第18話


         ※


「こ、こいつは……」


 俺は目の前の光景に言葉を失っていた。アルバから銃口をずらさないよう気をつけるのがやっとだ。二キロという道のりはあっという間だったが、マリのいる教会からこんな近くに、ドローン工場があったとは。


 俺とアルバが立っているのは、市街地の中央からやや外れた、寂れた倉庫街の一角。その地下への階段を降りたところだ。何のトラップも仕掛けられてはいなかった。まるで、俺たちを誘導しているかのように。


 そして、アルバの手を借りて指紋認証を通り抜けたところにあったのが、このドローン工場というわけだ。

 ちらりと視線を遣ると、アルバはぽかんと口を開けていた。


「おい、お前もここに入るのは初めてなのか?」

「あ、ああ! 俺はこんなドローン、知らねえよ!」

「昼間に襲ってきたじゃねえか! 今更シラを切るつもりか!」

「ほっ、本当に知らねえ! 俺が請け負ったのは、お前らを追っかけて取っ捕まえるってことだけだ!」


 と、いうことは。


「俺たちを死傷させるつもりはない、と?」


 ぶんぶんと首を上下に振るアルバ。俺は改めて、この地下工場を見渡した。先ほど見かけた空色のドローンが、整然と並んでいる。天井には細長い蛍光灯が何列も配置され、金属特有の無機質な感じを演出している。


 製造レーンの一部は現在も稼働中だった。何者かが慌てて出て行った、という公算が大きい。ならば、俺たちの行動は読まれていた……?


 不意に後方から、暴力的な気配が湧き起こった。


「ッ!」


 俺は右腕で二丁目の拳銃を抜きながら、勢いよく振り返った。そして、激痛のあまり言葉を失った。


 俺の背後には、アルバのかつての相棒、ジードが立っていた。クランベリーが使っていたのと同じような鉄パイプを握って。俺は右腕が折れたことを悟ったが、辛うじて拳銃は握り続けた。しかし、思うように身体が動かない。激痛のせいで、一瞬麻痺してしまったかのようだ。

 するとジードは、相変わらず無表情のままで、今度は鉄パイプを横に振るった。俺は咄嗟にしゃがみ込み、これを回避。


「ぶへっ!」


 側頭部を強打されたアルバが、勢いよくふっ飛ばされて倒れ込む。頭から血を流しているが、無事だろうか。

 ええい、あんな奴のことはどうでもいい。俺は左腕一本で拳銃を構え、ジード目がけて発砲した。片腕しか使えない以上、リロードは無理だ。今装填されている十五発で、奴を捉えなければならない。


 しかしそんな計算も、一瞬で俺の脳内で霧散してしまった。ジードが跳んだのだ。地上四メートルは余裕で跳んだだろう。天井の蛍光灯にぶら下がるほどだから。それこそ、まさに彼が例の影であるかのように。


 俺が驚愕の念に囚われている一瞬の間が、致命的な結果を生むことになった。ジードは身体を思いっきり捻じ曲げて、蛍光灯を握ったまま、足の裏を天井に着いたのだ。

 ぎょっとした。人間業ではない。

 そのまま天井を勢いよく蹴って、膝の屈伸力と重力を活かし、斜め上方から跳びかかってきた。


「ぐっ!」


 俺は身体を捻ってこれを回避。ジードは腕で頭部を守っており、こちらからの銃撃が通用しないと読んだのだ。しかし、思うように身体が動かず、また、反射的な動作を取ってしまったために、俺は横転、右腕を下敷きにしてしまった。


「――――――ッ!」


 声にならない叫び声がした。それが自分の声であると気づくのに、やや時間がかかった。

 その間にも、ジードは鉄パイプを振り回し、俺を殴打しようと試みる。相変わらず、無表情のままで。


 その時、俺の脳裏をよぎったのは、あのもやもやとした違和感だった。

 何故、俺を殺そうとしない?

 殺すなり致命傷を負わせるなり、それなりのダメージを与えるには、鉄パイプで『突く』方が効率的だ。しかしジードは、俺を転がすような動作で攻撃を加えてくる。


 確かに、俺が殺されたとなれば、賞金稼ぎの間では大きな話題になるだろう。軍事衛星での影との会敵や、その後の公安による連行。近日中のトピックの中心近くに、俺はいた。

 それに、サオリのように、軍と公安の対立を伝えようとするジャーナリストは多い。民間人も(俺が一介の賞金稼ぎに過ぎないとはいえ)、俺の失踪については耳にするだろうし、様々な陰謀論が渦巻くことだろう。


 だから、俺を殺さないのか。いや、狙いは俺なのか? 何とか立ち上がり、上半身を捻ってジードの殴打をかわしつつ、俺は頭を回転させる。右腕が悲鳴を上げているが、今は耐えるしかない。この状況を汲み取ったDFの誰かが、俺を援護しに来てくれるまでは。


 当たり所がよければ、ジードは弾丸の勢いでよろめく。それは分かった。だが、手負いの俺に、敵の頭部をピンポイントで狙えるだけの射撃はできない。また、ジードは防弾ベストを着用しているらしく、出血はほとんど見られない。

 駄目だ。完全に押し切られる。

 せめて、ダイイング・メッセージを残しておくべきか。そう思って俺が携帯端末を口元に遣った、その時だ。


《先輩! 敵から離れてください!》


 この声、クランベリーか? ジードから離れろ、だって? 何をする気だ?

