第9話

「よっ、と」


 俺はカプセルから降りた。その場で二、三回跳躍し、重力場の度合いを確かめる。うむ、基準値であるようだ。地球と同じである。


「来たか、カイル」


 気づけば、グンジョーが俺の元へやって来るところだった。


「おうよ。俺たちの勘の良さを買って、斬り込み隊長を任せてくれたんだな?」


 自分より頭一つ分は高い位置にいる、グンジョーの顔を見上げる。


「危険な任務だ。大丈夫か?」


 改めて問うてくるグンジョーに、俺は『ああ』と短く答える。


「援護は頼むぜ」

「任せろ」


 そう言って、グンジョーは背後から小型の電磁砲を手前に持ってきた。小型と言っても、それはSCR用のものと比べればの話だ。自動小銃よりも、更に一回り大きい。反動が大きいわけではないが、バックパックを背負わなければならないので、結局立ち回りは鈍くなってしまう。


 彼の背後に目を遣ると、通常の自動小銃に初弾を装填している連中がいた。俺たちが先陣を斬り、彼らが自動小銃で牽制、それから電磁砲を担いだ連中が影に止めを刺す。この流れを上手く作ることができれば、俺たちは有利に立ち回れる。

 この衛星は、研究セクションを除けば大体が狭い通路だ。電磁砲なら狙いを定めるまでもなく、影共を蒸発させることができるだろう。


「少しいいか、カイル」


 あたりを見渡していた俺に、グンジョーが声をかけてくる。


「俺自身は、クランベリーとやらの戦闘を映像でしか知らない。俺の傘下では、これが初仕事だ。無茶をしないようにと伝えてくれ」

「あ、ああ、分かった」


 俺は自分の頬が、ぴくりと痙攣するのが分かった。面白くない。グンジョーほどのベテランが、クランベリーのことなど気にしなくてもいいだろうに。まあ、彼女が強いことは認めるけれど。


 そう思っている間に、残りのカプセルが到着した。三十名全員が揃ったのだ。

 すっ、と息を吸って、グンジョーが語りだした。


「閃光手榴弾が使用される可能性が高い。皆、遮光性のあるものを頭部に装備しろ。突入を開始する。ダーク・フラットの戦闘員は、直ちに前衛へ出てくれ。儲けるぞ、猛者共!」


『うおおおおお!!』という歓声に、衛星全体が震えた。


         ※


「でやっ!」


 俺は思いっきり、通路へ続く扉を蹴り開けた。無論、扉のすぐ後ろに影がいないことは確認済みだ。

 貨物搬入口とは違い、通路の照明は破壊されており、視界は無に近い。俺は素早く腰元に手を遣り、小型の懐中電灯を取り出した。

 右手に拳銃を、左手に懐中電灯を握り、腕を交差させるようにして、ゆっくりと進む。


 この作戦は、殲滅戦だ。影共を全滅させられなければ、俺たちに報酬は入らない。だったら、抜き足差し足で進むという選択肢はない。向こうから近づいてきてもらった方が好都合なのだ。こちらはすぐに反撃できる。舐めるなよ、化け物め。


 しかし、そう思うことと、警戒心を研ぎ澄ませることは、全く矛盾することではない。そうやって俺たちは命を懸け、金を稼いできたのだ。

 俺のすぐそばで、軽く息をつくハヤタ。俺たち二人は左右に展開し、クランベリーを中央に立たせた。


 アイコンタクトで前進を指示するハヤタに、頷き返す俺とクランベリー。その周辺には、どことなく鋭さが、言い換えれば一種の殺気のようなものが漂っていいる。

 暗闇を円形に切り取る懐中電灯。岩石特有の無機質な臭気。いやにひんやりとした空気感。

 奴らはいる。間違いない。


 皆がついて来るのを確かめながら、俺たちは進んでいく。じりじりと肌が焼かれるような緊張と、必ずやぶっ倒してやるという興奮が入り混じる。落ち着けよ、カイル。冷静にな。


 違和感を覚えたのは、突入を開始してから十分が経過した頃だ。

 静かだ。静かすぎる。それでもどこからか見られているような、不愉快な感覚。何が起こっているんだ?


