱり性格歪んでるんじゃない?」


 器用に肉を切り分けながら、サオリが問うてくる。


「あんただって、クランベリーちゃんが来るまではこのチームのエースだったのよ? また次の戦いで頑張ればいいじゃない」

「それができりゃあ苦労はしねえよ」


 俺はナイフとフォークを手にしたまま、テーブルに肘を着いて、皿の上の料理をいじくり回していた。


「先輩、お行儀が悪いですよ?」


 クランベリーもこちらを注視するが、俺は気に留めない。いちいち気に留めていては、とてもじゃないがまともな精神を維持できるとは思えない。


「お前はいいよなあ、クランベリー。お前は戦いの天才だ。俺やハヤタだってプロを自認しちゃいるが、お前は桁違いだもんなあ」


 じろり、とサオリの方を見る。今俺が口にした文言は、まさに昨日の新聞でサオリが書き連ねたものだ。

 繰り返すようだが、感情論を抜きにしても、俺はプロ中のプロでいなければならない。もっと、もっともっと活躍し、己の実力を世界に、宇宙に見せつけなければならない。

 しかしそれを、同船した少女に妨害されるとは。しかもその少女の正体は、その一切が不明ときている。


 俺はため息をつき、ほとんど口をつけていない料理を冷凍保存しておくべく、立ち上がってフロアを横切った。バタン、と冷凍庫を閉めた、その時だった。


《皆、緊急連絡が入った! クラック大佐からだ! 俺たちは遊撃隊の指揮下に入って、宇宙クラゲの群れを迎撃する! 今回は随分賞金を弾んでくれるそうだ!》


 ハヤタの言葉を、しばし咀嚼する。そしてタイミングがずれたまま、思わずガッツポーズを取ってしまった。名誉挽回のチャンスだ。


《カイル、クランベリー、お前らはSCRデッキに急げ! サオリ、許可が出るまではカメラを回すなよ!》


 俺たちは口々に『了解!』『分かりました!』『はーい! カメラ磨いてまーす!』とそれぞれ声を上げた。


         ※


 約十日ぶりのSCRでの出撃に、俺は胸を高鳴らせていた。起動シークエンスを立ち上げ、機体整備が細部にまで行き届いているのを確認する。


「ダブル・ショット、出るぞ!」

《了解! 三十秒後にサムライ、出ます!》


 クランベリーの声を聞きながら、俺は現在位置を確認した。DFに問い合わせるまでもない、アステロイド・ベルトの外縁部だ。

 俺はダブル・ショットの右腕を叩いてみせた。クラゲ共め、小惑星ごと消し飛ばしてやる。


 だが、ここで妙な通信が入った。


《待ってくれ、カイル! クランベリーも待機!》

「ハヤタ、どうした?」

《緊急連絡の続報だ。でき得る限り、小惑星に損害を与えぬよう戦えと》

「はあ?」


 俺は疑念を隠そうともしなかった。


「馬鹿言え、電磁砲でクラゲだけ殲滅するなんて、そんなチマチマしたことやってられっか!」

《現在俺たちは軍の下部組織として動いている。命令には従わなきゃならないんだ!》

「チッ! だったら……」


 俺は大きく舌打ちしてから、エネルギーパックの調整に入った。できるだけ電子砲の出力を下げ、クラゲだけを狙撃しようと考えたのだ。


「クランベリー、お前は待機しろ。俺がクラゲの子分をふっ飛ばすから、お前には残党の駆逐を頼む」

《……》

「どうした、クランベリー? 応答しろ!」

《あ、えっと、了解です!》


 このガキ、何を慌てているんだ? 本人の言う通り、俺の方が先輩なのだから、命令を下したって構わないだろう。今までだってそうしてきたんだから。

 だが、今のちょっとした沈黙が、俺には気にかかった。

 もしかしてクランベリーは、俺の顔を立てるために、遠慮しようかどうか迷っていたのだろうか? 

