第10話


         ※


《こちら宇宙公安局警察部、アステロイド・ベルト保全課。人工衛星内の宇宙軍遊撃部隊総員に告ぐ! 直ちに武装を解除せよ! 繰り返す! 宇宙軍遊撃部隊は、総員、直ちに武装を解除せよ!》


 そんな通信が、貨物搬入口全体に響き渡っていた。


「公安? 警察? なんでそんな連中がここに……?」


 呆然と呟く俺の前で、グンジョーはそばの立体ディスプレイを展開させた。そこには、赤と青のパトランプをつけた同一規格の宇宙船が、この衛星を包囲している様子が映し出されている。


「こちら宇宙軍遊撃部隊司令、グンジョー・タチ。生憎階級はない。だが我々は、宇宙軍直属の組織として、今回の作戦行動に臨んでいる。我々に武装解除を命令するなら、軍を通してから行っていただきたい」

《われわれ公安局もまた、今回の人型生物の駆逐任務に携わっている。貴官らは、元はと言えば暴力団に近い組織の面々だ。社会的にどちらが優位に立っているかは、ご承知のことと思うが?》

「んだとこの野郎!」


 俺は立体映像に向かって身を乗り出し、歯ぎしりをした。グンジョーはと言えば、腕を組んでじっと映像に見入っている。

 その時、控え目な態度で割り込んでくる姿があった。クランベリーだ。


「大怪我をした人がたくさんいるんです! せめてその人たちだけでも、付近の宇宙ステーションに搬送してあげてくれませんか?」

《負傷者がいると?》

「はい!」


 大きく頷くクランベリー。

 通信相手が一瞬大人しくなったのを見計らい、ハヤタが声を上げた。


「俺たちが社会的なはぐれ者だったとしても、負傷者を見過ごすのは、公安のネーム・バリューに泥を塗ることになると思うが、どうだ?」


 すると、僅かな沈黙の後、『了解した』との返答があった。


《今、警察部の護送船を差し向ける。到着まではあと五分ほどだ。何とか持ちこたえてくれ》

「五分じゃ長い! 三分にしろ!」


 と俺は喚いたが、そこはグンジョーが場を治めに入った。


「当然だが、早く来てもらって損することはない。頼む」


 実直なグンジョーの言葉に、相手もはっきりとした口調で『最大限善処する』と答えた。

 ほっと胸を撫で下ろす俺。だが、問題の本質はそこではない。


「話を戻すが、我々に武装解除をさせる権限が何故警察にあるのか、理由をお聞かせ願いたい」

《まだ言うのか?》


 いい加減にしろと言いたいのは山々だろう。だが、俺たちとてここで従うわけにはいかない。賞金は、この作戦を俺たちに任せた軍から出るのだ。警察が一枚噛んできたとなれば、賞金の行方がどうなるか分からない。重傷者や死者まで出ているというのに。


 俺が相手に食いつこうとした、その時だった。


「動くんじゃねえぞ、カイル」


 冷たい声音にぞくり、と身体が震える。俺は反射的に拳銃を抜き、ざっと振り返った。そこにいたのは、あのアルバと、相棒のジードだった。アルバの太い腕には――。


「クランベリー!」


 見間違うはずもなく、クランベリーの華奢な身体が捕縛されていた。アルバは右腕で、クランベリーの首を絞めている。左手には拳銃が握られ、ぴたりとクランベリーのこめかみに当てられていた。


 俺がそちらに突進しかけた時、足元で何かが跳ねた。


「あんまり撃たせるな。跳弾で怪我するぞ」


 ジードが、こちらに拳銃を向けている。ニヤリと口角を上げたアルバに対し、ジードの顔には何の感情も浮かんでいない。淡々としている。この冷静さ、落ち着きは一体何なんだ? 俺とそう歳は変わらないだろうに、踏んできた場数が違うような感じだ。

 もしかしたら、クランベリーはジードを警戒しているのではないか? それで身動きできないのではないか?


 グンジョーはふっと短いため息をついて、胸元に装備していた小型の無線機を手に取った。


「総員、聞いてくれ。俺たちの身柄は、しばらく警察組織の指揮下に入る。直ちに武装を解除して、負傷者を運んできてくれ」


 すると、それをどこかで聞いていたのか、立体ディスプレイの向こうから『結構だ』という冷たい声がした。

 ますます上がるアルバの口角に対し、俺たちの肩はがっくりと下がった。


 カプセルに乗り込み、警察からの指示を待つ。クランベリーたちは最後に連れ出されるらしく、一旦俺たちとは引き離されることになった。

 いつもは目の上のたんこぶみたいな彼女の存在だが、この時は正直、心配になった。クランベリーは、元々は宇宙軍の兵士、あるいはそれに準ずる立場の人間なのだ。彼女を救出した時の服装を思いだせば、すぐに分かる。

