第32話【エピローグ】

【エピローグ】


 この一件から数日間、宇宙に上がるというDFと合流すべく、俺は最寄の宇宙ステーションで厄介になっていた。

 合流を果たした俺は、DFに乗り移ってブリッジに上がった。そしてハヤタと顔を合わせ、公安の船内であった戦闘について解説したところだ。


「なるほどねえ、俺たちが地球に降りている間にそんなことがあったのか」


 口元で無煙葉巻をもごもごやりながら、ハヤタはグラサン越しに視線を投げる。俺は大きく頷いた。


「グンジョーは一命を取り留めた。クランベリーがすぐに助けに来てくれたお陰だ。俺も助かった」


 そう言うと、ハヤタは眉根に皺を寄せ、『それはどうだか』と言いながら葉巻を口から離した。


「どういう意味だよ?」

「彼女が本当に助けたかった本命は、お前だったんじゃないのか、カイル?」

「クランベリーは、そんなに簡単に人命を比較するような薄情者じゃない」


 俺は静かに反論する。俺とグンジョーがジードに襲われたあの時、グンジョーを攻撃するまで、ジードは全く気配を感じさせなかった。もしクランベリーが気配を察していたら、グンジョーのことも守ろうとしたはずだ。

 彼女が『助けたい』と思う相手に、義理も本命もあるものか。矛盾するかもしれないが、俺は、そんなクランベリーの性分を好ましく思っていた。

 俺たち賞金稼ぎは、常に身体と命を張って金儲けをする。だからこそ、できるだけ多くの人命を救おうとするクランベリーは、俺には眩しい存在に思えた。


 そんなことを考えていると、背後でスライドドアの開閉音がした。振り返ると、そこにはサオリが立っている。


「おう、サオリ」


 と声をかけてみると、サオリはぱっと笑顔をみせた。


「あら、カイル! お久し振りね!」

「久しいわけじゃないだろう、たかが四、五日じゃねえか」

「いいの! やっぱりクルーが揃わないと落ち着かないもんよ」


 ふうん、そういうものか。


「さ、こっちがブリッジよ!」


 サオリが、振り返って手招きする。


「失礼します」

「お、お邪魔し、します……」


おずおずと入ってきたのは、クリスとアルバだった。


「お、お前ら!」


『こんなところで何やってんだよ』と言いたかったが、上手く言葉が続かない。そのくらい俺には驚きだった。


 クリスは物珍し気に計器や設備を見回し、興味津々といった様子。それに対し、アルバは肩をすぼめて小さくなっていた。まるで、自分の存在が場違いだと思っているかのように。


「クリスには世話になったからな、招待したんだ。一週間の行程で、銀河系のあちこちを見せてやろうと思ってる」


 ハヤタが解説した。それはいい。だが問題は、もう一人の客人の方だ。


「じゃああいつは?」


 俺は親指を立て、ぐいっとアルバの方を指した。


「アルバは新しいクルーだ」

「お、おお、お世話になります!」


 アルバは新兵のように、ぎこちなく敬礼した。


「我がゴールデン・エベレストは、借金の肩に売り払うことになりました! 今後も賞金稼ぎを続けるべく、ハヤタ隊長の元で働かせていただきます! よろしくお願いいたします!」


 俺は腕を組んで、まじまじとアルバの顔を見つめた。珍しいこともあるもんだな。


「ところでカイル、ガールフレンドのお見舞いはしたの?」

「ぶふっ!」


 俺は思わず吹き出した。


「べ、別にクランベリーとはそんな仲じゃ……」

「あら? だれもクランベリーちゃんのことに言及したつもりはないんだけれど?」


 わざとらしく首を傾げるサオリ。背後では、ハヤタが笑いを堪えている。


「カイル、お前と合流する前に、彼女の身柄は預かっている。医務室にいるぞ」

「マジかよ!?」


 ハヤタの言葉に、俺は一瞬、身体が浮き上がるような錯覚に囚われた。

 彼女がここにいる。会える。サオリの誘導尋問に嵌ってしまったことなど、すぐに頭から吹っ飛んだ。

 俺は振り返り、ブリッジの出入り口へと駆け出した。


「ああ、ちょっと待て、カイル! マスコミの船が近づいて来てる。お前のヒーロー談義を聞かせてほしいそうだ!」


 だが、俺はハヤタの声を無視した。自分が目立つか否かなど、どうでもよかった。俺には、それ以上に大切なこと――大切な人がいる。


「クランベリー!」


 俺は医務室のスライドドアを、勢いよく引き開けた。そこにいたのは、ベッドから降りて伸びをするクランベリーだった。


「あっ、カイル先輩!」


 満面の笑みを浮かべるクランベリー。しかし、すぐにその笑顔は陰ってしまった。


「お前、もう身体は大丈夫か?」

「ええ、まあ、人造人間ですから」


 ん? 何だって?

 俺は彼女の意図を計りかねた。どうして人造人間の話など持ち出すんだ?


「私、はっきり言いましたよね? 先輩にはもっとお似合いの人がいる、って。私みたいな、怪物よりも」


『怪物』という言葉は初耳だが、彼女の言わんとするところは察せられた。


「お前、俺がお前のことを恐れているとでも思ってるのか?」

「違う、んですか」


 はあ、全く。俺は大きなため息をついて、両手を腰に当てた。はっきり言ってやるしかないのか。


「俺はお前のことが好きだ。人造人間だろうが何だろうが、お前には誰よりも強くて優しい心がある。年齢層的には俺の射程範囲外だが、お前は特別だよ、クランベリー」


 クランベリーの顔に朱が差した。目を大きく見開き、潤んだ瞳で俺を見つめてくる。

 一旦鼻をすすってから、彼女は言った。


「じゃ、じゃあ、私も先輩のこと、好きになってもいいですか」

「生憎、俺に拒否権はない。ハヤタみたいな女ったらしとは違うからな」


 すると、クランベリーは顔を俯け、そのままスタスタを俺に歩み寄ってきて、俺の胸に頭突きを喰らわせた。突然の接触に、俺ははっと息を飲んだ。


「また抱き締めて、くれますか」


 口頭で答える代わりに、俺はそっと、左腕を彼女の背中に回した。

 ハヤタは以前、俺にロリコン疑惑を吹っかけてきたが……まあ、仕方がない。相手がクランベリーではな。

 年齢差は七歳。しかし、彼女の一途な想いからすれば、誤差範囲内だろう。


 ふと、医務室の丸窓の向こうに目を凝らした。流れ星が一つ、横切っていく。それを見送りながら、俺は胸中の嫉妬心がうっすらと消えていくのを感じた。


《カイル? 今医務室か? もう記者会見の会場は満員だ! 早く出てきてくれ!》


 ハヤタの声を、俺はわざと無視した。俺の中では、他人を押し退けて目立つより、誰かのために生きていたいという気持ちが高まっている。


「お前のためならな、クランベリー」


 そう言って、俺は左腕に力を込めた。


THE END

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星屑のジェラシー 岩井喬 @i1g37310

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