第31話
※
「カイル」
「……」
「カイル、聞こえてるんだろう?」
俺は眉間に遣っていた手を離し、のっそりと上半身を上げた。俺に声をかけていたのはグンジョーだ。軽く左肩を小突いてくる。
「お前がマスコミの連中を追い払ってから、もう三時間だ。いい加減休め。公安の船は泊めてくれないぞ」
「分かってるよ」
そう言って、俺は我ながら驚いた。自分の声が、あまりにも嗄れていたのだ。枯れ木が僅かに残った葉をすり合わせるような音だった。
「今、最寄のステーションでブラック・スコールの修復作業を進めている。修復といっても、ブリッジの窓を嵌め直すくらいだ。それで、地球まで送ってやる。ダーク・フラットはまた降りているんだろう?」
微かに顎を上下させる俺。だが、すぐにかぶりを振った。グンジョーの提案を拒絶するように。それに構わず、グンジョーは続けた。
「地球降下用のカプセルでお前一人を降ろしてやることもできるが、今は軍も公安もピリピリしてるからな。不審物と誤認されて撃墜されちゃあ困るだろう?」
それはそうだが。
しかし、今の俺にとって難しいのは、地球に降りてハヤタやサオリと合流することだけではない。その提案をしてくれたグンジョーの厚意に対し、どうリアクションを取ったらいいのかということもだ。
決まり悪くてもぞもぞしていると、グンジョーが言葉を続けた。
「速報によると、クラック大佐が黒幕だったようだ。公安が身柄を確保したというのも、間違いではない」
「えっ……」
俺は思わず顔を上げた。確かに、先ほど軍と賞金稼ぎたちがSCRで乱闘した時、仲裁に入ったのは公安だった。『クラック大佐の身柄を確保した』と言いながら。
「俺たち賞金稼ぎは、いいように使われていたらしい。あの影の戦闘データを取るために、実験台にされたんだ。クラック大佐は、政府内の軍の発言権拡大のために影を造り、一方で俺たち賞金稼ぎを支援して、わざと対立させた」
「じゃあ、あの戦いで死んだ連中は、大佐に殺されたようなもんじゃねえか」
口をへの字に歪めながら、頷くグンジョー。
「しかし、影の研究は公安にも協力させた。ジード、とか言ったな? お前たちがモロッコで遭遇したそうだが。あいつは、死んでも死体が灰にならないよう、わざと遺伝子調整されたタイプの影だったらしい。公安にも後ろ暗いところがあったんだろう、軍と公安の上層部は、互いに手を取ってこの影の調査をすることで、お互いに何かを隠し通すことで了承し合った、というわけだ。そこまで大佐が知っていたかどうかは分からんが、大佐の独断専行を面白く思わない勢力が、軍の中にいたのかもな」
「もうわけが分からねえよ……」
俺は腰を追って前のめりになり、左手で頭を掻きむしった。
「それと、もう一つ言っておかなければならないことがある」
一旦手を止めて、脱力するままにだらんと下げる俺。話を聞こうという意志表示のつもりだ。
「クランベリーがお前たちと遭遇したのは、偶然じゃない」
はっとして、俺は再び顔を上げた。のみならず、グンジョーと目を合わせた。
「どういう意味だ?」
「クランベリーを発見した時のことを思い出してみろ」
確か彼女は、脱出ポッドで漂流しているところを俺たちが救出したのだった。だが、確かあの時、あの宙域で、事故や事件が発生していたわけではない。
誰かがクランベリーを脱出ポッドに乗せ、意図的に俺たちの方へ流した、ということか。
俺はその予想を語ってから、『誰の仕業だ?』とグンジょーに問うた。
「恐らく、クラック大佐の差し金だろう。現在確認されている人型兵器は三種類。通常の影タイプとジードタイプ、それにクランベリータイプだ。どうせ人間対影の戦闘データを得るなら、影対影のデータもまとめて回収してしまった方が手っ取り早いと考えられたんだろう」
「だからクランベリーの身柄を人間側寄越した……?」
