第8話

 俺はヘルメットを外し、立体ディスプレイに見入った。中央に我らがDFが陣取り、その半径二百キロメートルをカバーする、球体状の立体地図だ。

 件の軍事施設と思しき小惑星が映り込んでいる。言われてみれば、確かにそちらに向かって適当な大きさの球体が等速で進んでいくところだった。


 と、同時に目に入ったのは、この宙域にぞくぞくと集まってくる、他の賞金稼ぎたちの船だ。亜光速で飛び込んできた船もあれば、のっそりと減速しながら近づいてくるものもある。


《こちらグンジョー、各船及びSCR、聞こえるか? 返答のない奴には、今回の報酬の代わりに大口径電磁砲をぶち込んでやる》


 と、何とも剣呑な言葉で会話に割り込んできたのは、グンジョー・タチというベテラン賞金稼ぎだ。今回のような大規模作戦、すなわち抜け駆けがどうしてもできないような事態に陥った場合、統率を取るのは専ら彼である。

 歳は三十代半ば。軍歴あり。クラック大佐との面識もあり。常にドスの効いた声で喋るため、感情がいまいち読めないが、別に彼が忌み嫌われているわけではない。左頬に抉れたような傷があるのも、戦闘中に仲間を庇ってのものだ。まあ、確かに不愛想には見えるかもしれないが。


 そんな彼の指示に従い、付近航行中の宇宙船は、一斉に返答を寄越した。


《グレイ・ファルコン、参上!》

《レッド・ストーン、待たせたな!》

《ブルー・ダークネス、現場宙域到着まで十五秒!》


 全く、元気な連中である。俺は通信相手を、DF及びグンジョーの母船だけに切り替えた。


「ようグンジョー、調子はどうだ?」

《カイル、久しいな。来る日も来る日も、撃って殺して金にする。いつもと変わらん》


 俺は音を立てずに笑った。確かに、この男はそういう器量の奴だ。どんな危険な汚れ仕事だろうと、滅多に断ることはない。ただし、準備はいつも万端だ。同船のクルーはもちろん、このあたりの賞金稼ぎたちからの信頼は極めて厚い。


「ところでグンジョー、どうしてここにいるんだ? ハヤタに呼び出されたからか?」

《そうだ。加えてたった今、軍からの正式な命令書と権利書、それに想定される敵勢力についてのデータを受信した》


 聞いてみれば、今回の任務内容は、軍事衛星に潜伏したと思われる影たちの殲滅。軍事衛星は機密情報の宝庫だ。電磁砲でまるまる蒸発させるわけにもいかない。実際に生身で乗り込んで制圧しなければ。


 問題はただ一つ。影が、極めて危険な存在だということ。簡単に言えば、強い。遭遇した際に殺傷される可能性は高いし、どれだけ譲歩しても腕一本は持っていかれる覚悟はした方がいいだろう。


 それでも、これだけたくさんの賞金稼ぎたち、総勢約三十名が集まってしまうのだから、賞金の力は恐ろしい。


「ハヤタ、サオリに撮影を開始させてくれ。ただし、衛星の外部からだけだ。中は地獄になるだろうからな」

《だろうな。俺も行こう。サオリには船内待機をさせておく》

「了解」


 そんな会話を終えた頃には、繭のようなカプセルが、宇宙船から次々に射出されていくところだった。衛星への着陸組が乗っている。そのそれぞれに対し、同じ船のクルーごとにグンジョーが着陸指示を出していく。