 俺がふと、天井に懐中電灯を向けたその時だった。


「危ない!」


 目にも留まらぬ速さで、クランベリーが振り返った。彼女の絶叫と同時に響いたのは、ガタン! と何かが外れて落ちる音がする。上方からだ。

 俺とハヤタが立ち止まり、視線を後方に遣ると、まさに血飛沫が噴き上がるところだった。


「まさか!」


 反射的に、俺は再び振り返った。すると天井のパネルが外れ、ボルトの外れる衝撃音と共に、何かが降ってきた。言うまでもない、影だ。


「野郎!」


 俺が拳銃を構えると同時に飛び出したのは、弾丸ではなくクランベリーだった。影は着地直後に、彼女のドロップキックを喰らって弾き飛ばされた。


「退け、クランベリー!」


 俺は銃撃を開始した。狙うは上半身。予想通り、のけ反る影。

 すぐにわざと転び、床を転がった俺の頭上を、自動小銃の弾丸が飛んでいく。こちらへの前進が困難だと判断したのだろう、影は跳躍して天井に引っ込んだ。


 今更ながら、俺は自分たちの盲点に気づいた。通気口だ。この通路のすぐ上を走る通気口。そこを通って、影は俺たちを待ち構えていたのだ。

 細長い隊列を組んでしまった俺たちの頭上で、どこから影が降ってくるか、分かったものではない。たちまち、俺たちは大混乱に陥った。


「おい、こっちだ! 電磁砲をぶっ放せ!」

「こっちってどっち……ぐはっ!」

「俺は味方だ、撃たないでくれ!」


 そんな中、グンジョーは自分に向けられた影の槍の根元を掴み、壁に叩きつけ、足の裏で固定。拳銃で影の頭部をぐしゃぐしゃにしてから、一旦引っ込めていた電磁砲を構え直し、天井へ向けて発砲した。


 一筋の稲光と、轟く雷鳴。一瞬でこの通路を照らし出した電磁砲は、影一体の撃滅のみならず、他の影たちの目くらましにもなったようだ。


「おらっ!」


 ハヤタに襲いかかろうとしていた影がある。しかし、カウンター気味の零距離射撃で重傷を被って、重機関銃でハチの巣にされていく。

 俺も仕事をしないわけにはいかない。自分でも不思議なことだが、俺はクランベリーと背中を合わせるようにして、彼女の背後から迫る影共を牽制していた。


「先輩!」


 クランベリーが叫ぶが、俺は何をすべきか把握している。しゃがむのだ。すると、彼女の必殺回し蹴りが影を薙ぎ払い、影は壁に叩きつけられたところで、電磁砲の餌食となった。

 コンビネーションが決まったことに驚きつつ、俺がクランベリーの方を振り返ると、彼女は邪気のない、素直な微笑みを見せた。この時、俺は彼女と出会ってから、初めて抱く感情に取り込まれた。彼女を許すというか、受け入れることができそうな気がしたのだ。


 しかし次の瞬間には、俺は緊迫感を取り戻していた。

 完全に敵と味方が入り乱れてしまった以上、俺が先頭で小火器を用いて戦う必然性はない。ならば、俺もできる限り、威力の高い重火器で戦うべきだ。

 

 俺は、ちょうど弾切れを起こした拳銃を投げ捨てた。そして再びしゃがみ込み、そばに落ちていた誰かの自動小銃を手に取った。肘から先がぶら下がっていたが、この程度の気味悪さで怯んでいるわけにはいかない。


 思いっきり自動小銃を振り回し、迫ってきていた影の腕を肩当てで弾き返す。仰向けに転倒する影。俺はそのままぐるり自動小銃を握り直し、敵の胸のあたりに弾倉一個分の銃弾を叩き込んだ。


 その頃には、立っている人間は電磁砲を持っている者たちだけになっていた。水平に、あるいは天井に向かって、稲光を加える。グラサン越しに見たところだと、すでに十体近くの影たちが、銃弾または稲光によって屠られていた。

 宇宙クラゲの笠から飛び出した球体の大きさからして、内包していた影の総数は、ざっとこんなものだろう。


「撃ち方止め! 撃ち方止め!」


 まさに今というタイミングで、グンジョーが指示を飛ばした。


「大方の敵は殲滅した。負傷者を貨物搬入口のエアロックまで搬送しろ。余った奴らはここで待機、上方への警戒を怠るな。ハヤタ!」


 グンジョーが、俺のそばに立っていたハヤタを呼びつけた。


「ダーク・フラットの面々は、負傷者搬送の護送に回ってくれ。俺はここで、影の痕跡を洗ってみる」

「了解。カイル、クランベリー!」

「聞こえてるよ。ほら、行くぞ」

「あっ、待ってください先輩!」


 俺は突き放すような口調をクランベリーにぶつけ、一瞥もせずにハヤタの後を追った。その時、足元から音がした。何かが擦れるような音だ。

 ひょいと見下ろすと、影の死骸がさらさらと砂になっていくところだった。

 本当に、こいつらは一体何者なんだ?


 しかし、エアロックの半ばまで進んだところで、俺は思考を中断せざるを得なくなった。

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