 俺たちならず者ならともかく、彼女が不当に扱われることがなければいいのだが。


 ハヤタも同じことを考えていたらしく、目を合わせると眉をハの字にしてかぶりを振った。今の俺たちにはどうしようもない。


《エアロックを開放する。総員、気密チェック。繰り返す。エアロックを――》


         ※


 公安局警察部の、最寄のスペースコロニーにて。


「ほら、降りろ! 気圧と酸素は確保してある!」

「はいはい、分かりましたよ」


 俺は警官にどやされながら、のそのそとカプセルから出た。ここでも、人工重力は機能している。

 しかしその直後、不意に後ろから突き飛ばされて、俺は前のめりに転倒しかけた。


「いてっ! おい、俺たちは犯罪者じゃねえんだぞ! 客人はもっと丁重に扱えよ!」

「こりゃ失敬」


 そこにいたのは、アルバだった。


「てめえなあ、俺たちだけじゃねえぞ。船はどうするつもりだ? 傷一つ付けたらただじゃおかねえからな!」

「安心しろ。貴官らの停船宙域の安全は、我々公安局が確保している」


 ジードが、丁寧だが無機質な口調で諭す。その時、ふと気づいた。


「おい、クランベリーはどうした?」

「あ?」

「しらばっくれるなアルバ! てめえが連行してきた女の子だよ!」


 その時、はっとした。いくら強いと言っても、クランベリーは飽くまで『女の子』なのだ。負傷者を気遣っていた先ほどの態度を思い返してみても分かる。


「お前、あの娘っ子に気があるのか?」

「馬鹿言え、ただのクルーだよ! だからこそ心配してるんだ!」


 我ながら無茶苦茶な理屈である。アルバは頭の回転が鈍ったのか、首を傾げていた。

 そのツラに鉄拳を叩き込みたいのは山々だったが、これ以上騒ぎを大きくするわけにもいくまい。俺はアルバにガンを飛ばしてから、警官に促されて皆と合流した。


 連行される際、手錠を掛けられることはなかった。目隠しもだ。流石に俺たちを犯罪者にはできなかったのだろう。公安のお偉方の考えは分からないが、俺たちを無理やり連行した件について、世間的なインパクトを小さく留めておきたいのかもしれない。

 ということは、俺たちが戦った影の存在や今回の作戦について、緘口令が敷かれるのだろうか。


 情報流出の問題に考えが至った時、俺ははっとした。そうだ、俺たちの船はどうなった? 船もまた、公安の監視下に置かれているのだろうか。どこかにまとめて保管されるのだろうか。

 船は、この広大な宇宙にあって、俺たちの『家』であり『憩いの場』だ。よそ者にずかずかと踏み入られるのには、かなりの抵抗がある。だが、アステロイド・ベルト近傍に停泊させておくわけにもいかないだろうし、公安に引き取られるしかないのか。


 俺が諦め半分で肩を竦めた時、ふとハヤタと目が合った。自分が艦長を務めている以上、船に対する愛着や責任感は大きいはずだ。その落胆ぶりたるや、想像を絶する――かと思いきや。

 ハヤタは全く予想外の挙動を取った。ウィンクしてみせたのだ。


「はあ……?」


 その直後、スペースコロニー全体に警報音が鳴り響いた。俺たち賞金稼ぎのみならず、警官たちも天井を見上げている。


《公安局警察部に告ぐ! 我々は宇宙軍遊撃部隊司令部直属の機動部隊だ! 直ちに、今作戦の参加者を解放せよ! 繰り返す!》

「おい、どうなってるんだ?」


 俺たちを連行していた警官たちがざわめき出す。脱出できるほど甘いガードではないが、事態が公安局にとって悪い方へ、つまり俺たちにとって有利な方へ動いているのは間違いないようだ。


「サオリの奴、上手くやってくれたな」


 そう呟いたのはハヤタだ。


「ど、どういう意味だ、ハヤタ?」

「後で説明する。今は、俺たちは流れに身を任せていればいい」


 すると、急に緊張感が解けた様子で、ハヤタはぐぐっ、と伸びをした。そんな彼を小突いたのは、グンジョーだ。


「切り札を使ったな」

「ああ、まあね」


 俺が二人の顔を交互に見つめていると、ハヤタは妙なことを言い出した。


「カイル、こんな言葉を知ってるか?」

「な、何だよ急に?」


 片頬をくいっと上げながら、ハヤタは一言。


「敵を騙すには味方から、ってな」

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