それは分からないが、今は彼女に従うしかない。


 俺はちょうど弾切れを起こした拳銃を、わざと目立つように放り投げた。ジードの視線が一瞬、それを追う。その隙に勢いよく床を蹴り、左の掌を思いっきり突き出した。

 狙うは、ジードの胸部。斜め下から掌を叩きつけることで、自分と相手の距離を引き離すつもりだ。


 ドン、という鈍い衝撃が左手から左腕、上半身全体に及ぶ。その反動を殺さずに、俺は背中を床に着いて後転、さらに数回バックステップした。

 たたらを踏んだジードは、ようやく俺を殺す気になったらしい。鉄パイプを水平に構え、先端をこちらに向けた。


 投擲されたら、かわし切れるだろうか。俺がぐっと奥歯を噛んだ、その直後。

 ガラガラ、ゴロゴロという轟音と共に、天井が崩落した。そして、一瞬前までジードの立っていたところに、巨大な『足』が下ろされる。床面には、着地部分を中心に無数のひびが入り、ジードは鉄パイプを捨てて回避することを余儀なくされた。


「ダブル・ショット……?」


 呆然と呟く俺。この、白を基調にした青いアクセントのある脚部は、見紛うことなく俺の愛機のものだった。

 膝上までを地下に埋め込ませたダブル・ショット。乗っているのは、間違いなくクランベリーだ。『離れてください!』という外部スピーカーからの声からも、それは分かる。


 流石にSCRを相手にはできないと思ったのか、ジードもまた後ろに跳んで距離を取る。逃走するつもりだ。俺とアルバが来たのと反対側にある階段を駆け上がっていく。

 しかし、そうは問屋が卸さなかった。


《逃がさない!》


 バルルルルルルルッ、という断続的な唸りが響いた。この音は、先ほど教会で、俺たちを襲ってきたドローンの搭載していた機関砲の音だ。

 恐らく、妨害電波の影響を受けない実弾兵器として、ダブル・ショットが握り込む要領で使用したのだ。


《仕留めました! 付近に敵影はありません! 現地警察に包囲される前に脱出します。先輩、早く地上へ上がってください!》

「わ、分かった!」


 外に出ると、西日が急速に俺の目を貫いた。


「くっ……」


 逆光で黒く染まったダブル・ショット。その右腕が、ちょうど俺の前で広げられている。クランベリーは左手で摘まみ上げるようにして、ジードの死体も回収していた。


《コクピットを開けます! 二人共中へ!》


 ん? 二人共って……。俺ともう一人は、誰だ?


         ※


「で、どうしてこいつがここにいるんだ?」

「知るか。クランベリーに訊けよ」


 グラサンの向こうからじっとりした視線を寄越すハヤタの小言を、俺は跳ね除けた。

 ハヤタの視線は俺に向けられているが、身体は『闖入者』の方へと向けられていた。


「べ、別に俺は、け、けけ喧嘩を売りに来たんじゃねえんだ! あのSCRに救出されて……!」

「確かに、これだけビビっていては会話に差し障りがあるな。クランベリーは何をしてるんだ?」

「呼んでくる。ハヤタ、今くらい優しくしてやれよ」

「へいへい」

「お、俺は、何にも知らねえ……」


 DFに帰還してから唐突に持ち上がった問題。それは、何故かクランベリーが救出してきたアルバのことだ。俺と一緒にSCRのコクピットの隅に据え置かれ、恐怖心からかガタガタ震えていた。

 今は会議室で、俺とハヤタの尋問を受けていたところなのだが、こいつは落ち着くまで時間がかかりそうだ。


「おい、クランベリー! どこだ?」


 自室のドアはロックされている。またシャワーを浴びている可能性が高いな。べ、別にシャワーを浴びている最中の彼女の姿を想像したわけではないぞ。


 俺がシャワールームの前に行くと、ちょうどクランベリーが脱衣所から出てくるところだった。半袖のジャージに着替えている。


「おう、クランベリー、少し話が――」


 と俺が言いかけた矢先、ささささっ! と音を立てるようにして、彼女は脱衣所に引っ込んでしまった。


「馬鹿! 覗きに来たんじゃねえよ! この前のあれは事故だ、もう忘れてくれ!」

「じゃ、じゃあ、私、後から会議室に行きます! だから覗かないでください!」

「覗かねえって言ってんだろうが!」


 俺は、何故か今更になってどっと疲労感を覚えた。その場で廊下の壁に背中を預け、眉間を揉む。そのままため息をつきつつ、腕組みをした。


 すると、再びガラリと音がした。クランベリーが、脱衣所から出てきた。しかし、服装が違う。半袖のジャージ姿ではなく、薄手の長袖に風通しのいいスラックスに身を包んでいる。


「あっ、先輩! まだいたんですか?」

「悪いかよ。で、何やってんだ、お前? さっき着替えてたじゃん」


 すると、クランベリーは目を見開いたまま、『気分が変わったので』とだけ言葉をぶつけ、会議室の方へと歩いて行った。

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