 知るかよ。俺のことなんざ放っておけ。今まで通り自分なりの戦いをすればいいじゃねえか。


《カイル、間もなくクラゲの群れが射程に入るぞ! 繰り返すが、できるだけ周囲への損害は出すな! 最低出力でいけ。分かってるな?》

「おうよ。攻撃開始の許可の指示は?」

《もう攻撃を開始して構わない。カウントダウンは省略だ》

「了解!」


 俺はヘルメットのバイザーを下げ、クラゲの群れを光学で捕捉した。結構な数がいる。中央に、先日倒したような百メートル級の巨大クラゲが漂っている。そしてそいつの周囲を、二十~三十メートルほどの中型クラゲが、二十体近く取り囲んでいる。


 アステロイド・ベルト内の敵を狙撃するのに、周囲への損害も何も知ったこっちゃないが、あのクラック大佐からの命令と思えば仕方あるまい。


「狙撃を開始する。サオリに撮影許可を出してやってくれ」

《おう。今度こそいいところを見せろよ》


 ハヤタの軽口に、思わず口元が緩んだ。


「分かってるさ」


 そして俺は第一弾を、先頭を行く中型クラゲに浴びせかけた。

 極々軽い反動が加わるのと、クラゲが消滅するのは同時。俺は過たず、クラゲだけを消し去ってみせた。よし、次だ。

 クランベリーが待機している前で、少しずつクラゲを消滅させていく。これぞプロの技だと、言ってやりたくもなってきた。あまり画にはならないかもしれないが、サオリも俺の活躍について、書かざるを得なくなってきただろう。


 調子に乗って六体目を撃破した、その時だった。


《ん?》

「どうした、ハヤタ?」

《妙な反応がある。解析してデータを送るから、しばらく待機だ》

「了解」


 俺はふうっ、と大きなため息をつき、コクピット内のモーション・キャプチャーを一時停止。思いっきり伸びをした。無論、その前に機体を隕石群の陰に隠しておくことも忘れない。


《カイル、聞こえるか?》

「ああ。何があった?」

《先頭にいる中型のクラゲを狙ってみろ。そこから座標を上に三・二度、右に〇・四度修正》

「何があるんだ?」

《やってみりゃ分かる。合図するから、まだ撃つなよ》


 俺はスラスターを軽く吹かして半回転し、クラゲたちの方へと機体を向けた。指示された座標に向かい、電磁砲の砲身を定める。するとすぐに、トリガーがロックされる固い感触が、右手の指先から伝わってきた。


「おい、何かあるのか?」

《ああ。アステロイド・ベルトに紛れ込んだ軍事研究施設だ》

「紛れ、込んだ……?」


 よく意味を掴めずにいる俺に、ハヤタは説明した。

 以前、軍事関連のネットを漁っていた時に、アステロイド・ベルト内の小惑星をくり抜いて造られた軍事施設があることを知ったのだと。


《さっき六体のクラゲを、お前は駆逐した。だが、おかしいと思わなかったか? 電磁砲の着弾時に、僅かな発光現象が見られただろう?》

「た、確かに妙だとは思ったが……。それって、クラゲがいっつもピカピカしてるのと同じだろう?」

《それが違うんだ。今、測定した三次元データを送る》


 ハヤタの奴、何を焦っているんだ? 訝し気に俺がデータを受け取ると、そこには思いがけない映像が映されていた。


「消滅したクラゲから、何かが放出されている……?」

《そうだ》


 一呼吸おいて、ハヤタが続ける。


《直径三十メートルほどの球体だ。それが、クラゲの笠の中に隠れていたのさ。宇宙じゃ物体は自由に動けない。だが、何らかの外力が加われば話は変わる》

「その外力って、まさか爆発か? クラゲが光って見えたのは、その爆発のせいで、目的は軍事施設への接近?」


『仮定の話だが』と告げて、ハヤタは説明を再開する。


《真空中で生存可能な生物はそうそうない。宇宙クラゲか、例の人型の影か、せいぜいそんなところだろう。とすると、もしかしたら、あのクラゲの笠から放出された『何か』は、影、あるいは影を運ぶカプセルの役割を果たしているのかもしれない》

「その目的は?」


 勢い込んで尋ねた俺に、ハヤタは『さあな』と淡白に応じる。


《だが、このままじゃその軍事施設は影共に襲われる可能性がある。俺たちはまんまと、影共の入ったカプセルをその小惑星に近づけちまったわけだ。ビリヤードよろしくな》

「って、それやべえだろ!?」

《落ち着けよ、カイル。だから今援軍を要請してるんじゃねえか》

「援軍?」


 頭上に疑問符を浮かべる俺をよそに、ハヤタは『もうじき合流するぞ』と言った。

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