《ダーク・フラットの三人には、先陣を切ってもらいたい。頼めるか?》

「ああ。あんたの指示とありゃあな」

《感謝する》


 こうしたちょっとした感謝の言葉が信頼を厚くしていくのだろうと思う。俺がグンジョーに対して、敬意を払っている部分だ。


 それはさておき。

 俺たちが先頭を行くということは、会敵が最も早いということだ。危険である。だが、俺とハヤタ、それにクランベリーの反射神経の良さは折り紙付きだ。

 俺たちの主要武器、すなわち拳銃では威力に難がある。だったら俺たちが敵を察知し、すぐに警戒を促して、皆に殲滅を任せた方がいい。

 影とて鉄壁の防御力を誇っているわけではないのだ。自動小銃で牽制し、携帯用電磁砲をぶち込めばひとたまりもないだろう。


 俺とクランベリーは一旦DFに戻り、他の皆と同様に、カプセルで軍事衛星に取り付くことになった。


「戻ったぞ、ハヤタ。装備品は?」

「おう、三人分用意してある。カイル、お前は二十二口径でいいか?」

「いや、念のため三十八口径でいこう。二丁頼む」

「了解だ。クランベリー、お前は?」

「私は、そう、ですね。あまり拳銃の扱いには明るくないので、防弾ベストだけあれば」


 なんだ。自分は丸腰で平気なのか。


「結構なご身分だな」


 俺の口からは、ついつい嫌味が溢れ出てしまう。それをハヤタは視線だけで、しかし強く咎める。俺は肩を竦ませ、了解の意を表した。


 これから突入、しかも白兵戦を仕掛けるという現状で、俺の態度は皆が非難することだろう。それを分かっていて言ってしまうのだから、俺は本当にどうにかしてしまっている。

 思うに、焦り、苛立ち、それらから派生した不安のようなものが、俺の胸を押し潰そうとしているのだ。

 カプセルに片足を突っ込みながら、俺は頭をガシガシと掻きまくり、何とか精神が歪曲するのを回避する。


「急いで頂戴、カイル! あたしは早くあんたたちの活躍を映像に収めなきゃならないんだから!」

「ほざけ、サオリ。お前が追っかけてるのはクランベリーの尻だろうが」


 するとサオリは、腰に両手を当てながら追撃してきた。


「ちょっとカイル、あんた、本当に口悪くなったわねえ」


 少しばかり、心が揺れた。俺は荒んだのだろうか? まあ、賞金稼ぎの中ではマシな方だろうと思うので、単純に言い返すことにする。


「うるせえな、事実を言っただけだ。お前こそ、取材対象の言動に文句をつけるのは図々しいぞ」


 それから俺は、すぐにクランベリーの方に振り向いた。彼女がムキになって反論してくることを予想していたのだ。が、そんなことは起こらなかった。

 クランベリーは、自分のカプセルのそばで顎に手を遣って佇んでいる。


「おい、お前ら何やってる! グンジョーからの座標データはとっくに来てるんだ、急げ!」


 割り込んできたのは、言うまでもなくハヤタである。拳銃を用意してきたのだ。二丁の拳銃と、十分量と思われる弾倉を、乱暴に俺に押し付ける。それからハヤタは、グラサンを外してさっさと自分のカプセルの方へ向かって行ってしまった。

 俺はぶんぶんとかぶりを振って、自らもカプセルの中に身を横たえた。


 DFから軍事衛星までの行程は、約二百秒。もちろん、クランベリーのように記憶の喪失が起こるような長時間ではない。眠りに就く暇もない。俺は自分のカプセルが持ち上げられ、マシンで搬出口から射出されるのをじっと待っていた。


 グン、と頭部方向に身体が引っ張られるのを感じた頃には、俺は嫌味の一件をすっかり忘却していた。


         ※


 カイドビーコンで軍事衛星に誘導されながら、俺はこの衛星の情報を頭に叩き込んだ。

 造られた目的は極秘。まあ、俺たち賞金稼ぎ相手にはよくある素っ気ない対応だ。直径は約十キロメートルで、人工重力場発生装置は小型で済むことから、衛星の中央に埋め込まれている。影によって破壊される恐れはないようだ。

 常駐している人間は、管制官と警備員が二人ずつ。残念だが、彼らの生存は絶望的だろう。


 光学映像がカプセル内に展開され、俺はごくりと唾を飲んだ。

 俺が電磁砲で弾き飛ばした球体は、見事に軍事衛星に接地している。影の姿は見当たらない。俺たちの到着前に、既に貨物搬出口から侵入してしまったのだろう。かくいう俺たちも、その搬出口に誘導されているのだが。


 俺は身をよじり、カプセル内で拳銃を抜いた。エアロックを抜けたら、すぐに飛び出して先頭に立たねばならないからだ。

 エアロックは、二重の外壁から成っている。どこかが損傷すると、すぐに異常事態として完全封鎖されるシステムになっているから、影に破壊されてしまって空気が漏れる、といった心配はないだろう。俺は巨大な球状の怪物に食われるような思いで、衛星に吸い込まれていく自分の身を案じた。


 二つめのエアロックを抜けたものの、影のいる気配は感じられず、また、影のいた形跡も見当たらなかった。一つ例外があるとすれば、このエアロックから衛星の内部構造へと繋がっている扉が無理やりこじ開けられている、ということだろう。

 影たちは、うまくエアロックをすり抜け、警報の鳴らない扉は破壊して進んでいったということか。頭のいい連中だが、だったらエアロックを開ける許可は誰が出した? ここに常駐している管制官か? 考えづらいことだが。それとも、誰かが外部から通信して、遠隔操作でエアロックを解除した?


 ううむ、分からん。だが、俺たちのやるべきことははっきりしている。影を追って進み、発見し、殲滅する。それだけだ。

 周囲の気圧が正常に保たれていることを確認してから、俺はカプセルの開放ボタンを押し込んだ。

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