首肯するグンジョー。
「それに、ジードとクランベリーの二人は、通常のタイプと違って、人間社会に溶け込めるように改良されている。ゆくゆくは、軍閥の台頭に反対する勢力の中心人物を暗殺するために使われる予定だったんだろう」
「お、おい、ちょっと待てよ!」
暗殺だって? そんな卑劣な真似を、クランベリーがするはずがない。
俺がそう抗弁しようとした、その時だった。グンジョーの腹部から、槍状の物体が飛び出してきたのは。
「が、は……」
彼の屈強な上半身は、しかしいとも簡単に貫通された。俺に向かって、容赦なく血飛沫が降りかかる。
「グ、グンジョー!」
俺が叫び声を上げるのと、犯人がグンジョーの身体を放り捨てたのは同時。そこにいた人物を見て、俺は唖然とした。
「ジード、なのか……?」
自らも真っ赤に染まりながら、そこに佇む人影。身体のところどころが醜く歪み、しかし無表情を貫き通すその姿は、間違いなくジードだった。回収されてから、この船に収容されていたのか。
俺は反射的に拳銃を抜き、左に横転しながら銃撃。しかし、拳銃程度で止められる相手でないことは、俺自身がよく知っている。
だが、俺は立ちはだかった。この背後の扉の向こう、集中治療室にはクランベリーがいる。人造人間だろうがなかろうが関係なく、必死に生きようとしている。
いつも本気で、明るく笑顔を絶やさなかったクランベリー。そんな彼女を、こんな殺戮マシーンの手にかけさせてなるものか。
俺は、もう片方の腕をも槍状に変形させたジードと向かい合った。左手に握った拳銃で、ジードの眉間に狙いをつける。人間に近い影だというなら、間違いなくここが急所のはずだ。
ジードが身を屈め、こちらにダッシュを仕掛ける準備をする。それに合わせて、銃口を向け直す俺の左腕。
僅かに前方に出たジードに向かい、俺は躊躇いなく引き金を引いた。が、しかし、その弾丸よりもジードの軌道変更の方が早かった。こいつもまた、唐突に横転したのだ。
「なっ!」
俺から見て右側の壁に両足をつき、今度こそ俺に向かって、真っ直ぐに跳躍する。
やられる。ここまでか。俺がそう思い、滅茶苦茶に引き金を引こうとした直前だった。
ドガン、という凄まじい轟音と共に、大きな板状の物体が飛んできた。
「うっ!」
慌てて屈みこむ俺。
その板が集中治療室の扉であることに気づいた時には、ジード頭部を陥没させられ、今度こそ決定的な死を迎えていた。クランベリーの、踵落としによって。
「カイル先輩、大丈夫ですか?」
振り返り、さして慌てた表情でもなく、クランベリーが問うてくる。俺は拳銃を下ろしながら、『ああ』と一言。
「そうですか、よかっ……」
そこまで言って、クランベリーはがくん、と姿勢を崩した。糸の切られた操り人形のように。
俺は拳銃を投げ捨て、左肩を突き出して彼女の身体を支えた。
「だ、大丈夫か、クランベリー!」
咳き込む彼女の口からは、空気と共に赤い雫が飛んでいる。
「誰か! 早くこいつを診てやってくれ! 誰かいないのか!」
「先輩」
「おい、集中治療室の設備は無事なんだろ? 早く怪我をどうにかしてくれ!」
「カイル先輩」
「早く……早く、こいつの命を助けてくれ……」
俺は目の前がひどく滲んで見えた。しかし、そこに明確に映ったものがある。クランベリーの横顔だ。何が嬉しいのか、笑みを浮かべている。
「大丈夫ですよ、カイル先輩。あなたなら、もっといい人を見つけられます」
そう言って、クランベリーはそっと目を閉じた。
俺はもう何も考えられなくなって、ただひたすらに、彼女の身体を抱き締めた。脳裏に浮かんだのは、『俺を置いて行かないでくれ』という、痛いほどの寂しさだった。
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